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第12話 ダブルピース

 元カレ――九条が拳銃を片手に、ゆっくりと立ち上がった。そして、すでに物言わぬ肉塊と化したハンターキラーの元へと歩み寄る。


「……お前、何してんだ」


 俺の制止など耳に入っていないかのように、男は無表情に引き金を引き続ける。


 パンッ! パンッ! 


「きゃああぁぁ――っ!」


 ホールに四衣凪の悲鳴が突き刺さる。

 魔法という浮世離れした非日常から、一転して目の前に突きつけられた現実の悪意。彼女はその光景から逃れるように、目と耳を固く塞いでいた。


 パンッ! パンッ! ――カチッ!


 弾丸を撃ち尽くした作動音が響き、九条の狂行は止まった。

 そして、ゆっくりとこちらへ首を巡らせる。


「ったくよぉ。野垂れ死にそうなところを助けてやった恩を忘れるとか、ありえないだろうが。こんな不義理な奴は兄弟解消だぜ。……なあ、そう思うだろぉ? 柊ぃ」


 硝煙の向こうから、黒くよどんだ男の瞳が俺へと向けられた。


「いいのか? 拳銃も人殺しも、この国じゃあ重罪だと思うけど」


 俺の問いかけに、男はまるでおもちゃを手に入れた子どものような、無邪気で歪んだ笑みを浮かべて拳銃を見せつけた。


「あ、これ? いいんだよ。俺の親父は警察本部長でよぉ。伝手で簡単に手に入るし、忖度してくる連中が勝手にもみ消してくれるんだわ」


 その台詞で、ようやく腑に落ちた。ここに来るまでに出会ったあの警察官の意味ありげな忠告――なるほど、あの二人はここが《《本部長の息子の遊び場》》になっていることを知っていたわけか。


「……けど、さすがに殺人ともなればそうはいかないだろう?」


 俺が重ねて問うと、本部長の息子は嘲笑しながらハンターキラーの死体を無造作に蹴り飛ばした。


「ハ! これのどこが人間だってんだ? 角の生えた身元不詳の《《人間っぽい何か》》だろ? こんなの殺したところで何罪に問われるんだ? なあ、教えてくれよ柊!」


 狂った笑みを浮かべたまま、空になったはずの銃口が、俺へと向けられる。


 隠す気のない九条のむき出しの悪意に、俺はため息とともに肩の力を抜いた。


「結局、お前は何がしたいんだ?」


「言っただろう? 奴隷が欲しいんだよ。俺の言う通りに動く、都合のいい奴隷が。この役立たずは角のせいで表を歩かせられねえからよ、代わりの世話係が欲しかったんだよ。買い出し行ったり、住処や資金を工面させたりな。前任の陰山は途中で気が狂って逃げ出しちまったから、その穴埋めだ」


 九条が遺体を、用済みの道具のように片足で踏みつける。


「ま、肝心のこいつが死んじまったから、もう世話係も必要ないけどな」


「じゃあ、今夜のパーティはこれでお開きってことか?」


「なわけねえだろ? ここまで見ちまったお前を、生かして帰すわけねーだろっつーの」


 ――よく見るクズのテンプレだな、こいつ。


 俺が内心で毒づく中、奴は鼻歌まじりに、手慣れた手つきで新しい弾丸をシリンダーへ補充し始めた。


「おい、瑛瑠」


 九条は顔を伏せていた四衣凪の髪を乱暴に掴み上げ、無理矢理こちらを向かせた。


「痛い……っ! やめて……っ!」


「ほら、よく見ろ。あそこにお前が連れてきた奴隷候補がいるだろう」


 髪を掴んだまま、四衣凪の視線を固定するように銃口を俺へと向ける。そして、あざ笑いながらその拳銃を四衣凪の震える手に押し付けた。


「よーく狙って、あいつを撃つんだ。そう遠くない距離だ。ちゃんと狙えば、ちゃんと当たる」


 最悪の命令を突きつけられ、四衣凪の全身が激しく震えだす。


「え……なに、言ってるの……」


「察しが悪いな。それであいつを撃てって言ってんだよ。ちゃんと殺せよ。痛みでのたうち回られても面倒だからな」


 拳銃を握らされた四衣凪が浅く速い過呼吸気味の喘ぎを漏らす。


「い、いいいいイヤよ――な、なななんでわた、私が、こんな――っ」


「親父さんの淫行の証拠、公表されたくないだろう? 暴露されたら最後、お前のこれまでの贅沢な暮らしは一変、犯罪者の娘として社会の陰に隠れて生きるハメになっちまーうぞ。辛ーいぞ。ド底辺の貧民生活に転落するのは」


