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第4話 降臨! 異界の王オムニレクス

「出てこい。異界の王オムニレクス!!」


 手を地面にかざす。

 足元の影が水面のように揺らぎ、中から2mはある長身の男が現れた。


 目深にかぶったフードで、その表情は読めないが、わずかにのぞく口元が、全てをあざ笑うように冷ややかな笑みを刻んでいる。


「クク――。この俺を召喚するとは、主人も相当追い込まれていると見える」


「その通りだ、異界の王。今、俺は絶体絶命の危機に瀕している」


「ハ――。主人がのたうち回る姿を酒の肴に楽しみたいところだが、今の俺はオムニレクスの残滓。用件を言え。まさか、後ろで呆気に取られている少女を殺せなどとは言うまいな」


 異界の王に言われ、振り返る。


 四衣凪の指が、震えながら、その異界の王を指していた。


「え……何今の。影から、人……?」


 男のガタイの大きさに驚いているのだろうか。それとも、目の前にいる異国人に必死で挨拶しようとしているのか。


「落ち着け四衣凪。こいつは、日本語を喋れるから」


 フォローを入れるが彼女は呆気にとられたまま、ぽかんとしていた。


「主人よ。ちょっと……」


 俺は異界の王にひっぱられ、耳打ちされる。


「彼女は俺の異国の容貌に驚いているのではなく、地面からスッと現れたことに驚いているのではないか?」


「あ……そっちか」


 俺は納得して、四衣凪に更に説明を追加する。


「これは俺の力、召喚術だ。まあ、実際は召喚と言っても――」

「ちょっと、こい」


 異界の王に更に強い力で引っ張られ、俺たちは四衣凪に背中を向ける。


「じゃなくて。この世界で召喚術とか魔法とか、いきなり言われても理解できないのではないか?」

「あ……そっちか」


 俺は振り返り、四衣凪に更に更に説明を追加する。


「魔法には四種類あってだな。その組み合わせによって――」


 ゴン! と異界の王に頭を殴られた。


「いってえな! お前、主人の俺に何反抗してんだよ!」

「話が前に進まんからだ! いいか、この世界で魔法とか召喚とか、とにかくあちらの世界の()を無暗に使うな。SNSにアップでもされてはたまらん!」


 王はズブズブと足元から影に沈んでいった。


「俺は影で待機しておく。その時が来たら声をかけろ。そこの少女には、これはARだとでも言っておけ。――なんで、万物の王たる俺がここまで気を遣わなきゃならんのだ」


 ブツブツ言いながら、王は完全に姿を消した。

 AR? って何だっけ。


「……」


 四衣凪は何も言わずに目を見開きながら俺の足元を見つめている。


「えっとだな。これはエーアールなんだ。だから、なにも起きていない。俺たちは部屋を出て、自転車置き場にやってきた。それだけだ」


 ぼーっと、していた四衣凪だが、突然スイッチが入ったかのように頷きだした。


「そ、そうよね。突然、アニメに出てきそうな人が柊君の影から出てきたように見えたけど、見間違いね。うん。そうだ。そうだ」


 彼女はガッツポーズのような仕草で、嬉しそうに首を上下させていた。

 眼前の異様な光景が、既知の技術の枠内に収まったことに、安心しているようであった。


「良かった良かった。納得してくれて」


 はっとした様子で四衣凪はキッと俺を睨む。


「良い訳ないでしょ! 着替えの途中に部屋から連れ出されて!」


 上着を羽織る前に無理矢理ひきずりだしたことにご立腹のようだ。

 そんなに上着が大事なら、代わりに鞄を置いておけばよかったのに。


 大事そうに持っている鞄を怒りのままにブンブン振り回す。

 何がしたいんだ、こいつ。


「後で取りにこりゃいいだろ。そんなことより――」


 俺は自転車置き場から自転車を引きずりだす。


「後ろに乗れ。急いでここから離れるぞ」


「ちょ、二人乗りするの? ママチャリで?」


「仕方ないだろう! 副委員長が来るんだぞ!」


「ていうか、何でそんなに副委員長に怯えているのよ。別に当事者同士で納得していたら、間に入る筋合いないでしょう?」


「あのなあ、あいつはあっちの世界なら異端審問官に選ばれていても、おかしくないぐらいヤバいやつだぞ。こうと決めたら、どんな手を使ってでも俺を捕まえに――」


 頭上――二階の俺の部屋方向から、ドンドン! とドアが強く叩かれる音が響いた。


「柊くん! いるよね! まさか逃げてないよね!」


 間違いない。この声は副委員長だ。


