19.戦闘狂の優しさ
今度は建物の中で暴れるのかと思ったが、着いた場所は救護室だ。
消毒液のツンとした臭いが充満している。
「な、何を……」
訓練場に連れてこられるのより余程怖い。怪しげな薬品でも持ってこられたらどうしよう。
俺は逃げようと藻掻いた。
「暴れんなバカ! 腹見せて見ろ」
ぽいっと俺をベッドに放ったアランはそのまま俺のシャツをはぎ取ろうとしてくる。
何がしたいのか分からないが、普通に嫌だ。
再度逃げ出そうとするが、アランは器用に退路を断ってくる。
「服を割かれたいか?」
剣を抜くアランの目はマジだ。
これ以上抵抗すれば切られるだろう。
仕方なく俺は上着を抜いだ。
「……赤くなってるな。待ってろ」
じっと俺の腹を見た後、アランが背を向ける。
今攻撃すればダメージをあたえられるだろうか。
重く痛む腹はアランに踏まれたことを思い出させてくれる。色も赤黒くなっていて暫く痛むことを想像させる。
ただでさえ寝つきが悪いのに、これ以上眠れなくなったらどうしてくれるんだ。
剣を抜きアランに攻撃するところまで想像したところで、剣がないことに気付いた。ゼルファイアはマリーが回収してくれたようだが、服を脱げと言われた辺りで部屋から出て行ってしまった。
これじゃあ何もできない。
舎弟ってパシリにでもする気か?
赤黒い腹を見ながら首をかしげる。
不思議に思っている間にアランも戻ってきてしまった。
「ほら、これを塗れ」
投げられたものを反射的に受け取ると軟膏のようだ。アランが何をしたいのか分からない。
ただ、容器をしっかり確認すると打ち身用の塗り薬だった。
「ありがとう?」
これを腹に塗れということだろうか。
急に情けを見せる理由が分からない。
舎弟になったからか?
そんな面倒見の良い性格をしているとも思えないが……。
変な薬じゃないよな。
何となく塗るのが怖くてアランを見上げる。
アランは中々塗ろうとしない俺に痺れを切らしたのか剣の柄を指で叩いていた。塗らないという選択肢はなさそうだ。
仕方なく腹に軟膏を塗ると、重い痛みが引いていく。間違いなく痣になると思っていたのに、それもなさそうだ。
「これは魔法薬か!? 俺が使っても大丈夫なのか?」
魔法薬はその名の通り魔力が籠っている薬で非常に高い。地上では貴族や裕福な市民しか使うことができない。騎士でも重症じゃなければ使わないくらいの値段だ。
「はぁ? 普通に軍の備品だろ。一番怪我の多い軍が使えなくてどうすんだ」
意味が分からないと言うようにアランが片方の眉を上げる。
魔族の軍人は地上の軍人より扱いが良いらしい。魔法薬が使えることに疑問を持っていないようだ。
武器も拘らなければ支給品があるんだもんな。
地上と違い過ぎる。
俺は装備を整えるだけでも大変そうだった父を思い出す。父が戦場から返ってきた時なんて家族総出で鎧や服を洗ったものだ。
もう二度と経験することのない記憶だろう。
懐かしさと共に憎しみまで滲み出そうになって俺は頭を振った。
「助かった。ありがとう」
怪我は運よく内臓まで至っていなかったようだ。軟膏を塗っただけで痛みが引いて安心する。内臓までダメージがいっていたら治るのに時間がかかっただろう。
下手をすればそのまま死んでしまったかもしれない。
ほっと息を吐くと、アランが鼻を鳴らす。
「ふん、怪我をしたくなかったらさっさと強くなることだな」
ムカつくことを言い残すとアランは救護室から出ていく。
舎弟だなんだと言っていた割にこれ以上何かをすることはないようだ。本当に何がしたいのか良く分からない。
少しの間アランの出て行った扉を見ていると、かわりにマリーが入ってきた。
まだ服を着ていないのにケロッとしている。
「イオ! 大丈夫?」
普通に話しかけられて俺の方がドン引きしてしまった。
「大丈夫だけど、恥じらいとかないのかよ」
頬を染めることすらないマリーに目が細まる。
少しは配慮して欲しかった。見られている俺の方が恥ずかしい。
「え? 綺麗に腹筋も割れてるし、おかしなところはなくない? なんで?」
「俺じゃなくてお前だよ! なんで俺の腹の批評をしてるんだ!」
ふざけたことを抜かすマリーに突っ込みが止まらない。
間違いなくマリーが気にするところが違っていた。
「あー、夏はみんな脱ぐから気にしてなかった。さすがに下まで脱ごうとするやつはぶん殴るけど」
「へー……」
魔族の軍は女の立場が強いらしい。聖教国ではあり得なかったことだ。
そもそもズボンを脱いで歩く奴なんていなかったけど。
俺はため息をつきながらシャツを着る。マリーに恥じらいを求めても無駄なことは理解した。
その間もマリーは軟膏を棚に戻しながら唸っている。
「……アランが手当てをするなんて明日は槍が降るわ」
やはりアランは他人の世話なんて焼かないのだろう。
ある程度仲の良さそうなマリーでも不思議そうだ。俺はアランのことが全く分からない。
「舎弟って何をすればいいんだ? バディとは別なんだろ?」
もしバディという意味ならマリーがもっと文句を言っていたはずだ。平然としているから別のことに違いない。
やはりパシリになれということだろうか。
俺が首をかしげるとマリーが目を細めて眉間に皺を寄せる。
気に入らないことではあるらしい。
「軍に舎弟なんて制度はないの。アランが舎弟なんて言うのも初めてよ。そんなヤンキーみたいな……」
「じゃあ無視をしても良いか?」
強くなれるなら舎弟でいる価値がある。だが、ただのパシリなら御免だ。
剣技や魔法を磨きたい。
「どうかしら。なんでアランがあんなことを言ったのか分からないもの。だってアランは狂暴すぎてバディも居ないのよ」
「へぇ」
確かにアランのバディになるのは大変そうだ。
敵味方関係なく襲い掛かってくるところなんてただの狂犬だろう。訓練と称して殺されそうな気がする。
「まあ、とりあえず無視しておきましょう。何かあれば勝手に話しかけてくるでしょ」
マリーは肩をすくめ、俺をベッドから立たせた。
「治療が終わったのだからお昼ご飯を食べてからこの国の勉強ね。貴方、赤子より物を知らないもの」
「……仕方がないだろ」
好きで別の国に来たわけじゃない。
しかも地上と地下では考え方や価値観が全然違う。でも、瘴気に満ちて景色が見えにくい魔族の国の方が過ごしやすそうだ。
俺たちはベッドを整えてから救護室を出た。




