3.残酷な現実
青く澄み渡る空の下、俺はいつものように小遣い稼ぎができる場所を探す。
職を斡旋してくれる施設もあるが、教会になんて行きたくない。本当は人柱の光を見ることすら嫌だ。
俯き、働き手を求める声がないか見回す。
だが、そうして得た僅かな金銭も借金の返済に消えていく。
もう何の為に生きているのか、分からなかった。
「イーオ! 若いのに背中を曲げてたら幸せが逃げちゃうよ」
「うるせぇ!」
どすんと背中に体当たりされた感覚と共に、幼馴染の声が聞こえてくる。
幼馴染はこんな下街に不相応なつぎはぎ一つない服を着て。それでもどこかこの街に馴染んでいた。
「今日もご機嫌斜めだね。お母さんの体調が良くないの?」
妹が連れ去られ母が切られた時、最も援助してくれたのはこいつの家だ。代わりに二度とこいつに関わらないことを約束させられた。
妹が人柱に選ばれたと公表しない方が良いことを教えてくれたのもこいつの親父だ。
「お前、俺に近づくなと言われてないのか?」
「えぇー、お前って酷くない? 僕はイオに会うためにここまで来たのに」
ぷくっと膨れるクルスはお貴族様らしくない。
15で成人と言われる平民と違い、貴族の世界で16はまだ子どもだが、それでも大人に足を踏み入れた年頃だ。もっと嫌みなやつになっていてもおかしくないのに、こいつは変わらない。
俺を慕いどこまでも追いかけてくる。
縁を切ろうと振り払っても、追いかけっこと笑いながら駆け寄ってくる。
こいつがいなければ、俺の世界はもっと絶望に包まれていただろう。
「頼んでない」
「そんなこと言って。八つ当たりばかりしてたら、みんなに嫌われちゃうよ」
「嫌われた方が身のためだ」
本当はこんなに近づいてはいけないと分かっている。
こいつは這いつくばって生きる俺に相応しくない。
クルスフォード・リ・アシュレイ
アシュレイ伯爵家の長男で跡取りの男。平民を追いかけまわして良いご身分じゃない。
交わることのない俺たちが出会ったのは、親父がクルスの親父の騎士団に所属していたからだ。年も同じ。性別も同じ。こいつが貴族とは思えないほどやんちゃに走り回るので、遊び相手に選ばれたのだ。
身分が違うのだから本来はこんな口をきくことすら許されない。
それでも、この幼馴染はそれを許していた。
「ねえ、イオ。君は称えられるべき人だ。尊敬されるべき人だ。なのにどうしてこうなっちゃったんだろう」
クルスが俺にしがみつきながら呟く。
その言葉が、俺には重かった。
「平民から人柱が出たなんて知られたくないんだろ」
人柱は従来、魔力の多い貴族から選ばれることが多い。
それも光属性持ちのみで、神は自分に近い人を人柱に選んでいると……そういわれていた。
「でもさ、それにしても変じゃない? 今回の交代も20年持ってない。普通、人柱は20年持つはずだろ? なんでこの国ばかり交代が早いんだ」
「そんなの……、たまたまだろ」
そう、たまたま前の人柱が20年持たず、シェリーが選ばれた。
もし前の人柱が長く生きても、次の人柱がシェリーになる可能性は高い。年数で選ばれる人物が変わるなんて到底思えなかった。
どう転んでもシェリーは人柱になる運命だったのだ。
人一倍無邪気で、屈託なく笑うシェリーが脳裏に蘇る。
平民に珍しい光属性何て発現するから。
誰からも愛される子だったから。
だから神はシェリーを選んだ。自らが天に居るための犠牲として。
「絶対に許さねぇ」
神だか何だか知らないが、人の命を軽率に弄びすぎている。俺たちは神の遊具じゃないのに。
俺が天を睨むと、嫌でも人柱の金色の光が目に入る。
それがとても悲しくて、涙が零れてきそうだ。
「前回の人柱も庶子だった。愛人の子で本家筋じゃない」
「……だから?」
