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第5話 世界の中心で、唯一の暴力組織にからまれる

 四衣凪の真剣な面持ちに、俺はつい、聞いてしまった。


「俺を? ボディーガードに? Why?」


 言葉を遮るように、彼女はスッと目を細めた。


「ごめん。真面目に聞いて」


「俺はずっと真面目……痛っ!」


 足元を見ると、影から出たオムニレクスの手が、俺の足をつねっていた。


『主人よ、悪いことは言わん。今は何も喋らずに彼女の話を聞いてやれ』


 また、頭に直接声が響いた。

 異界の王は念話が好きだなぁ、と思いつつ、頭の中で返答する。


『いや、でも、学生のくせにボディガード頼むとか怪しくない?』

『頼むから少し黙ってくれ、マジで話が前に進まん』


 四衣凪を見ると、腕を組み、俯いた視線を落としながら、重く、沈み込む雰囲気に包まれていた。


 風になびく髪を手で支えながら、潤んだ瞳で、真っ直ぐに俺を見つめていた。


『……何だか、めちゃくちゃシリアスな雰囲気なんですけど』


 この空気感、三十六歳が耐えられるものじゃない。逃げたい。


『いいか、ここからは俺の指示通りに話せ。余計な事は言うな』


「副委員長が紹介したのもあったけどさ、それよりも、柊くん、同じクラスなってから、ずっと私のこと見てたでしょ?」


「え? そうだっけ? 痛っ! クソっ……なんだ、気づいていたのか」


「逆に気づいてないと思った? 私に視線を向ける男子は多いけどさ、あなたは他の人と違って、あ、こいつ私に本気で惚れてるな、って」


『ゔっ……! 後光のように輝く青春のオーラ。三十六歳が直視するには眩しすぎる!』

『余計なことを考えるな! とにかく俺の指示通りに答えることに専念しろ!』


「廃モールで待ってる奴らはさ、もう、見た目から反社って感じで、多分他の男子だったら、あいつらを見た瞬間、私を置いて逃げちゃうと思う」


『なるほど――つまり、四衣凪は双頭竜、あるいは破壊王に相当する敵に脅されているってことだな!』

『はいはい、そうだな。ちゃんと俺が言うとおりに答えるんだぞ』


「……だから、お前に惚れてる俺なら、逃げずに最後まで付き合ってくれるって思ったのか?」


 四衣凪は自分を蔑むように口角を上げる。


「そう。私にベタ惚れの柊くんなら、一度抱かせたら、どんな言うことでも聞く下僕になるって思ったの」


『何こいつ。割と最低なこと言ってない?』

『絶対、そんなこと口にするなよ。取り返しのつかないことになるぞ』


「幻滅した? 憧れの私の本性を知って」


 彼女の言葉は鋭すぎて、まるで自分自身を切り裂いているようだった。

 湿り気を帯びた夕風が、二人の間を冷たく、けれど優しく撫でていく。


「……しないよ。それぐらい必死だったんだろ? 四衣凪も」


 四衣凪の目が大きく開いた。


「逆に嬉しいよ。なんせ、好きな女の子が俺を頼ってくれたんだ。それだけで体を張る理由としては十分だ」


 彼女が目を逸らす。けれど、その顔は沸騰するかのように赤みががっている。


「ば、バカじゃないの……っ! やばい奴らに殴られるかもしれないのに、嬉しいって」


「まあ、そいつらがどんな奴かはわからないけど――」


『主人よ! 今だ! 指示通りの行動を取れ!』


 俺は四衣凪に身を寄せる。

 

 彼女の無防備な唇が小さく震えていた。


 あと、一歩近づけば、触れてしまいそうな距離まで。


「もし、全部上手く片付いたらーー」


 四衣凪の顎をやさしく持ち上げ、まっすぐに見つめる。


 上目遣いになった彼女の瞳は、みるみるうちに潤みを帯び、熱に浮かされたように蕩けていく。

 

