99.沙月はアリエノールを守りたい
王城のバンケットホールで、初めて会う実の父親と弟を前にして、沙月はとても冷静だった。
沙月にすまなかったと謝る父親に、責める気持ちも憐れむ気持ちも湧かなかった。
そんな事より、アリエノールをこれ以上傷付けないで欲しかった。
アリエノールは夫であるベンジャミンを愛していた。
息子のコンラッドも愛していた。
エミールの事は、「初恋の君」で思い出の中の人だった。
思い出を完全に忘れるなんて無理だ。
時々、思い出す事もあっただろう。
「ルナベル」を思い出して泣く日もあったに決まっている。
でも、それはそれとして、サヴェル家の妻として母として、2人に愛を持って暮らしていたに違いない。
これは、アリエノールからしてみれば、突然、旦那と息子から捨てられたという話なのだ……。
「私は幼い頃から、アリエノールを想っていました。ですが公国では公爵家同士の婚姻は禁じられておりましたので、自身の気持ちを押し通す考えは一切ありませんでした」
ベンジャミンは言葉を選ぶ様に、ゆっくりと話し始めた。
「王国留学時、アリエノールとエミール様が恋仲になったとの噂を耳にして、正直、嫉妬に打ち震えました。しかし、留学期間はたったの1年で、エミール様も私と同じ様に諦めるしかないのだと、心を落ち着かせました」
ベンジャミンはエミールを見て少し微笑んだ。
エミールも軽く頷いている。
「ですが留学が終わり帰国すると、明らかにカールの様子が変わっていました。カールは留学の際お世話になった王国のヴァルモン公爵から、金銭的な援助を受けていたのです」
ベンジャミンがカール・ハミルトンを見ると、カールは弱々しく頷いた。
「王国とは留学終了後は関係を断つ約定を結んでおりました。私は今すぐやめるようにカールを説得しましたが……」
「はい。私がベンジャミンの説得を跳ね除けました。正直申しまして、王国の自由で華やかな生活がうらやましく、やめる事が出来ませんでした」
カールはうつむいて答えた。
「私はこの事をハイクロフト家にも伝えなくてはと思い、しかし、悪い考えが頭をよぎりました。上手く伝えれば、アリエノールと結婚出来るのではないかと……」
アリエノールは顔を上げた。
そう、アリエノールはハミルトン家が力を持った原因をつい最近まで知らなかったのだ。
「そうして私は真実を隠し、ハミルトン家抑制の為だと偽り、ずっと想い焦がれていたアリエノールと結婚したのです」
「旦那様……」
アリエノールはポツリと呟く。
「罪悪感はありましたが、私がアリエノールを幸せにすればよいだけだと自身を納得させていました。そして、ルナベルが生まれて……」
ベンジャミンは言葉を選べずにいるのか、黙ってしまった。
カールも話そうとしない。
「恐れ入りますが、発言をお許しください」
その様子を見かねたのか、ユレシアが声を出す。
「こちらの聞き取りで、ヴァルモン公爵がハミルトン公爵家の家臣のフリをしてルナベル様を見に伺ったときいております。ヴァルモン公爵は、あくまで見に行っただけで、攫うつもりも命を狙うつもりもなかったと公言していますが、サヴェル公爵から見てどの様な印象だったのでしょうか」
ベンジャミンは、微かに笑った。
「当時の私が見た光景をそのまま話しますと、ハミルトン家の家臣が、ルナベルを抱えて突然走り出したのです」
あのヴァルなんとか、嘘っぱちじゃん!?
沙月は、ユレシアの手をギュウっと握り返す。
「わ、私も、まさか、攫おうとするなんて思わなくて……」
カールもオドオドと話す。
エミールは隠す事なくチッと舌打ちをしている。
「アリエノールは産後で体調が悪く、その場におりませんでした。私はその家臣を追いかけて肩を掴みました。するとその家臣は、私に肩を掴まれた反動で、ルナベルを落としたのです……」
それ、普通の赤ちゃんなら、死んでるヤツじゃん!?
沙月はユレシアの手をさらに強く握った。
ユレシアが小声で「うっ」と言う。
ベンジャミンは頭を抱えた。
「ルナベルは消えました。私は怒りに身を任せ、ハミルトン家と絶縁しました。全てをハミルトン家のせいにしましたが、しかし冷静に考えるとこの件は、私とヴァルモン公爵とカールで、ルナベルを殺したということなのです……」
アリエノールは口元を手で覆い、カタカタと震えている。
「アリエノールからルナベルは無事で別の場所にいると聞き、私は驚きました。それまでの私は、公国に暮らしていながら、妖精の存在など信じていなかったのです。妖精の話をするアリエノールの事も、信じておりませんでした。しかし、目の前で消えた娘の説明は、『公国の純血』であるアリエノールの言葉を真実だと決定付けました。私は、私の欲望のために、公国のルールを破り、自身の娘に多大な責任を負わせてしまったのです……!」
沙月は呆然としていた。
話の内容に、ではなく、ヴァルモン公爵に怒っていたら、ベンジャミンがウワーッとたくさん喋り、話の内容が聞き取れなかったから、である。
実は今でも、早口や長い話は、かなり集中しないと聞き取れないのだ。
「ユレシア様……」
沙月はすがる様にユレシアを見る。
ユレシアはすぐに察して頷いた。
「お話の途中で申し訳ありません。ルナベル様に説明をする時間をいただきたく存じます」
ベンジャミンはハッとなり、「も、もちろん、お願いします」と言う。
エミールはアリエノールに言葉をかけ、紅茶を勧めている。
「ヴァルなんとか、落とすまで分かった。お父様、なんて言った?」
「サヴェル公爵は、妖精を信じていなかったそうです。ルナベル様が別の場所に移動して初めて、アリエノール様の話す妖精を信じたとのことです。そして、公爵家同士の婚姻禁止というルールを破ってしまい、ルナベル様に大きな責任を負わせてしまったと大変悔やんでおります」
ユレシアは外向きの敬語で沙月に分かりやすく話してくれた。
沙月は父であるベンジャミンが、19年間後悔をしていたのだと理解した。
内乱の話がまだなので、話はきっとまだ続くのだろうが、こんなに辛そうな雰囲気ではアリエノールが苦しむだけである。
「お父様!」
沙月はベンジャミンの方を見た。
ギョッとしたのはユレシアとエミールである。
「……ルナベル、父と呼んでくれるのか……」
ベンジャミンは涙ぐむ。
何とか、嫌っても恨んでもいないと伝えなくてはいけない!
「わたし、ユレシア様会えました。だから、お父様、いい仕事しました! ヴァルなんとか、嫌いです! ルーファス様、嫌いです! お父様、嫌いないです!」
ユレシアとエミールは、ルーファス関係ない! と頭を抱えた。
ベンジャミンはポカンとした後、ふっと微笑んだ。
「……そうか。ありがとう、ルナベル……」
「はい!」
沙月は満面の笑みで頷いたのだった。