「で、ででも……っ! だ、だだだからって、ひ、人殺しは……!」


「大丈夫だって。自白すれば問題ねえ。あの男に乱暴されそうになって、正当防衛でって言えばOKだ。この国は女性に優しい国だ。上手くいきゃあ執行猶予でムショ行きも免れるかもしれねえ。だから大丈夫。俺を信じて。ほら、撃とうぜ」


 聖者のような優しい手つきで、九条は四衣凪の肩に手を添えた。


 完全に錯乱状態に陥った彼女は、その甘い毒のような誘導に抗えず、吸い寄せられるようにゆっくりと俺へ銃口を向ける。


「そう、そうだ。そのまま指をかけるだけでいい。何も恐れることはない。簡単だ。彼氏の俺を信じろ」


 男は優しく囁きながら、四衣凪の細い腕を後ろから支える。


 ――沈黙。


 向けられた銃口は、恐怖と困惑に塗りつぶされた激しい震えで、一向に定まる気配がない。あれでは、放っておいても俺に当たることはないだろう。


「む、無理。無理無理無理無理――っ! 撃てない、撃てるわけない。な、なんで、わた、私はっ! 柊くんを殺したくない――っ!」


 ……いや、それだけじゃない。四衣凪は俺を撃ちたくなくて、自分と戦っている。


「ったくよぉ! いい加減にしろよ瑛瑠! 今、あの陰キャ野郎を撃たなかったらお前のハメ撮り動画、ネットにバラまくぞ」


「――っ!」


 四衣凪の震えが、ぴたりと止まった。

 下卑た笑みを満面に貼り付けた元カレが、勝ち誇ったように顔を近づける。


「お前のダブルピース。あれ、最高の動画だぜ。きっとネットに流したら――いや、もったいないな。せっかくだから有料サイトで一稼ぎするか。そうすればいい小遣いになりそうだ。世界中のモテない男どもから感謝感激の雨あられだぜ」


 九条が芝居がかった手つきで天を仰いだ。


「くぅぅ! えらいぞ瑛瑠! 自分の人生を棒に振ってまで柊くんの命を救って、世界中のモテない男たちに奉仕するなんて! 聖女様の誕生だ! 彼氏として誇らしいぞっ! 俺はっ!」


「う、うわぁぁぁ――」


 四衣凪がその場に崩れ落ち、子どものように泣き叫ぶ。


 ……ようやく、ことの全貌が理解できた。


 四衣凪瑛瑠は元カレの命令で、逃げ出した陰山の《《代わりの奴隷》》を探していた。

 そんな中、副委員長から俺のことを聞いた彼女は、俺という《《一人暮らしの都合の良い男》》を見つけ出した。


 だが、顔見知り程度の関係でしかない俺が、廃モールまで来てと言われて素直についてくるはずがない。

 そう踏んだ彼女は、自身の身体を餌にして誘惑し、それを弱みとして握ることで、ここまで連れてこようとした。


 まあ、計画したハニートラップは失敗に終わったが、結果的に俺という身代わりを、無事九条の元まで届けることには成功した。


 めでたしめでたし――。

 

 と、いかなかったのが、この現状というわけだ。


 四衣凪が奴へのカウンターとして用意した動画の真意はわからないが――やれやれ、俺がただの捨て駒ということには変わらないか。


「泣くな。瑛瑠。俺が親父に言えば、お前の罪はぐっと軽くなる。ただ引き金を引けばいい。それだけだ。それだけでお前も、親父さんも救われる。どうでもいいだろう? あんな異世界がどうとか、わけのわからない妄言を吐いている頭のイカれた奴なんて」


 「……っ!」


 ――彼女は無理やり固定されそうになる手首に必死に力を込め、わずかでも俺から銃口を逸らそうと抗っていた。


(無駄なやり取りだ。たとえ俺の眉間を捉えたとしても、指先の僅かな動きで避けきれるし、そうでなくても背後のオムニクスの魔法障壁で銃弾は弾かれる)


 しかし、九条は、俺の頭部に確実に命中するように、彼女の腕を力づくで無理矢理固定して調整する。


「ここは現実世界だっての。そんなに異世界が恋しいなら死んでみたらいいんだよ。転生すんだろ? アニメを信じろよ、なあ? 陰キャ野郎っ!!」


 銃口が、真っ直ぐに俺の眉間を捉えた。


「ごめん……ごめん、なさい……」


 娘と同年代の女の子が泣きながら俺に向ける視線。とても、気持ちのいいものではなかった。


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