「……どうするの?」


 しばらくの沈黙の中、俺と四衣凪は見つめ合う。


『なあ、オムニレクス』

『なんだ?』

『この状態、いつまで続けたらいい? そろそろ死にたくなってきたんだが』

『死ぬのは大賛成だが、今の俺はお前のしもべだ。だから、この言葉を授けよう。がんばれ、あと少しだ』


 二人の周囲だけ、時間が止まり、景色はただの背景へと成り下がっていた。


 けれど、その静寂を壊すように、俺は唐突に子供のような無邪気な笑みを浮かべ、彼女に背を向ける。


「……やめた。続きは全部終わってからにするよ」


 二人だけの世界を壊すように、ペダルを漕ぎ下ろした。


 加速するたび、ギシギシと車体がきしむ音が、ほんの数分前の自分の行動をリフレインさせる。自分の中の冷酷な客観視が、自己嫌悪を増幅させていく。


 増していく車輪の回転だけが、三十六歳の羞恥心を紛らわせてくれた。


「何なの、本当に……」


 四衣凪は自転車の勢いに任せて、俺の背中へと体を預ける。

 自転車を止める前よりも、深く身を寄せているように感じた。


『できるじゃないか主人! これで、四衣凪のお前に対する評価は爆上がりだ』


『なん……でっ、俺はっ、こんなことを……』


『中々様になっていてぞ主人。いや、これからは顎クイ主人マスターと呼ばせてもらおう』


『てってめえ! さては狙って俺にあんなことさせたな!』


『勘違いするな顎クイ主人。彼女にとって最良の行動を指示したまでだ。八つ当たりされても困るな』


 プチンと堪忍袋の緒が切れた。色々と役に立つと思って召喚したが、所詮はかつての宿敵。俺の邪魔する事しか考えていないのがよくわかった。


「異界の王オムニレクス!! 今すぐこの場から退去せ――」


「柊くん! ストップ!」


 オムニレクスを退去させようとした瞬間、四衣凪の声で目の前の現実に引き戻された。


 キィィッ! とブレーキが悲鳴を上げる。


 俺はすぐに自転車を止めた。

 四衣凪の自転車への固定も解かれていたのか、すんなりと彼女も荷台から降りる。


「あー、だめだめ。今更降りてもおそいよ」


 濃紺の制服に制帽をかぶった二人組の男が俺たちのまえに立ちはばかっていた。


「未成年でも二人乗りは道路交通法違反だから。とりあえず名前と所属している学校名、あと、自転車の登録番号を確認させてね」


 法律に守られた唯一の暴力組織。

 その名は――警察!


 この国の秩序そのものをバックボーンに持つ、いわば世界の守護者。このまま連行されれば、四衣凪の依頼をこなすどころか、家へ帰る時間が大幅に延長されてしまう。


 冷汗が止まらなかった。


『元Sランクハンターが何を焦る。命令さえあれば、そこの二人を消滅させてやるぞ』


『ばかばか! そんなことしたら、俺の悠々自適な学生生活が終わっちゃうじゃないか!』


「……君、何ブツブツ言ってるんだ? 僕たちに緊張しているのはわかるけど、ちゃんとして」


「とりあえず、学生証から確認しようか」


 二人組が立て続けに脅してくる。


 俺は言われるがままに、学生証を震える手で渡す。


 警察官が学生証を見て呟く。


「柊――」

「先輩! 自転車の登録者、山田になってますよ!」


 先輩と呼ばれた警察官が「あちゃー」と、手を額に当てる。


「彼女の前でかっこつけようと、自転車盗んじゃったかー」


「ち、ちがうちがう! それはお隣の山田さんが、引っ越しの際にくれたやつで、登録し直すの忘れていただけで!」


 二人の警察官は互いに顔を見合わせ、うっすらと笑みを浮かべる。


「あー、わかったわかった。とりあえず君と彼女。詳細は署で聞くから、一緒についてきてもらうか」


 先輩の方の警察官が俺の肩に手をのせる。


 四衣凪を見ると、不貞腐れたようにそっぽを向いている。


 そんな彼女の態度に、後輩の方の警察官が不愉快に思ったのか、強めの口調で話し出す。


「君、態度悪いね。女の子なら何しても許されているのと思ってたりする?」


「は? 何その言い方。キモイんだけど」


 四衣凪の返しに、後輩警察官はあからさまに怒りの感情を露わにする。


「こいつ――舐めるなよ。悪いけど、これから署でじっくり詳細聞かせてもらうから。こんな誰もいない所で何しようとしていたかも含めてね」


 警察官が四衣凪の腕をつかむ。


「おいおい、警察官さん。さすがに、あれはやりすぎじゃないの?」


 俺が先輩警察官につげると、さすがに現場経験が長いためか「そうだな」とこちらの意見に同意してくれた。


 肩から手を離し、後輩の元へ向かう先輩警察官。


「おい、相手は学生だ。いくら怪しいと言ってもやりすぎ――」


 言いかけて、先輩警察官は口をつぐんだ。背中越しに動揺しているように見えた。


「早く手を放せ!」


 突然の先輩の怒号に、後輩は急いで手を離す。


「どうしたんすか。急に」


 後輩を無視して、先輩は四衣凪に近寄る。


「君、もしかして、四衣凪家の方?」


「そうだけど、何?」


 四衣凪は不機嫌そうに髪を指で弄りながら答える。


「四衣凪家って、もしかして、本部長の友人と噂の――」


 先輩が冷汗を垂らしながら口元だけで笑う。


「そうだ。お前、山奥の派出所に飛ばされるかもな」


 力なく笑うしかない後輩をよそに、四衣凪はプイッと横を向いて重心を変えた。

 

 少し拗ねたような態度なのに、夕日を背に浴びた彼女のシルエットは、計算された彫刻のように美しかった。


 影になった横顔があまりに神々しくて、俺は思わず見とれてしまう。


『なあ、オムニレクス』


『何だ?』


『四衣凪がめっちゃ綺麗に見えるんだけど』


『……』


 何故か異界の王は答えてくれなかった。


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