29.どうしようもない現実
俺とマリーに群がる子どもたちの相手をし、絵本を読み、気が付けば夕方だ。離れない子が多いので、つい長居をしてしまった。
それでもさすがに帰らないとマズイだろう。
マリーとアイコンタクトをして立ち上がろうとすると、カレンが俺のズボンを掴む。
縋るような目にどうして良いか分からない。
中腰で固まった俺に、孤児院の女性が苦笑した。
「カレン、お兄さんが困ってますよ」
「…………でも」
カレンも離さなければいけないことに気づいているのだろう。
目に涙をためて俺のズボンを離す。その小さな手は震えていた。
「また来るよ」
それ以外に何も言えず、俺はカレンの頭を撫でる。
この孤児院の運営方法が悪い訳じゃない。ただ他では受け入れ難い子を受け入れているせいで、色々と苦しいだけだ。
この女性も苦労しているのだろう。
この女性がどういった経緯で訳アリの子どもばかりを受け入れているのか分からない。
でも、なかなかできることじゃない。
「良かったらこれを使ってください」
俺は持ち歩いていた有り金すべてを女性に渡す。
受け取って中身を見た女性は困ったように眉を寄せていた。
「私のも使ってください!!」
体当たりするような勢いで女性に向かって行ったマリーもお金の入った袋を渡す。
マリーの所持金は俺よりも多そうだ。
「こ、こんなに頂いてよろしいのでしょうか……」
震える指先でマリーの小袋も開いた女性が涙ぐむ。
俺たちにとっては大した金額ではなくても女性にとっては違ったようだ。
地上と地下ではどれくらい物価が違うのか分からないが、遊撃部隊の給料は良い。俺はまだ一度しかお金を貰っていないが、地上で稼いだ全財産以上だろう。
持ち歩いている分だけでも一年分以上の稼ぎがあった。
「もちろん! この子たちに良いものを食べさせてあげてください!」
マリーはそう言いながら女性の手を掴む。
一人でこの孤児院を回しているとは思えない程やせ細った手だ。マリーが少し力を入れれば折れてしまう。
ハラハラしながら見ていると、女性が涙を流しながらマリーの手を握り返した。
「ありがとうございます。本当に……ほんとうに」
ただお金を渡しただけなのにとても凄いことをしたかのようだ。
どれほどこの孤児院が困っていたのか分かる。少し人と違うだけでこれ程差別されないといけないものなのだろうか。
俺は何も言えず、ただ視線を下に下げた。
「お兄ちゃん……」
俺に近づいてきたカレンが縋るように俺を見上げる。
慣れない環境で暮らすのはストレスがかかっているらしい。言葉には出さないが、連れて行って欲しいという副音声が聞こえてきそうだ。
そうだよな。
まだ6歳だもんな。
魔族は人と違って300から800歳くらいまで生きる。それでも幼少期は短く、人と同じ速度で成長をするらしい。老いるときも急速に老いるので、年齢が分かりにくいそうだ。
「ごめんな」
しゃがんでカレンの頭を撫でる。
連れて帰ってあげたいが、俺は軍の宿舎で暮らしている。あそこは独身用だ。
それに、カレンには悪いが助けた子どもを全員養っていたら破産してしまう。
俺は迷いを捨てるようにカレンに背を向けた。
「お兄ちゃん!!」
俺の背にカレンが縋りつく。
実の兄が亡くなっただけでなく、ここの暮らしにも慣れていないのだろう。だから、顔を知っているだけの俺に依存しているだけ。
そう分かっているのに、悲痛な叫びに俺の足も止まる。
マリーも途方にくれた目で俺を見た。
乗りかかった船ではあるものの、どうしたら良いか分からない。
引き取ったところで俺自身に子育てをした経験はないし、育てられる自信もない。
カレンにとっては俺と来るより此処に居た方が良いだろう。今は不安でも少し経てば落ち着くはずだ。
困窮しているだけならお金を渡すことはできるからな。
今後も寄付をしていくのなら飢えることはないし、服や建物の修繕もできる。それなら戦場に泊まり込む危険性のある俺のもとに来るよりも孤児院に居た方が良い。
それでも、小さなカレンにどう説明したものか悩ましい。
「申し訳ありません。ほら、カレン」
元気なく、女性がカレンの手を外す。
女性は俺が引き取れないことも理解しているらしい。流石に成人後すぐで軍人の俺に引き取れと迫ることもない。
悲しそうにカレンをなだめるばかりだ。
俺もいつ死ぬか分からない。
日中面倒を見ることもできないのだから、無責任に引き取ることは出来ない。マリーもそれが分かっているのだろう、悔しそうな表情で唇を噛んでいる。
「また来るわ。このお兄さんも連れてくるから」
そう言って背を向けた俺たちの耳にカレンの泣き声が届くことはなかった。




