2. なぜ、妹が
絵本を読んでいた日から丁度1年後、少年は13歳。少女は7歳になっていた。街も平和で春の花の咲き誇る今日。少年の家に突然武装した騎士たちが訪れる。
扉を壊して入ってきたその野蛮な来訪者たちは、良く分からない紙を見せつけてきた。
「誰がシェリー・バイロットだ?」
「なっ、何ですか!?」
ちょうどお昼時だったこともあり、少年と妹は母と食事をとっていた。具の少ないシチューと黒パン。珍しく牛乳もあったので、少年たちにとっては御馳走だ。
そんな平穏をぶち壊したのは青いマントを羽織る複数の騎士たちだった。
「光栄に思え。平民に過ぎない貴様が天を支える人柱に選ばれた」
「人柱? でも、まだ20年も経っていないはずじゃ……」
少年と少女を庇うように前に出た母が震える声でそう反論する。
聞き間違いでなければ乱暴な侵入者たちは少年の妹、シェリーが人柱だと告げていた。
「確かにまだ20年経っていない。だが、人柱様の魂が天に還ろうとしている。故に次の人柱としてシェリー・バイロットが選ばれた」
「そ、そんな!」
あまりの内容に少年たちの母が震える声で叫ぶ。
シェリーはまだ7歳になったばかりだった。
そんな妹が人柱に選ばれるなんて信じられず、妹を連れ去ろうとする騎士たちに母が抵抗する。少年も母も何かの間違いだと信じたかった。
隊員の1人が隊長に耳打ちすると、隊長の視線が妹に向く。誰がシェリーか分かったのだろう。
隊長の手が妹を掴もうとした。その瞬間。
「貴様!! 邪魔をするな!!」
「きゃぁぁぁぁああ!!!」
怒りのままに抜刀した騎士が少年と少女の目の前で母を切り割く。目の前で飛び散る赤が、少年には理解できなかった。
切った?
母さんを……、切った?
濃厚な血の匂いと共にドサリと床に崩れ落ちる母を見て、少年は叫ぶ。
「ああぁぁぁぁあああ!!!」
でも、少年は自分が叫んでいるなんて気づかない。この光景に現実味がなく、目の前の光景が信じられない。
普通に生きていただけなのになぜ、こんなことになるのか。
なぜ妹が人柱になんて選ばれなければならないのか。
全てが受け入れ難く、少年は妹を掴む騎士に噛みついた。
こんな奴らにシェリーを連れて行かせるわけにはいかない!
僕が、妹を守るんだ!!
思い切り噛み付いた腕から伝わる騎士の体温が気持ち悪い。この温かさのせいで母が切られたことが現実だと伝わってくる。
騎士が手を振り怯んだ瞬間、少年は妹の手を握った。
妹の目に光が灯り、少年も表情を明るくする。
僅かな希望が今、繋がった気がした。
しかしそれも一瞬で、少年が少女の手を引く前に別の騎士が少年にのしかかる。騎士の力は少年が傷つこうと気にしない強さで、どれだけ暴れても振りほどけない。
「シェェリィィィ!!」
「お兄ちゃーん!!」
泣き叫ぶ妹も少年に手を伸ばすけれど、少年と妹の距離はどんどんと離れていく。
その声も聞こえなくなった頃、解放された少年に残っていたのは物言わぬ母と引っくり返った昼食だけだった。
「ちっ……くしょおぉぉぉぉ!!!」
机を思い切り叩き、少年が叫ぶ。
その声を聞いても、近所の人たちが少年の家に入ってくることはなかった。
***
あの後、母は何とか助かったものの妹は戻らなかった。
どこで何をしているのかも分からない。男たちの言うことが確かなら、天を支える人柱になったらしい。それも本当か嘘かなんて確かめる術がない。
平民には何とも生きにくく、諦念に満ちた世界だ。
俺がため息をつくと、隣の男が笑った。
「イオ、今日もありがとな。母さんが急に腰を痛めて困ってたんだ」
「ふーん、俺に出来ることなら何でも言ってよ。お金さえくれるなら何でもやるからさ」
妹が連れ去られてから3年。普通の手伝いから犯罪すれすれのことまでやりながら小金を稼ぎ、俺は16歳になっていた。
空を見あげれば視界に人柱の光が入る。人柱の放つ光の柱を目にする度に妹の顔がチラついて離れない。笑っていれば良い方で、大体が泣きながら連れ去られる時の顔だ。
もう、何もかもが嫌になる。
忘れられるなら忘れてしまいたい。
それでも、俺が忘れたら誰がシェリーを思い出すんだ。
誰が幸せだった家族の記憶を覚えているんだ。
シェリーが連れ去られたあの日、母を助けるためには莫大なお金が必要だった。瀕死の外傷を治せる教会の光魔法には法外の値が付けられている。到底平民に払える額じゃない。
それでも、死にかけている母を助けるには教会を頼るしかなかった。例え、教会が人柱を管理しているとしても。光魔法使いを奴隷のように扱う組織だとしても、それ以外に道がなかった。
父は親戚、友人、上司、様々な人に頭を下げ、何とかお金を工面した。騎士として働いていたこともあり、平民の中では裕福な暮らしをしていたが、最低限のお金しか用意出来ず、瀕死に陥った母は今日もベッドに横たわっている。
母の明るかった表情は見る影もない。
お金の心配をあまりしていなかった暮らしも、その日を境に激変した。
働いても働いても借金は返せず、教会からの取り立ては勢いを増すばかり。
親戚や友人に借りたお金は返したけれど、代わりに教会を頼ったのは間違いだった。やつらはチンピラと何も変わらない。お金を吐き出させる為には暴力も難癖も日常茶飯事だった。
何が神だ。
何が光魔法だ。
「本当に神なんて居るのなら戻してくれよ!! あの平和な日々に!!」
俺は拳を握りしめる。
その慟哭を聞いても世界は変わらず、光に満ちていた。妹の作り出した光の柱と共に。




