6.汚れた世界
クルスを追いかけながら足早に進んでいくと、建物がどんどん少なくなっていく。代わりに人柱の光はどんどん近づいていた。
もう一般公開されていないエリアなのだろう。見回りをする青鷹騎士団の姿が多い。
「大丈夫?」
「…………ああ」
前を歩くクルスが立ち止まって俺を振り返る。
声を出すのも危険なエリアなのに声をかけてきたのは、余程俺の顔色が悪かったからなのかもしれない。
「ちょっと青い隊服がな……」
青鷹騎士団の青い制服を見るとどうしてもシェリーが連れ去られた時を思い出してしまう。
あの時聖騎士と思わしき人たちが着ていた青のマントに青い制服。騎士団ごとに制服の色が違うので、青鷹騎士団に間違いなかった。
「そういえば、シェリー嬢を連れ去ったのも青鷹騎士団だったね。まぁ人柱は奴らの管轄だから仕方ないか」
クルスがどこか汚いものを見る目で遠くの青鷹騎士を睨む。
シェリーの敵と言うにはクルスの目に映る感情がおかしい気がした。
何があったのか聞こうと思ったけれど、その前に近くを青鷹騎士が通過する。
話し声が聞こえたのか、辺りを見まわしていて危険だ。
俺とクルスはその場を離れて物陰に潜むことにした。
「青鷹騎士は神殿の見回りがメインだから実戦は大して強くないんだ。それでも貴族出身者が多いからスキルや魔法に気を付けて」
「貴族って言ってもお前の家は緑梟騎士団だよな?」
「うん。僕はお飾りじゃない緑梟騎士団の団長の家系であることを誇りに思ってるよ」
かなり棘のある発言だ。クルスは青鷹騎士団に思うところがあるらしい。
貴族には詳しくないけれど、何らかの確執があるのかもしれない。
まぁ、それでも俺たち平民とは別次元の優雅な争いか。
どちらの騎士団も貴族が前線に出ることは少ない。争いも政治的なことだろう。
騎士団は国境を守る赤鷲騎士団、街を守る茶鶚騎士団、犯罪者を追いかける緑梟騎士団、神殿を守る青鷹騎士団の4つがある。白は神官を表しているので、全騎士団と神官が揃うと闇を除くすべての魔法属性が表現されていることになる。
いかに魔法が神聖視されているか分かる名前の付け方だ。
そこから更に騎士は聖騎士と騎士に分かれている。貴族がなるのが聖騎士。一般的に前線には出ず、代わりに強い魔法やスキルを身に着けている。
一騎当千とも言われ、クルスも当然聖騎士見習いだ。
「ここから先は特に気をつけて。隠れられる場所がほとんどないんだ」
セントレア教会の中央にある大きな建物をクルスが指さす。
人柱の光もこの建物の中央から出ていた。
「ここは?」
教会の内部なんて全く分からない。自分がどこに立っているのかも理解していなかった。
「ここはセントレア教会の要。贄の柱だよ」
「……贄の柱」
嫌な呼び名だ。まるで人柱を生贄と思っているみたいに感じる。
人柱と呼んでいる時点で相当だが、生まれた時から人柱が当たり前だったせいで俺も違和感を持っていなかった。
「建物こそ大きいけど、ここは人柱を祀る為の建物なんだ。だから偉い人がいる建物はまた別になってる」
「これだけ大きいのにな」
端から端まで確認できないくらい大きな建物だ。貴族の豪邸並みに太い人柱の光を囲んでいるせいで大きくなっているのだろう。
教皇がここに居てもおかしくない。豪華さだけならここ程相応しい場所もないくらいだ。
「今の教皇は絶えず人柱の光が見えるのが嫌なんだってさ。世界の為に犠牲になってくれてるというのに……」
嘘か誠か分からないことを言いながらクルスが眉をしかめる。
でも、もし本当なら俺は今まで以上に教会が嫌いになる。人の妹の命を啜っておきながら何を言っているのか。
ただでさえ青い制服を見て気分が悪いのに反吐が出そうだ。
特権階級はいつもそう。平民のことなど何も考えない。
こうなったのも人間が教皇になってからだと聞く。獣人を見下し、弱きを見捨てる。自分たちさえ贅沢ができれば良いと言わんばかりの態度は不快でしかない。
「……その教皇はどこにいるんだよ」
目の前に居るのならぶっとばしたい。今、それができなくとも今後ぶっ飛ばす。
殺意を込めて辺りの建物を見まわした。
「…………」
俺の表情を見たクルスが口を閉じたまま物言いたげに動かす。
恐らく俺を止めようか悩んでいるのだろう。それ程分かりやすく、俺は怒りに染まっていた。
教皇の妹も人柱にすれば俺の気持ちを理解してもらえるか。
それとも尊い犠牲だと喜んで送り出すのだろうか。
