14.謎の少女
「あは、随分と綺麗に染まりましたね」
「…………何の用だ」
いつも懐にしまっていたナイフを探ろうとして、クルスに渡してしまったことを思い出す。
なぜこのタイミングで異様な雰囲気を放つ男が現れるのか分からなかった。
「いえ、同胞となられたのですから、地下にご招待しようかと思いまして」
にこやかに笑う男はもう、帽子なんて被っていない。
長い黒髪がすとんと下におりている。
「お前は、全て知っていたのか? 知った上で、俺をクルスの元へ連れて行ったのか?」
何も知らないと誤魔化すには男の様子はおかしかった。
興味がないという雰囲気を隠そうともせず、俺に話しかけてきた理由。それは、今日襲撃があると知っていたから。だから俺を遠ざけたかったのだろうか。
もし、そうならこの男も復讐の対象のひとりだ。
顔を上げて男を睨むと、男のどこか歪んだ微笑が目に入る。
「…………いいえ。信じてはいただけないでしょうが、今日、このタイミングで襲撃があるなんて知りませんでした。ただ……」
「ただ、なんだよ!」
「ただ、ご友人が勇者であるということは知っていました。なので、あの場に連れて行った方が面白いと言う者がおりましてね」
くすりと笑う男にも仲間がいるらしい。それでも、話が真実なのかは分からない。この男が考えた可能性もある。
元々、この男の表情を読めたことなんてないのだ。これほど良く分からないやつも初めてだ。
……まあ良い。もし知っていたのならそれが分かった時、殺せばいいんだ。
きっと強いだろうが、復讐相手に殺されるのならそれも本望だろう。
俺は自分の心の一部が壊れたことを自覚しながら男を睨みつける。
「で、お前の同胞なんてどう判断するんだ。どっかが壊れれば良いのか?」
今の俺は間違いなくおかしい。
これが男の仲間になる条件なら俺もなったと言えるのだろう。しかし、心が壊れた奴を集めて何をする気だ?
俺は男の意図が掴めず、警戒を深める。
そんな俺を男は気にしていないらしい。ゆっくりと俺に近づいてくるせいで男の持つ花の香りが強くなった。
「まあ、正解でも有り不正解でも有る答えですね。正しくは闇に落ちたということです。御覧なさい。貴方の髪は綺麗な黒に染まっています」
「……なっ!」
男の出した水球に映る俺は確かに髪が黒くなっていた。
本当にそれが俺なのかと水球に手を伸ばしても水に映る俺が同じ動きをする。
「信じていただけましたか?」
「どういうことだ!!」
俺は元々くすんだ群青色の髪をしていたはずだ。それがこんな一瞬で黒くなるもんか!
何か、トリックがあるはずだ。
俺は男の出した水球を手で払う。それだけで水球の水は飛び散り、生ぬるい水が俺と男にかかった。
「酷いですねぇ。水浴びなんて気分ではないんですが」
口を歪める男に警戒が募る。
しかし男は俺がどれだけ睨んでも飄々としているだけだ。
「お前、一体何をした?」
まさかこいつが俺を黒髪にしたんじゃないか。そんな疑問が湧いてくる。
小さい頃、魔族に関わると魔族にされるという童話を聞いたことがある。その時は作り話だと思ったが、そうではないのかもしれない。
俺がじりじりと男から距離を取ると、男は鼻で笑う。
「貴方に何かするつもりならもっと前に手を出していますよ。だって……貴方は弱いのですから」
くすくすと笑う男はどこまでも掴みどころがない。
それでも狂気の中にどこか悲しげな様子がある気がするのは俺がおかしくなったからなのだろうか。
「お前に、何が分かる」
弱い者の気持ちも、搾取され続ける気持ちもこの男には分からない。きっと生まれながらの強者だろう。
欲しいものは全て与えられていたに違いない。
そう思い男に詰め寄ると、男の笑みが深くなった。
「何も分かりませんよ。でも貴方と同じ、地上から迫害されたお仲間です。生まれつき髪が黒かったせいでね」
「なっ、お前……」
まさか男が地上の生まれだとは思わなかった。
出会った時に言っていた、黒髪だと子を殺すと言うのは自分の体験だったのか。だから、言った時の様子がおかしかったのだろうか。
思わぬ真実に俺は息を飲む。
ずっとどこか狂っているように感じていたのは、拒絶され、殺されそうになったからなのかもしれない。
「そういえば自己紹介をしていませんでしたね。私はリンダール。種族は妖精族です。これからよろしくお願いしますね、イオ」
優雅に握手を求めてくるリンダールはやはりどこか壊れていた。
少し躊躇った後その手を掴むと、リンダールが耳元に口を寄せる。
「ようこそ。地下の国へ」
何をと思った時にはもう、手遅れだった。
いつぞやと同じように全く異なる場所に居る。
どんな配慮なのか、父と母も一緒に連れてこられていた。
「遅いぞ、リンダール。それがイオか」
広いホールのような部屋の上の方から声が降ってくる。
凛と響く幼げな声の持ち主は、赤みがかった黒髪の少女だった。2本の立派な角も生えている。
「誰だ?」
警戒して後ろに下がると、少女が眉をしかめる。
貴族のようなドレスを着ているし、魔族のお嬢様なのかもしれない。ゆるやかにうねる見事な黒髪をすとんと下ろし、頭にティアラが乗っている。
地上ではあまり見ない黒いドレスをしっかりと着こなしている少女は、俺より若い12,3歳くらいの見た目なのに貫禄があった。
「随分と無礼な子供だな。人に名を聞くときは自分から名乗ると教わらなかったのか?」
ただ、少女がそう言っただけなのに重苦しい重圧が俺を襲う。リンダールも近くに立っているのに、なぜかこいつは平気そうだ。
「悪かった。俺はイオ・バイロットだ。お前は何者で、ここはどこだ?」
リンダールの言うことが確かなら地下にある魔族の国なのだろう。
だが、なぜここに居るのか全く分からない。
俺の戸惑いが伝わったのか、少女の矛先がリンダールにずれる。
「リンダール、貴様は何も説明せずに連れてきたのか。しかもなんだその死体は」
「時間がなかったもので……。お許しください。こちらのお二人はイオのご両親になります」
仰々しくお辞儀をするリンダールは少女に対しても敬意を感じない。
豪華な服を着ていると思っていたが、こいつも貴族なのだろうか。
リンダールの告げていた地下の国というのが確かなら、ここは魔族の国ということになる。
「……必要なら埋葬して差し上げろ。イオ、お前はどうしたい?」
「……埋葬したいが、できれば地上の墓に入れてあげたい」
どうやって地上に戻れば良いのか分からないが、苦しみながら生き抜いた両親だ。できるだけ安らかに眠って欲しい。
俺の想いが通じたのか分からないが、少女は表情を変えることなく頷いた。
「良いだろう。リンダール、手助けをしてやれ。それから、なぜ連れてきたのかも説明するんだ」
「えぇ? 面倒ですねぇ」
嫌そうな表情を隠しもせず、リンダールは肩をすくめる。
これではどちらが偉いのか分からない。最初は少女がリンダールの上司かと思ったが、そうでもないのかもしれない。
「やれ」
少女はそれだけを言うと、大きな椅子の裏へ消えていく。
そちらにも扉があるのか、ぱたりと閉まる音だけが聞こえてきた。




