26.夢か現実か
気づくと俺は白い靄の中を歩いていた。
普通ならおかしいと思うはずなのに、ぼやける頭では異常を感じない。
ぼんやりしながら辺りを見まわしていると、聞きなれた声が俺を呼ぶ。
「イオ!」
どこか澄んだその声に振り返るが誰もいない。
なんだ?
どこから……。
さすがに変に思って立ち止まる。
するとクルスがどこからともなく現れ、俺に笑いかけた。
懐中時計とナイフを交換した時のような心底嬉しそうな笑みに俺の表情もほころぶ。俺と会えてそれ程嬉しいと思ってくれるのなら俺も嬉しい。
「クルス!」
何故かしばらく会えていなかった気がして俺はクルスに駆け寄る。
走っている時ポケットに違和感を感じたので確認すると、ズボンに懐中時計が収まっていた。
見ればクルスの腰にも俺の渡したナイフがささっている。柄に彫られている名前も俺のものだ。
身に着けてくれているみたいで良かった。
たいしたナイフじゃないから心配していたんだが。
違和感なくクルスの腰に装着されているナイフに温かいものが俺の胸に広がる。
「クルス、生きてたのか!」
どうしてそんな言葉が出たのか分からないが、目の前にクルスが居ることが嬉しい。どこかホッとする自分がいる。
クルスはいつも俺に会いに来てくれるのにおかしいな。
笑顔だって見慣れているはずなのに……。
何ともない表情がなんだか引っかかる。
それでも俺はクルスに近づいた。違和感があったとしてもクルスはクルスだ。
「生きてたなんて変なことを言うね。僕が死ぬわけないじゃん。勇者なんだよ?」
くすくすと笑うクルスはいつも通りでおかしなところなんてない。
なんでこんなに引っかかるんだ?
白い騎士団の制服を着ているからか?
地上に白い制服を着る騎士団はなかったはずだ。新しく騎士団が増えたのだろうか。純白の制服はクルスにとても似合っている。
ああ、もしかしたら勇者専用なのかもしれない。
俺は違和感の原因を探るべくクルスを上から下まで眺める。
その中で目に留まったのは首の黒いアクセサリーだ。地上では好まれない黒色のアクセサリーは見るだけで恐怖を煽るような雰囲気を放っている。
「そうだな。クルスは勇者だ」
そう、クルスは勇者だ。
何か重要なことを忘れている気がして俺はじっとクルスの首のアクセサリーを見る。こんな禍々しい首飾りを好むような性格ではなかったはずだ。
そもそも黒いアクセサリーなんて地上で売られているのだろうか。
俺が首をかしげると、クルスも首をかしげる。
「僕は何かおかしい?」
「……いや」
首のアクセサリーが似合ってないなんて流石に言えない。
クルスのセンスが変わった可能性もある。本人が良いと思っているのなら良いのだろう。
「変なイオ」
「……そうだな」
多分気にしすぎだ。
たかだかアクセサリーひとつがおかしいだけ。クルスが変わったわけじゃない。
俺はつい視線が首のアクセサリーに行きそうになるのを首を振って切り替えた。
しかし頭を振った瞬間、クルスが目の前から消える。
「はっ!? クルス!!」
叫んで手を伸ばすも、クルスの気配すらない。
「クルス!! 何処にいった!?」
もう一度叫んで先程までクルスのいた場所に手を伸ばしても、霞を掴むばかり。
それどころか驚いた表情のマリーが俺を見ていた。
「…………大丈夫?」
ベッドの上で真っすぐ伸ばした俺の手を掴もうか掴むまいか悩んでいたらしい。
俺が起きたことで、中途半端に伸ばした手をパッと引っ込めていた。
「……ああ、悪い」
俺も手を戻し、頭を押さえる。
クルスがいたと思ったが、あれは夢か……。
そうだよな。クルスが居るはずがない。
眉間を指でほぐしながらため息をついた。
全く、なんて嫌な夢だ。
クルスが魔族の国に居る訳がないのに。
「顔色は良さそうね。吐き気は?」
「吐き気?」
一瞬聞かれた意味が分からなかった。
きょとんとしながらマリーを見ると、マリーは驚いたように目を瞠る。その後、俺がヤバいと思ったのか俺の額に手を伸ばしてきた。
「熱はなさそうね。この指は何本に見える?」
1本立てた指が俺の前に現れ、心配そうなマリーが顔を近づく。何だか重症だと勘違いされている気がする。
「1本だし、大丈夫だ。ちょっと夢見が悪くて……。その前の記憶が薄れてただけだ」
「戦場を忘れるほどの夢って何? そっちの方が大丈夫?」
「ああ……、問題ない。それより、あの時の女の子は無事か?」
納得してなさそうではあるものの俺が叫んで飛び起きたことは事実なので、マリーはそれ以上聞くのを辞めたらしい。
俺の質問に肩をすくめた。
「イオが庇った子なら無事よ。お兄さんの方は助からなかったけど……」
悔やむようなマリーに俺も頷く。
兄の方は俺とマリーが辿り着いた時点で望みが薄かった。妹が助かっただけでも最良の結果だろう。
「女の子の方だけでも助かったなら良かった」
保護者を失った子どもがどうなるのか分からない。地上では親がいないだけで将来が断たれるとまで言われていた。
それでも俺の行動に意味があったのなら嬉しい。
初っ端から吐いて最後まで立っていることもできないような、みっともない初陣だ。
少しでも役に立ったのなら醜態を晒した価値があったのかもしれない。
反省点の多い戦闘にため息がでる。
本当に、良く生きて帰れたものだ。
深呼吸をしながら辺りを見まわすと、慣れた自分の部屋に居ることが実感できた。
そこそもここは俺の部屋か?
誰が運んでくれたんだ?
まさかマリーじゃないよな。
敵の声や焦げた臭いのしない空間に力が抜ける。襲われていた村がどうなったのかは分からないが、もう休んで良いということだろう。
「……あまり思いつめないでね。初陣にしては良い成果よ。村人を助けて敵を9人戦闘不能にしたんだもの」
「9人? 俺は一人しかとどめを刺せなかったはずだ」
最初の4人組も合わせると、マリーが3人を戦闘不能にしていたのは見た。でも俺は女の子を助けた時の1人だけだ。
「イオは気絶する直前に闇魔法を暴走させたの。たまたまなのか方向性があったのか敵だけを爆発させて、あの場に見えていた人全員を倒してしまったわ」
「……うそだろ」
いくらなんでも信じがたい。
驚いてマリーを凝視しても、マリーは静かに見返してくる。
どんな器用な暴走だよ。
爆発してるってところが無駄にリアルだ。
俺の闇魔法なら間違いなく爆発するだろう。
俺は恥ずかしくなって顔を片手で覆った。
「襲われていた村には軍が到着したし、敵も逃げたから私たちの出番はもうないわ。すぐに別のどこかが襲われなければね」
「襲われる確率は?」
「30%くらいかしら。今回遊撃軍が出てくると思わなかったみたいだから体制を立てなおす可能性が高いと思う。勇者も逃げたしね」
「なるほど」
それでも襲われる確率が30%もある。
それなら次に備えて魔法をもう少しなんとかしておかないと。
スキルも魔法もない状態で戦場に立つのは不味いと今回思い知った。生きて帰れたのも奇跡だ。
マリーにも迷惑をかけてしまったし、魔法をどうにかするのが急務だ。剣ももっと練習しないと。
俺は瘴気にまみれた窓の外を見つめ、拳を握りしめた。