見たこともない教皇が憎くて仕方がない。
俺たちが何をしたと言うのか。
普通に暮らしていただけなのに。
シェリーが人柱になったのは仕方がないとしても、何故母まで切られなければならなかったのか。見ないふりをして心に蓋をしても絶えず疑問が湧きあがる。
いつ爆発するか。そんなギリギリのゲームをしている気分だ。
「教皇はあっちの方だよ。でも行ってはダメ。あっちは看破系のスキル持ちが居るから絶対にバレる。もしかしたら今もバレてるかもしれないけど」
「バレてたら捕まってるだろ」
クルスの仮説を鼻で笑う。
教会の中心部に侵入するなんてプライドの高いお貴族様が許すはずがない。この国の貴族はみな高位神官の位もしくは神殿に関わる高い職位を持っているのだ。その中心部に入り込んで命があるはずがない。
「どうかな。人柱を見るくらいなら泳がされてるのかも。一応僕の家、偉いし」
「そんなこともあるのか」
「うん、僕の家に貸しを作りたくて今は無視してる可能性がある。だから本当に危険なんだ」
「ふーん」
お貴族様特有の政治は良く分からない。
ただ、もう二度とここに来れないことはクルスの真剣な眼差しから伝わってくる。
本当に危険ならどうしてクルスは俺をここに連れてきたのだろうか。
家族を危険にさらしてまで行うべきじゃない。
友情と言うにはいささか行き過ぎている行為だ。その真意を探る為にクルスの瞳を見ても、暗闇にまぎれて良く分からなかった。
「さあ、行くよ。結界を抜けた感じはしないけど、長居もしたくないからね」
クルスに促され、贄の柱に入る。柱と言うよりは壁のようだった。
しかし中に入ると人柱までは一直線の大きな通りがある。道の左右にはガラスのついていない大きな窓の存在する部屋があり、人柱を見ながら礼拝を行えるようだ。絨毯が敷いてあった痕跡も残っている。
窓を塞ぐ朽ちかけた木の扉の隙間から人柱が見え、木の扉を開ければ目の前に人柱があることが伺える。
ホコリが溜まっているので今は使われていないようだが、昔は人柱に手を合わせていたのかもしれない。
「…………」
人柱の光に近づくほどに息が詰まる。
神々しい黄金の光もそうだが、色々な感情が詰まって呼吸も苦しい。
……この先にシェリーが居るのか。
俺はロの字になっている建物の中庭に出て、人柱の光の中心で眠るシェリーを見た。
「イオ……」
知らず知らずのうちに頬を零れる涙もそのままに、周りの景色も目に入らない。当然クルスの呟きも聞こえず、ただシェリーだけを見つめていた。
「お前、本当に人柱になったんだな」
よろけるようにふらふらとシェリーに近づいたが、黄金の光が俺の侵入を拒む。
ただの光だと思っていたのに、結界の役割もあるらしい。
光を触りながら膝を抱えて眠るシェリーを見つめる。
シェリーは連れ去られた歳のまま、清潔な白いワンピースを着て地上から少し浮いていた。服は連れ去られた時と別のものだが、誕生日にプレゼントしたネックレスはつけている。シェリーの瞳と同じ緑色の翡翠が付いたネックレスだ。
呼びかければ今にも目を開きそうなのに、何故か濃厚な死の雰囲気を漂わせている。
表情も穏やかで、ただ夢を見ているようだ。
苦痛がないのだけが救いだった。
なぁ、シェリー。
お前は寂しがりやだったがそこは寂しくないか?
嫌なことや苦しいことはされてないか?
緩やかに笑みが浮かんでいる口元は昔のまま。
突然連れ去られて怖かっただろうに。人柱になんてされて驚いただろうに。そんな感情を一切見せないシェリーに俺は力が抜けた。
「……良かった」
母を容赦なく切った奴らだから、もっと雑に扱われていると思っていた。
傷だらけになっていてもおかしくないとそう思っていたのに、人柱の光の中に居るシェリーは安らかに眠っている。
でも、穏やかなシェリーはそこまでだった。
力が抜けてへたり込む俺の前で急にシェリーの表情に苦悶が浮ぶ。閉ざされた目が開くことはなかったが、うめき声が聞こえてきそうな表情に変わった次の瞬間、人柱の光にヒビが入った。それだけでなく天にもヒビが広がる。
「なっ、なんだ?」
人柱が苦悶の表情を浮かべるのは世代交代の時。
それでも今までの人柱交代でこんなことが起きたことはない。明らかに異常が起きていた。
「イオ! 逃げるよ!!」
焦ったクルスが俺を掴み俵のように担ぐ。
逃げる道中で聞こえてきた神官の言葉が深く胸に刺さった。




