28.襲われていた子
アランがバディを持ってから1週間以上経ち、ようやく助けた女の子に会えることになった。
女の子は入る孤児院が中々決まらなかったようで、すぐに会いに行くのが厳しい状況だった。
村が2つ襲われたことで、近隣の孤児院はいっぱいいっぱい。そんな中、心の病に罹ったのか夢遊病を発症してしまった少女は受け入れを拒否され続けていたらしい。そのせいで会いたいと言っただけで引き取りを勧められてしまった。
俺が育てられるなら引き取りたかったが、まだ軍に馴染めていない状況だ。自分のことすらままならないのに小さな少女を引き取ることなんてできない。
そもそも俺はまだ16だぞ。
成人の15を迎えたばっかりだ。それなのにあんなに押しが強いなんて。
まだ会ってもいないのに、引き取りの書類にサインをしろと迫られた時はキレるかと思った。あの子はそんなに厄介者扱いされているのだろうか。
最後に見た少女は年相応に怯えて涙を浮かべていた。
つぎはぎのある熊のぬいぐるみを抱えていたけれど、泣き叫んでいなかった。特に扱いにくそうな印象はなかったのに。
俺は6歳くらいの少女を思い出し怒りを抑えきれずにいた。
「イオ、その顔で会ったら怯えるわよ」
なぜかついてきたマリーがため息をつく。
ここ数日俺の機嫌が悪かったせいで呆れているのだろう。
「……確かに」
最終的に少女を受け入れてくれた孤児院は少女の住んでいた村から2つほど離れた、ある程度大きな街にある。
魔族は人と違い寿命が長い分、子どもの数が少ない。大切に扱われていると言われているこの国でも孤児の扱いは良くないらしい。
俺はどうしようもない現実に頭を抱えた。
「普段はこんなに酷くないわ。あの子、髪に隠れるくらい角が小さかったでしょう? 多分そのせいでどこも引き取りたくないって言ったのよ」
「……角?」
言われてマリーの角を見る。
髪色に悩んでいるマリーにも立派な角が2本、頭から生えていた。
「でも角は隠すことができるんだろ?」
俺には角が生えていないから分からないが、魔族の角や尻尾は収納可能だと聞く。教えてくれたのもマリーだったはずだ。
「大人になれば隠せるわ。でも、あのくらい小さい子が隠せるなんて聞いたことがない。そもそも邪魔な尻尾は隠しても角を隠す人は少ないもの。あるとしたら戦争で片方失った人とか、欠けちゃった人よ」
「あー、だから俺に角がなくても何も言われないのか」
既に俺が元人間だと知っている遊撃軍の人々はあまり俺に近づかない。例外はアランとマリーくらいだ。
アランは何が気に入ったのか俺に会うたびに突っかかってくるが……。
普通の人は知らないから戦争で角が折れた軍人だと思われていたようだ。
「そうね。角を隠している軍人や元軍人に角のことを聞く人はいないわ。命がけで国を守ってくれている人だもの。魔族の誇りである角を失ってまで守ってくれた人のことを、いたずらに傷つけたりしないわ」
マリーはそう呟きながら頭の上の角を触る。黒髪を持たないマリーにとって角はとても大切なものなのだろう。綺麗に磨かれている黒い角が街燈を反射して輝いている。
「……良く分からない文化だな」
「イオからしたらそうでしょうね」
くすりとマリーが笑った時、ようやくあの時の少女の居る孤児院に着いた。
外観は地上の孤児院と違ってぼろくない。掃除も行き届いているのか、清潔感がある。
「すみませーん! 面会の予約をしていたイオです!」
マリーが孤児院の扉をノックしながら叫ぶ。
お前はイオじゃないだろと思ったが、勝手に呼び出してくれるならありがたい。後ろに控えていると、痩せた女性が建物から出てきた。
「……お待ちしておりました」
どこか暗い雰囲気を持ちながら現れた女性に眉がよる。
声にも覇気がなく、病気を患っていると言われても信じられるくらい顔色が悪い。この孤児院は本当に大丈夫なのだろうか。
「えっと、大丈夫ですか?」
あまりの顔色にマリーも戸惑っているらしい。
心配そうに声をかけている。
「あ、はい。大丈夫です。ご案内しますね」
今にも倒れそうな女性に続いて建物に入ると、あまり健康そうとは思えない子どもたちが出迎えてくれる。着ている服も清潔ではあるものの、つぎはぎだらけだ。
表情も怯えている子が多く、こちらを睨みつけている子もいる。
「……この孤児院は資金繰りが厳しいんですか?」
初対面で聞くようなことではない。
それでも助けた少女の居る孤児院だ。無関係と言いたくない。
「お恥ずかしながら、食べていくのが精一杯です。ここは、訳アリの子が集められる孤児院ですから」
暗い表情で告げる女性も頬に焼けただれた跡がある。
首にも広がっているから、その下も火傷の跡があるのかもしれない。
「…………っ!」
女性の言葉を聞いて一番反応を示したのはマリーだ。
弾かれたように子どもたちを確認している。
「……マリー」
泣きそうな表情で子どもたちを見るマリーは自分と重ねているだろう。角が片方折れている子や髪の色が少し薄い子、片腕のない子など色々な子どもがいる。
奥から出てきたのが、あの時助けた子のようだ。
確かに角がないように見えるな。
抱えているのはあの時のぬいぐるみか。
幸い怪我などはしていないようで、俺を見つけたとたん、顔が輝く。
「あの時のお兄さんだ!!」
目をキラキラさせて駆け寄ってきた少女を抱きとめ、抱え上げる。
それだけなのに羨ましそうにこちらを見る子どもが何と多いことか。
ここに居る子どもたちの居る環境が分かってしまい、思わず顔が強張る。
そんな俺の変化に抱え上げた少女は敏感に反応した。
「やっぱりカレンはおかしい?」
抱き上げているせいで緊張が伝わってくる。
怯えたような表情と良い、差別されることに慣れているのかもしれない。
結局、魔族も人間と同じか。
唾棄すべき思いが湧き上がってきて唇を噛みしめる。
それでも抱え上げている少女を怖がらせる訳にはいかない。俺は無理やり笑った。
「おかしくないよ。カレンって言うんだな。俺はイオ。よろしくな」
俺が笑ったことで子どもたちが俺とマリーに駆け寄ってくる。
罵られることはないと安心したらしい。マリーも抱っこと迫られて小さい子を抱え上げている。
「カレンばっかりずるい!! 僕も!!」
「ダメ!! 次はわたし!」
俺の裾を掴んで子どもたちが騒ぐ。
これには案内してくれている女性も戸惑っているようだ。慌てて子どもたちを止めようとしている。
俺とほぼ身長の変わらない子も羨ましそうに俺たちを見ていた。
隠そうとしても隠しきれない感情は愛情不足か。それでも大きな子どもに抱っこをせがむ小さな子を抱き上げている。
案内してくれている女性以外に大人がいないのか、他に成人していそうな人はいない。
対して子どもは20人以上いるのだから、この状況も仕方がないのだろう。
「ごめんなさい。貴方たちみたいな人、殆どいなくて」
話を聞くと、見学に来る人の大半は暴言を吐くらしい。
出来損ないが国の税金で生きていることが許せないのだとか。
地上のように石を投げられることは滅多になくても、良い環境とは言えない。最初に怯えた子が多かったのは差別されることに慣れているせいだ。
力を尊ぶ分、弱く、どこか不具合のある子どもは受け入れ難いのかもしれない。
俺は力なく頷いた。




