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第15話 チェックメイト

「さあ、どうする? それでも俺を殴り続けるつもりか? 暴力主義者!!」


 俺は何も答えずに、ただじっと九条を見つめ続けた。


 腕を止めた俺に満足したのか、にい、と笑いながら奴は立ち上がる。


 そして、見せつけるように俺へと曲がった手を突き出す。


「ほら、直せよ。瑛瑠の横にいる男なら、この怪我、直す魔法ぐらい、あるよなぁ!」


 九条の上から目線の物言いに、俺はため息をつく。


「オムニレクス。直してやれ」


 俺の掛け声に四衣凪が返す。


「ちょ、ちょっと柊くん! あなた、そんなことをしたら――」


「瑛瑠ぅぅ――っ! ちったあ黙っとけよ、このクソビッチが! 柊はよぉ、お前のために従ってくれてるんだぜぇ」


 奴の一言に、四衣凪は口をつぐみ、後ずさる。


「さあ、早く治せよ。お前に怪我させられたところがめちゃくちゃ痛いんだよ。このままだったら、俺、ショックで自殺してしまうかもよぉ」


 下卑た視線で湿気た言葉を投げつけてくる九条。


 すると、その体が緑色に発光する。


「お、おおお――!」


 その発光が終わるころに、奴の体は、殴られる前に姿に戻っていた。


 背後へ視線を向けると、オムニレクスが手を掲げ、魔法を使っていた。


「あなた、なんであいつの傷直しちゃってるの!」


「フン! 主人の命令だ。文句があるなら、あそこにいるバカに言え」


「さて、と」


 完全回復した九条が、俺に卑しい視線を再び向ける。


「お前、さっき俺の魔法でも当たればやばい、みたいなこと言っていたよなぁ」


 九条の手のひらの上に炎の弾が出現する。


「ちょっくら、これくらってくれない?」


 火球から発する熱が、身体にこびりつく。


「ま、さ、か、いやとか言わないよなぁ? そうだよなぁ。なんせ四衣凪の人生は俺の気分次第で終わっちまうかもしれない瀬戸際だもんなぁ」


 火球を俺の顔に近づける。


「まったく――イヤになる」


 俺の一言に九条が笑いだす。


「女になんか本気になるからだよ。だからお前は負け組のスクールカースト下位止まりなんだよ。女なんてペットみたいに扱ってればいいんだよ」


 炎とともに顔を近づける九条。


 醜悪な面だ。見ているだけで反吐が出てくる。


「勘違いするなよ」


「は?」


 汚い笑みが止まる。


「俺がイヤになったのは――」


 俺は最速で、少ない動きで最大限のインパクトを与えるように、九条の顔を殴った。


「がぱ――って、てめえ!」


「お前の低脳っぷりにだよ。クズ野郎が」


 歯を吹き飛ばし、ほほを守るようにのけぞる九条。


「き、気が狂ったのか! 俺をケガさせれば、四衣凪とあいつの親父の動画はネットに流れ――」

「オムニレクス」


 俺が指を鳴らすと、奴の体が緑色に光り、一瞬で怪我が治った。


「て、てめえ! 治せば俺が許すと思ってんじゃねえだろうな!」


「うるせえなぁ。ちったあ黙ってろよ」


 俺は拳を叩きつける。何度も。


 九条の全身が変な方向に曲がり、床へと倒れ込む。


 静かになったその間に、俺は四衣凪の元へ歩く。


「柊くん……」


 不安そうに見つめる四衣凪に《俺の》スマホを見せる。


「それじゃあ始めようか」


「始めるって何を?」


 そこでオムニレクスが気づいたのか、笑い出す。


「クハハハハッ! そうきたか! そこで這いつくばる鼠は厄介な奴に狙われたな」


「え? ごめん、どういうこと? 私、わからないんだけど」


「撮影会をするのさ。主演は元カレ。カメラマンは俺。監督は――四衣凪、お前だ」


 そこで、彼女も俺がやろうとすることに気が付いた。


「ああ……そういうこと」


「どうする? 監督、やってくれるか?」


 四衣凪は悩んだそぶりをする。


「そうね――本当はそんな下品な動画に興味はないけど」


 九条は、わけもわからずこちらを見上げていた。


「柊くんのお願いなら、乗ってあげてもいいわよ」


 先ほどまで不安げな様子だった四衣凪が一転、にやりと口角を上げた。


 ◇


 緑色の光に包まれ体が元通りに戻る。


 くそ! なんで俺がこんな目に遭わないといけない!


 もし、この場を無事切り抜けられたとしたら、関係なしに四衣凪家は終わらせる。


 親父とマスコミとネットにこの動画を流せば、絶対に終了だ。


「それじゃあ九条くん。服脱いで」


「は?」


 見上げると、モールの天井のライトを逆光に、四衣凪と柊が俺を見下ろしていた。


「は? てめえ瑛瑠! 誰に向かって言ってるんだおら!」


「反抗的ね。柊くん」


「了解、監督」


「ぶぼはっ――!!」


 拳が俺の顔にめり込む。

 激痛に悶える。


 なんて日だ! なんで俺がこんな目に合わないといけないんだ!

 もう絶対に許さん。今すぐ瑛瑠の人生を潰す!