庶子が人柱に選ばれることもあるだろう。人柱は光魔法に適性があれば良いのだ。生まれも育ちも関係ない。必要なのは膨大な魔力量と光魔法の適性だけだ。
「うーん、まあそうだね。僕が考え過ぎなのかも。気にしないで」
「変なやつ」
クルスが含みを持たせるのは初めてじゃない。
何かを言いかけてやめるのはクルスの悪いくせだった。
「なぁ…………って!」
『もうここに来るな』そう言おうと思い口を開いた瞬間、クルスが俺の手を引いて走り出す。
突拍子のない行動もクルスといれば良くあることだ。大きくなるに従って回数は減ったが、元は泥団子を投げつけてくるやんちゃ坊主。気分が上がれば良く分からない行動をする。
何も変わらない。昔からの共通点だ。
ただ、その身体能力の高さにはもう……ついていけない。
俺とクルスの間に明確な差が生まれていた。
「痛い! 痛いって!!」
ぐいぐい引っ張られている腕が取れそうだ。
身体強化のスキルを手に入れたクルスにとっては大した力でなくても一般人の俺には辛い。
「ご、ごめん」
慌てて力を抜くクルスはまだスキルを完全に使いこなせていなかった。
スキルは15歳で発現し、お金を払えば教会が教えてくれる。クルスが発現したばかりの時は物を壊しまくって大変だった。
慣れてきた今でも感情を揺さぶられるだけで力が籠る。
そろそろスキルに慣れてくれないと俺の骨が折られそうだ。
「ったく! お前は力が強いんだから考えろ」
教会に行く金のない俺とクルスは違う。全てのスキルを使いこなし、役立てることがクルスに求められている。
その為の駒として俺は見逃されているのだろう。
そうでなければ厄介な小蠅がお貴族様と一緒にいるなんて許されない。
実際、シェリーが居なくなって暫くはクルスも顔を見せなかった。
「ごめん……。イオの喜ぶ顔が久しぶりに見れるかなって」
「俺が喜ぶ?」
落ち込むクルスにここ最近笑っていなかったことを思い出す。
最近どころかシェリーが連れ去られてからほとんど笑っていない。楽しいと思うことも特になかった。
「俺が喜ぶことって何だよ」
自分でも思い浮かばない。
昔、俺は何に喜んでいただろうか。
何を楽しんでいただろうか。
自分でも分からなくなっているのに、クルスには分かるのか?
到底信じられない。
でも、突然変なことを仕出かす奴だから、もしかしたら本当に笑わせてくれるかもしれない。
小さな光が俺の胸に宿った。
「じゃん! これ見て」
「ん? コイン?」
見慣れた銅貨や銀貨ではない。袋に入っている何かはキラキラと金色に輝いている。
「これはね、金貨って言うの。いっぱいあるよ」
にこにこと笑うクルスは楽しそうだ。
これから何か高いものでも買うのかもしれない。それで喜ばせようとしているのなら、どうやって諦めさせようか。俺に高いものなんて似合わない。
「……そう」
「なんで、そんなに暗い顔をするの? これがあればクルスの借金も返せるし、スキルも教えてもらえるよ」
落ち込む俺の周りをクルスがぐるぐる回る。
こいつは俺が何を思っているのか、本当の意味で知ることがない。それほど貴族と平民の差は大きかった。
「いらない」
「えっ?」
「いらねぇっつてんだよ!!」
金貨を持つクルスの手を振り払う。
その反動で金貨が地面に転がっていくけれど、それを見る余裕もなかった。
俺は、一日働いても銅貨2枚。
金貨なんて見たことがなかった。
それを働いたこともないクルスが大量に持っている。
もう頭がおかしくなりそうだった。
「あわわ、イオ酷いよ」
しょんぼりしながらクルスが風魔法で金貨を回収する。
元が何枚あったのか分からないけれど、何枚かなくなっていそうだ。地面にはいつくばって金貨を探す人があちらこちらにいる。
「…………悪い」
絞り出すようにそれだけ言って逃げ出した。
しばらくクルスの顔は見たくない。何を言ってしまうか、自分でも分からなかった。




