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第13話 震える唇

「本当に――っ、本当に……ごめんっ、なさい――っ!」


 ――そんなに謝るな四衣凪。俺はその程度では死なないし、お前が罪を背負うこともない。


 何故か、胸がざわめく。震える肩、涙に濡れた瞳。その絶望に染まった輪郭が、かつての大切な存在と重なり合う。

 俺は何か、間違いを犯しているのだろうか。


「謝ることはねえって。お前の手で、あいつを異世界に返してやるんだ。お前の優しさを社会が認めなくても、俺だけは認めてやる。だから、さぁ、引き金を引けっ!!」


「ん――ぐす。ひ、柊、くん――私は、本当に……九条と、戦おうと――」


 泣き崩れながら、途切れ途切れに溢れだす彼女の言葉。

 心の奥に眠っていた過去の記憶が目を覚ます。



『だって、父さん全然気づいてくれないんだもん』

 


 唐突に、脳裏を娘の声が閃光のように過ぎた。この場の喧騒よりも重く、鋭く。



 その声に引き寄せられるように、廃モールに入る前の四衣凪を思い出す。


「柊くんには、私のボディガードをお願いしたいの」


 ――あの時、そう口にした四衣凪の顔。震えていた彼女の唇。



『年頃の女の子が素直に思っていること口にするわけないじゃない』



 娘が恥ずかしそうに拗ねた顔が思い浮かぶ。


 そうだ、四衣凪は……あれは、嘘を吐くことに怯えていたんじゃない。

 逃げ場のない絶望の中で、それでも立ち向かおうと決心した時の、武者震いだったんだ。


 俺は癖のように肩を落として、思い切り後頭部をかきむしる。爪が頭皮に食い込む。



『Sランクっていっても……女の子の扱い、まだまだだね』



 ――ああそうだ。あいつの言うとおりだ。

 異世界にいたあの頃から俺は何も成長していない。


 俺は四衣凪を、守るべき対象だと見下していた。戦う覚悟なんてない、脆い女の子だと決めつけていた。


 少し年上だからって、全てを悟ったような顔で、上から目線で考察していたんだ、俺はっ!

 

 相手は二十歳以上も年下の女の子だぞ。

 あの時、遠くを見つめていた彼女の視線が、あの悲痛な決意が――嘘のわけ、ないだろうがっ!!



 周りの空気が、一気に変わった。俺の中から迷いが消え、代わりに冷たく鋭い力が指先まで満ちていく。


 気づけば、手のひらが痛くなるほど拳を握っていた。

 そのまま自分を殴り飛ばしたくなるほど、強い自己嫌悪がこみ上げてくる。


 視線の先、四衣凪瑛瑠を見つめる。


「……なあ、四衣凪」


 俺の静かな声に、二人が反応する。

 醜悪な歪みの表情を向ける九条とは対照的に、四衣凪は声にならない悲鳴を上げるような、縋り付くような瞳で、真っ直ぐに俺を見つめてきた。


「俺、お前のボディガードなんだよな」


「は? 何言ってんだこいつ。今更命乞いか」


 やはり――九条は、四衣凪が《《本気》》で俺をボディガードとして雇ったことを知らない。


「四衣凪。安心しろ。そのまま銃を捨てて、こっちに来い。……お前は絶対に、俺が守る」


「柊……くん……?」


「はぁ? この状況で狂っちまったのか? お前はここで死ぬんだよ。さっき見ただろうが、魔法がどうこうとか言ってもなぁ、拳銃には勝てないんだよ! 現実を見ろよ、現実逃避に必死な異世界妄言者っ!!」


「瑛瑠。俺は勘違いしていた。お前のことを、適当に遊んで、適当に生きている、今どきの学生の一人くらいに思っていた」


 俺は、自らの不甲斐なさを噛みしめるように拳を強く握りしめる。


「でも、違ったんだな。ずっと一人で、孤独に戦っていたんだな。最悪の状況をどうにか逆転しようと、必死に足掻いていたんだな」


「私は……本当に、嫌で――。どうにか、したくて――」


 四衣凪の瞳から大粒の涙がとめどなく溢れ、頬を伝い落ちる。


「へいへいへい! 感動でごまかそうったって俺には効かねえぞ! たとえ瑛瑠が撃たなくても、俺が絶対にお前を殺す。その時はこいつの親父も、ハメ撮りも全部ネットに流す!」


 肩をすくめる元カレは、勝ち誇ったように歪んだ喜びに口元をつり上げた。


「いわゆる最悪のバッドエンドだ。ハッピーエンドで締めくくりたかったら、ここは素直に撃たれるしか選択肢はないんだよ!」


「私は――」

「安心しろよ。こいつの拳銃は、俺にとっては小鬼の投石ぐらい、どうってことない」


「私は――」

「なんたってこの俺が――」


「私は――」

「惚れた女に」


「私は――」

「傷一つ付けさせるわけないだろうがッ!!」


 四衣凪は、拒絶とともに元カレの腕を力任せに振りほどいた。


「――柊くんを信じるっ!」


 忌まわしい拳銃を床に叩き捨て、彼女はなりふり構わず俺の胸へと走りだす。


「バッドエンドだ、瑛瑠」


 九条の顔から一切の感情が消え、機械的な動作で腰から二丁目の拳銃を静かに抜いた。


 カチッ、と。 指先が引き金を絞りきる、微かな金属音。

 

 放たれた鉛の塊。

 

 それは、無防備に背を向けた四衣凪の後頭部を、無慈悲に、そして正確に射抜く――。


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