 スマホで外に連絡を取って、証拠動画を全世界に配信してやる。


 パチン。


 陰キャ野郎の指を鳴らす音。


 全身が緑色の光に包まれ、またすぐに体が元通りに戻った。


「じゃあ、服脱いで。もちろん全裸ね」


 頭上から、瑛瑠が淡々と当たり前のように、また命令してくる。


「瑛瑠ぅ! てめえ、自分の立場を理解していないんじゃ――ぷぺらっ!!!!」


 また柊に殴られた。

 

 今度の一撃はやばい。


 パンッ! と、自分でも内臓がつぶされたのがわかった。

 

 痛い。とても痛い。

 痛みで体が震え、汗だけじゃなく、顔から涙や鼻水、よだれがだらしなく垂れだしているのに、それを止めることも拭うこともできないほど、痛い。


 許さん。こんな暴力、絶対に許すわけにはいかない。

 親父に連絡だ。

 俺のこの怪我を見れば、地元警察が躍起になって犯人を捜すはずだ。


 そうすれば、こいつらがいかに奇妙な力を使おうと、社会的に抹殺することができるはずだ。


 パチン。


 そして、すぐに身体が元にもどる。


「へ?」


 つい、間の抜けた声を上げてしまった。


 ……わけがわからない。

 何がしたいんだこいつらは。


 それに、怪我が治ってしまったら、親父に訴えることができなくなるじゃないか。

 魔法で治してもらったけど、本当は大けがしてましたなんて、誰が信じてくれるんだ。


 いっそのこと、俺が炎の魔法を繰り出して、世間に魔法の存在を知らしめるか?


 ……いや、だめだ! そんなことをしたら、そこで死んでいる化け物の存在も大々的に調べられる。


 ――俺が、拳銃で殺したことまでバレてしまう!


「元カレ。お前が全部脱ぐまで段階的に威力上げていくからな。とっとと四衣凪の言うこと聞いといたほうがいいぞ」


 俺は服を脱ぐ。言われた通りに、全て脱いだ。

 自分でもわからない。何でこの俺が、陰キャ野郎の言うことを聞いている?


 手を見ると、自分の意志とは無関係に震えていた。

 なんだ、この感覚。生まれてこの方、経験したことがない反応。


 俺のこの感情は、何だ。


「それじゃあ、上目づかいで。ダブルピースして」


 瑛瑠の命令に、はっと正気に戻った。


「はぁ! ふざけるな! 何で俺がそんなアホ面晒さないといけ――」


 また殴られた。

 今度は骨が内臓に刺さった。


 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。


 なんでこんな目に合わされないといけないんだ!

 俺がこんなにも痛いのに、なんで平気で人を殴れるんだ!

 こいつらには、他人の気持ちを感じる共感能力がないのか!


 パチン。


 またすぐに体が元通りに戻る。


「う……うぐ……な、なんなんだよお前ら! 俺に何したいんだよ!」


 涙が止まらない。怖い。また、意味もなく殴られるのではないかと恐怖で震えてしまう。


 ――サイコパス。


 そうだ、こいつら全員、反社会性パーソナリティ障害を患っている病人なんだ。

 だから俺の気持ちが全然わからない! 伝わらない!


 治療しなくては!

 こいつら全員の扁桃体の異常を社会に認めさせ、手術しなければ!


 そのためには、絶対に瑛瑠と瑛瑠の親父の動画を拡散させる! 二度と、この社会に復帰できないように!


「言ったでしょ。私、監督だから。俳優が納得する演技するまで、この撮影終わらせる気がないから」


「……え?」


 見上げるとスマホのライトが俺の視界を光で包んでいた。


 光の元を視線で追う。

 そこには陰キャ野郎――柊がいた。

 スマホのカメラをずっと、こちらに向けている。


「ま。そういう訳だ。カメラマンの俺は監督の言うことに逆らうわけにはいかないからさ。だから、まあ、早く帰りたかったら言うとおりにするしかないんじゃないのかな。元カレくん」


「じゃあ、もう一回最初からね。まずは上目づかいになって――」


 待て。

 待て。待て。待て。待て。待て。


 これは――。俺は――。


「言うこと聞かなかったら。そのたびに柊くんが殴るから。でも安心して。オムニレクスさんがどんな怪我も一瞬で直してくれるんだって。だから、どんなに撮影が長引こうと、あなたは無傷。安心ね」


 俺はもしかして。


「そして私は俳優に優しい監督だから。あなたが納得してくれるまで、いつまでも付き合ってあげるわ。優しいでしょ、私。そう思うよね、九条くん」


 警察本部長の親父を持ち、欲しいものは何でも手に入れてきた。どんな荒くれ者も子分にして、逆らうやつは誰もいない。

 文武両道の天性の才に、魔法と言う異能の力も手に入れた。


 これからの人生も華やかな勝ち組の道がきらびやかに延々と続く人生だと、確信していた。


「さあ、リテイクだ。ピースと一緒に舌を出すのを忘れているぞ、元カレ」


 感情の死んだ、柊の冷たい視線が突き刺さる。

 

 恐怖で気が遠くなっていく。脳が萎縮してゆく感覚。


 ――詰んだのか。人生を。俺は。


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