「ほら来た! 急げ! 取り返しのつかないことになるぞ」


「え!? 早っ!! っていうか、別に逃げる必要は――」


「ああ、面倒くさい! オムニレクス! 四衣凪を自転車の後ろに乗せろ!」


 俺は自転車に急いでまたがる。


 すると、続くように四衣凪が後ろに横座りで腰を下ろす。


「うそ――体が勝手に……」


「よし! とりあえずどっちに向かったらいい?」


「あ! 見つけた柊くん! 四衣凪さんをどこに連れて行くの!?」


 二階をちらりと見ると、外廊下の手すりから身を乗り出す副委員長が、こちらを指さしていた。


「早くしろ! 時間がないんだ!」

「ああ、もう! 右! 道路出て、右!」

「了解!」


 俺は全力でペダルを漕ぎ、道路へと飛び出す。


「こら! 待ちなさい! 二人乗りは道路交通法違反よ――」




 副委員長の声が遠ざかっていく。


 どうやら危機は脱したようだ。


『おい、主人』


 オムニレクスの声が、脳内に直接響く。


「何? どうしたの」


 流れる景色から目をそらさずに、俺は答えた。


『お前、考えが口に出……まあ、いい。俺はいちいちつっこまないからな。だが、一つ聞かせろ』

「お尻が、自転車に引っ付いて、動かない……っ」


 後ろで四衣凪が何かもがいているが、今はそれどころじゃない。


「はいはい。何でもどうぞ」


『先ほどから俺の力で少女を自転車に乗せ続けているのだが、まさか、このために呼んだわけではなかろうな?』

「体が勝手に、自転車のバランス取るように動くんだけど、どうなってるのこれ?」


「んなわけあるか。お前には他にやって欲しいことがあるんだよ」


『それを聞いて安心した。もし、くだらないことで呼んだのなら、暇つぶしにその少女を殺してしまうところだったぞ』

「本当よ。体が勝手に――って、やって欲しいことって何よ」


「おいおい。発言に気をつけろ。何かしたら俺が許さないからな」


『了解した。主人の命令には従おう。――で、突然だが、異世界に残した娘は大事か?』

「何かしたらって……途中からヤル気になっていたのはそっちじゃない。……何なのよ。私のこと何だと思っているの!?」


「ちょ! ……突然だな。……そりゃ、……大事よ」


 ――予想外の質問に顔が熱くなってしまった。娘が大事なんて、なんで今更聞いてくるんだ?


『ほう。では、娘を()()()()()、ではなく今も()()()()()ということで間違いないな』

「え……。 な、何よ、急に改まって……」


 俺の脳裏に、かつて共に戦い、そして別の道を選んだ娘の、太陽のような笑顔が浮かぶ。あいつを守るためなら、俺は世界を敵に回すことだって厭わなかった。


「愛してるに決まってるだろ。今も昔も、これからもずっと――。くそ、当たり前のこと言わすなよ。恥ずかしいだろ!」


 オムニレクスの奴、何でこのタイミングでこんなこと聞いてくるんだ?

 何か悪いことでも企んでいるんじゃないだろうな?


「……そ……そうなんだ。変な人って思ってたけど……ま、いっか。私だもんね。……そりゃ、好きになっちゃうよね」


 四衣凪がすっと、背中に肩をよせた。振り落とされないように、踏ん張っているのだろうか。


『ククク……最初に言ったが、俺はつっこまんからな。告白の苦情は受け付けんぞ』


 その言葉を最後に、オムニレクスの声は途切れた。

 やれやれ、気ままな配下をもつと気苦労が絶えない。


「で、どこに向かったらいいんだ? そろそろ目的地を教えて欲しいんだが」


「……告白の後にしては淡泊な質問ね」


 四衣凪は拗ねたような声色で答えた。


「告白? オムニレクスといい、わからんことを言う……」


 彼女が深く息を吸う音が、背中越しに伝わった。


「――このまま真っ直ぐ行ったところの、廃モール知っている?」


「知ってるよ。オープン早々に潰れたとこだろ。今じゃ不良のたまり場になっているって聞いたけど、そこがどうした?」


「そこに向かって」


 四衣凪の命令に、俺は一瞬、息が詰まった。


「……あそこは、本当にヤバいやつらがたむろしているところだぞ」


「その、ヤバいやつに会いにいくのよ。これから」


 俺は自転車を止めて、後ろの四衣凪へと振り返る。


「お前、いったい何を――」


「柊くんには、私のボディガードをお願いしたいの」


 彼女の声が震えていた。それは、虚勢が剥がれ落ち、ただの少女としての悲痛な叫びが漏れ出した瞬間のようだった。


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