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第10話 人狩りの暗殺者

「お!? 素手の俺に対してナイフ構えるとか、ヤル気満々じゃないか、陰キャ野郎!」


 ジリジリと空気を焼く音を置き去りにしながら、ダンサーはステップを刻み続ける。


「――反抗的な態度取るなら、もう少し本気、出させてもらうぜ!」


 ダンサーのステップが一段と加速する。


 俺はナイフの刃先をダンサーに向けながら、観察する。


 纏わりつく炎の色は明るい赤。温度にして1000℃前後。


 本来なら、紙一重で避けようが、その熱で体を焼かれてもおかしくない灼熱の閃脚。


 ……しかし、《《熱》》は感じたものの、それが致命傷になるほどのものとは思えない程度だった。


 未だ戦いには何ら寄与しない、ただ美しさだけを追求した虚飾のステップを踏み続けるダンサー。


 戦闘経験があるとは到底思えない。


 しかし、全容の掴めない魔法に無策で挑むのはあまりにも無謀。


 たとえ臆病と言われようと、その定石を捨てる訳にはいかない。


 ――試すか。


「キラキラしたつま先のお兄さん。そんなすごい炎纏いながら踊って、熱くないんすか?」


 俺の問いかけに、ダンサーの笑みが一瞬だけ凍りつく。

 しかし、すぐに、こちらを舐め腐った笑顔に戻る。


「……ばーか。俺を怒らせて隙を突こうなんて、魂胆が見え見えなんだよ!」


 瞬時にダンサーが俺との距離を詰める。


 繰り出されるのは熾烈極まりない蹴りの連打。


 だが、俺はその全てを冷徹に、紙一重で避ける。


 体勢を崩してがら空きになったダンサーの胴体へ、俺は反射的に刃先を突き出した。


「チッ!」


 死の予感に、ダンサーはすぐに後方へと飛び退く。


 辛うじて致命傷を避け安堵するダンサーの背後から、冷たい声が放たれる。


陽斗はると! お前、まさか押されている、わけじゃねえよな」


 元カレの低く冷徹な言葉。


 怯えているかのように、ダンサー――陽斗の表情が青ざめてゆく。


「……ッ! んなわけないっしょ。すぐにやっちまいますよ!」


 彼が終始放っていた、茶番じみたお遊びの空気が一変した。


 本気の殺気。


 やれやれ。お遊び半分なら、いなし続けるのはそう苦労でもないけど、本気でくるというなら話は別だ。

 確信に至るまでもう少し粘りたかったけど、《《万が一》》で殺してしまってもいけない。


 俺は予備動作無しで、陽斗目掛けて十徳ナイフを投擲した。


「てめっ――!」


 だが、その奇襲も、彼は咄嗟の反応で回避する。放たれたナイフは無慈悲にも、遠く離れた床の上でカランと虚無の音を立てた。


 陽斗はこちらを向いてあざ笑う。


「ばぁか! そんなん当たるわけないだろ!」


 今の彼の動きで、あいつの魔法の性質がわかった。脅威は無い。

 ならば、あとは無力化するだけだ。


 ――すぐさま、踏み込む。

 俺は最短距離を一直線に駆け抜けた。


「自暴自棄ってか!?」


 軸足がしなり、その右脚が弓のごとく後方へと引き絞られる。

 狙い澄まされた迎撃の構え。

 

 このままの速度で突っ込めば、待っているのはドンピシャのタイミングで放たれる強烈な一撃。


 ――だから俺は更に速く、相手へと踏み込んだ。


「――へ?」


 間の抜けた声が漏れる。

 蹴りが放たれる前に、俺は自分の間合いへとたどり着く。


 予想通りだった。


 陽斗に纏わりつく炎は、見た目の派手さに反して大した熱量ではない。


 これで心置きなく殴り飛ばせる。


 まずは右脇腹。

 男のステップが、ピタリと止まった。


 次に心窩部しんかぶ

 音にならない悲鳴と共に、奴の呼吸が、完全に停止する。


 仕上げは顎先。

 脳を激しく揺らし、その意識の糸を根こそぎ断ち切った。


 ガクンと、力なく崩れ落ちる彼の体を、俺は地面に叩きつけられる前に抱きとめた。


 衝撃を与えないよう慎重に腕の中へ収めると、眠りにつかせるかのように、ゆっくりと地面へ横たえる。


「……ふう」と一呼吸置き、俺はソファに座る三人へ視線を向ける。


 元カレとフードの男が、信じられないものを見るかのように凝視していた。


 特に四衣凪の狼狽は顕著だった。

 この光景を到底現実として処理できていないのか、目の焦点さえ合わないまま、体を震わせていた。


 ……まずいな。


 元を正せば、四衣凪が元カレと交渉のテーブルに着くのが今日の目的だったはずだ。

 

