12.正義の正体
久しぶりに見たクルスは少しやつれている。頬がこけ、目の下に隈ができていた。キラキラしたオーラも成りを潜めていて、こんなクルスを見たのは初めて見る。
だが、運の良いことに拷問を受けたりはしていなようだ。
血の匂いがすることもないし、痛がっている様子もない。
「イオ! なんで!?」
突然現れた俺に驚いたのか、クルスが叫ぶ。
もし見回りの騎士が居たらヤバかっただろう。
「静かに!」
俺の声もうるさいが、クルスに叫ばれるのはもっと困る。
これ以上叫ばれるようなら会話を諦めなければ危険だ。クルスもそのことに気づいたらしく、自分で自分の口を押えた。
「どうしてここに来たの。バレたら危ないよ」
声を潜めたクルスが格子に近づく。
少しくたびれているものの服も貴族然としたものを着ており、下街に来る時より豪華だ。それでも疲れているのか声に張りがない。
「クルスは無事か? なんで俺を庇ってる」
思ったよりも元気そうなクルスに胸を撫でおろす。
クルスが平民だったらもっと劣悪な環境に置かれていただろう。こういう時はクルスが貴族で良かったと思う。
「僕は無事だし、イオを連れてったのは僕だからね。僕が提案しなかったらイオはシェリーに会いたいと言わなかったはずだ」
「そんなの分からないだろ。あのまま過ごしてたらシェリーに会いたいと言ったかもしれない。未来なんて誰にも分からない」
一人で罪を被ろうとするクルスに唇を噛みしめる。
確かにシェリーに会いたくないかと聞いてきたのはクルスだ。
けれど、その提案のおかげで俺はシェリーに会えた。少しでも遅ければ人柱が交代し、シェリーにも会えなかっただろう。
罪の意識に怯えながらも、会わせてくれたクルスには感謝しかない。
本来、牢に入れられるべきなのは俺だ。クルスは俺を喜ばせようとしてくれたに過ぎない。
そう分かってはいるものの、変わるという一言が出てこない。
貴族のクルスがこの扱いなら平民の俺なんて命の保証がない。そんなところに飛び込むのは怖かった。
「でも、これが一番良いんだ。イオが捕まったらどうなるか分からないし……。下手をしたら処刑されちゃう」
真剣に俺を見るクルスの青い目が黙っていろと告げている。
クルスだけなら処刑されることはないのかもしれない。
「それは……」
天にヒビが入り不安が広がっている今、人柱に関すること関わるのは危険だ。どんな罪を着せられるか分からない。
特に平民が犯人なら良いように扱われるだろう。
そう分かっているから俺が名乗り出ると言えない。
名乗り出たら死んだ方がましな目に合う。貴族や政治が良く分からなくても、そのことだけは理解できた。
口をつぐむ俺に、クルスが笑いかける。
「僕は平気だよ。もし、罪を着せるとなっても処刑はできないから」
「……どうして言い切れるんだ」
まだそこまで事態が悪化していないからマシな扱いなのかもしれない。これ以上天のヒビが拡大したらどうなるか分からない。
今でも人々の不安は暴走寸前だ。少しでも怪しいやつが居たらつるし上げるに違いない。
そもそも、天のヒビもいつまであの状態でもつのか。
また広がるんじゃないか。
俺も不安で仕方がない。原因すら分からない状況なのだ。どうすればヒビがおさまるのか、直るものなのか。それすら誰も知らない。
そんな不安の捌け口がクルスに向かわないだろうか。
噛みしめた唇から血が流れる。
無力で勇気が出せない自分が憎かった。
「うーん、そんな顔をしないで。僕は大丈夫だから」
「なんで自分は大丈夫だなんて言いきれるんだ!!」
平気だ大丈夫だと繰り返すクルスが本当に大丈夫だとは思えない。俺の罪を被ってクルスが死ぬのは見たくなかった。
処刑なんて決まってからでは遅いのだ。
俺が牢屋の格子を叩くと、クルスが苦笑いをする。
「…………イオだけには教えるね。僕、勇者の称号を持ってるんだ。だから教皇様も僕を殺せないんだよ」
「勇者?」
勇者と言えば地下から襲撃をしてくる魔族を倒す力の持ち主だ。光魔法の適性が強く、高位の魔族も打ち倒せると聞く。
物語の中だけの存在だと思っていたのに本当に実在したとは。
驚いてぽかんと口を開くと、クルスが俺に手を伸ばす。
「だから、心配しないで。僕は大丈夫だから」
さっきまでと打って変わり、クルスの声に力が籠る。目の光も元に戻ったようだ。
急に活力が生まれたクルスに思わず瞬きをする。
「そうか、クルスが勇者か……」
思い返せば剣をへし折ったり、道路を踏み抜いたりするのはさすがに変だ。身体強化のスキル持ち全員がそんなことをできたら街が崩壊してしまう。
俺は知らず知らずのうちに勇者の力の制御を手伝っていたらしい。
肩の力が抜けて微笑むと、クルスもへらっと笑う。
頼りなさそうに見えてもこいつが世界を救うのだろう。
「うん、勇者を殺すほど教皇様も愚かじゃないよ。むしろイオがこんなところに来るのが問題。もう来ちゃダメだ」
じっと俺の目を見るクルスに嘘の色はない。むしろ強い光が宿っていた。
「そうだな。また、下街で会おうぜ」
勇者様なら悪い扱いにはならないはずだ。なにせ一世代に1人いるかいないかの存在だ。
怪しいタイミングで人柱を見たとしても処刑はされないだろう。代わりが居ない人材を疑わしいという理由だけで罰するほど愚かな教会ではない。
あるとしたら今回の件を脅しに使って勇者を言いなりにするくらいか。
それも嫌なことではあるが、命を奪われるより断然良い。
クルスもそれが分かっているから自分に任せろと言うのだろう。
俺はクルスと拳を交わす。昔から約束をする時の証だった。
今回はそれに留まらず、クルスは紋章入りの懐中時計を俺にくれた。何かあった時はクルスを頼れということらしい。
その気持ちがとても嬉しかった。
もしかしたらクルスはもう俺と会えない未来を想像していたのかもしれない。だから少しでも形があるものをと考えたのだろうか。
俺はクルスと違って頼りになる紋章なんてない。慌てて何かないか探すと、ナイフが出てきた。騎士に憧れていた時から使っていたものだ。持ち手に俺の名前も刻まれている。
クルスからしたらいくらでも買えるようなナイフなのに、嬉しそうに受け取って布に包む。
繊細な刺繍の施されている布は俺が渡したナイフより高価かもしれない。
格子の隙間から物を渡し合い、俺たちは声を出して笑った。
それでももう俺がクルスに会いに行くなんてできない。ただの貴族ですら遠い存在なのに勇者の称号も持っているのだ。もう、遠いとか言う次元じゃない。
俺が罪滅ぼしをすると言う方がクルスの足を引っ張るだろう。二度と会うなと言ったクルスの親父さんの言うことも分かる。俺とクルスでは立場が全く違った。
もう最後になるかもしれないクルスを目に焼き付ける。
今後クルスが下街に来るか分からないが、来たら歓迎しよう。少しでも肩の荷が下せる場所になれれば良い。
そう考えながら部屋から出ると、何故かそこは下街だった。