 それなのに、流れと勢いに任せて、元カレ側を二人も戦闘不能に追い込んでしまった。


 これでは交渉もクソもない。決裂どころか、宣戦布告と受け取られても文句は言えない。


「龍之介に続いて、陽斗まで瞬殺かよ……」


 元カレは四衣凪の肩を強く抱き寄せた。

 そのまま、自分の顔を彼女へ近づける。


「プロを雇ったってことは――お前、本気で俺のこと裏切る気だったのか」


 その耳元で毒を吐くように声を投げかけた。


 至近距離から冷徹な眼差しで射抜かれながらも、四衣凪は必死に顔を背け、拒絶を示す。


「違う……柊くんは」


 縋るような視線で、ちらりと俺を見る。


「あの男が何だって?」


「柊くんは、陰山くんの……代わりに……」


 四衣凪の呼吸が、過呼吸のように乱れていく。


「陰山の代わりの奴隷として連れてきたんだよな? でもよぁ、あれはどう見ても、その手のプロだよな。じゃなきゃ、龍之介と陽斗がこうも簡単にやられるはずないよな?」


「く、苦しいの、本当に……」


 元カレの腕は、いつの間にか彼女の肩からその細い首元へと回されていた。それはまるで明確な殺意で絞め上げるようであった。


 ――さすがに見ていられないな。


「やめろ、元カレ。フラれたのに気づいてショックなのはわかるが、やりすぎだ」


  俺の制止を嘲笑うかのように、彼女の首元を締める力が一段と強まる。


「瑛瑠……お前は俺を裏切るためにあの男を連れてきたんだな。親父の不祥事を黙っていてやっているこの俺を裏切って、この俺を殺そうと」


「ち、違……ほ、ほん……とに、知ら……」


「おいやめろ元カレ。それ以上は四衣凪が死んでしまうぞ」


 元カレの動きがピタリと止まり、俺を見据える。


「ごほっ……! お、え……っ!」


 四衣凪が呼吸を取り戻し、激しく咽び返る。


「お前、瑛瑠にいくら積まれたのかわかんねえけどよ。これで勝ったと思っているんじゃあねえよな」


 その射抜くような敵意を正面から受け流し、俺は無造作に後頭部を掻き上げ、小さく息を吐く。


「はぁ……何言っているのかわかんないけどさ。とにかく、もう色々とやめにしようよ。していることが幼稚すぎて見てられねえよ」


「んだとこらぁ!!」


 元カレの剥き出しの咆哮。


 ――ドォォォンッ!


 元カレの雄叫びと共に、建物が揺れた。

 全方位へと不可視の衝撃波が吹き、重厚な建物の壁面や床が軋みだす。


「待て、兄弟」


 これまでずっと沈黙を守っていた、フードの男が口を開いた。


「止めんなよ! あの野郎、この期に及んで俺をバカにして――」


「落ち着け。我がいるのだ。何を動揺する必要がある?」


 フードを深く被っていた男が、緩慢な動作で立ち上がる。そして、隠されていたその素顔を白日の下に晒した。


 角。二本の角が額から突き出していた。


 四衣凪が絶句し、腰を抜かすほどの異常事態。

 だが、俺にとっては――酷く、見慣れた光景だった。


「お主、ハンターであるな?」


 角の男がこちらを指さす。


『フン。少しはまともな相手がでてきたか』


 唐突に、脳内でオムニレクスの声が響いた。そういえば、フードの男が動いたら呼べ、と言っていた。


『ああ、魔族……だな。《《異世界の観測者》》が言っていた通り、続々とこちらの世界に転移しているみたいだ』


 ――そう、俺と同じように。


「どういうことだ兄弟」


 元カレが魔族の男に問いただす。


「魔法に対してのあしらい方。我のいた世界での基本的な動きである」


 元カレは眼光を鋭くして四衣凪を睨みつける。


「やってくれたな瑛瑠。まさか、異世界人を雇ってまで、逆らおうとするなんて――そこまで、狡猾な女だとは思わなかったぜ」


 四衣凪は困惑した様子だった。


 無理もない。


 彼女からすれば、元カレと縁を切りたい。ただそれだけだったはず。

 それがどうだ、目の前で爆ぜる魔法や額から角を生やした異形の男。

 突きつけられた非日常に、彼女の心は、もはや現状を理解することは不可能になっているに違いない。


「ムン――ッ!」


 魔族の男の、腹の底から絞り出した咆哮。

 凄まじい風圧が全方位へと衝撃となって走る。


「……高ぶる。まさか、この世界でもハンターと戦えるとは思ってもみなかった」


 抑えきれない殺意が、どす黒い歓喜となってその瞳に宿っていた。


 ――ハンター、ね。懐かしい響きだけど、二度と聞きたくない単語だ。


「俺は穏やかに過ごしたかったんだけど」


 相手の昂ぶりとは逆に、俺は深いため息をついた。

 

 脳内でオムニレクスへと語りかける。


『なあ、予定通りお前にまかせていいか?』

『――よかろう。歯ごたえのある暇つぶしぐらいにはなりそうだ』


「柊くんの足元……」


 四衣凪は額に手を当て、現実を拒むように目を閉じた。


 そんな彼女をよそに、俺は足元に広がる自身の影へと指先を沈めた。黒い泥のような影が指先を飲み込み、深淵の世界へと通じるゲートが音もなく開かれる。

 

 その最中、ふと疑問が浮かぶ。


「……ちなみに、フードの魔族さん。あっちの世界での仕事は?」


 俺の投げやりな問いかけに、男の口角が吊り上がる。そこには、隠しきれない凶行の記憶が溢れ出していた。


「魔王軍直属、ハンターキラー――いわゆる《《人狩り》》の暗殺者だ」


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