100.ベンジャミン・サヴェルの話
王城のバンケットホールでは、晩餐会はまだ行われず、フィロリア公国の内乱についての説明が、ベンジャミン・サヴェル公爵から行われていた。
円卓は二卓あり、王家の方の円卓では、お菓子を食べながらの歓談をしているようだ。
ただ、ルーファス・レイサムだけはこちらの話を聞いているようで、先程サツキが「ルーファス様、嫌い」と発言した時、あきらかに体がピクッと動いていた。
きっと父であるベンジャミンに、嫌っていないよと伝えたかったのだろう。
ヴァルモン公爵は名前が言えていなかったし話にも出てきたのでいいが、ルーファスは全く関係なかったのに、何故口をついて出てきてしまったのだろうか……?
ユレシアがサツキを見つめると、サツキはニコッと笑って、自身の手をもう一方の手で指差した。
どうやら先程の様に、手を握って欲しいようだ。
ユレシアも笑顔を返し、サツキの手を握る。
円卓の椅子は自由に動かせたので、ユレシアとサツキは至近距離で隣に座っているのだ。
「時折妖精が教えてくれるというルナベルの様子に、安心よりも申し訳ない気持ちが勝り、私は次第に大きな罪悪感に苛まれていきました。コンラッドが生まれても、それは消えることはなく、アリエノールと暮らすことも、大きな罪のように思えました」
ベンジャミンの言葉に、アリエノールは「そんな……」と呟く。
「そして3ヶ月前、絶縁状態だったカールから話がある旨の書簡が届き、私は1人でハミルトン家に赴きました」
ベンジャミンがカールを見ると、カールは「ここからは私がお話しいたします」と言った。
「私は19年間、ずっと後悔しておりました。ヴァルモン公爵は罪悪感からか、援助を続けてくださいましたが、気持ちが晴れることはありませんでした。10年前に娘が生まれた時も、サヴェル家の娘は亡くなってしまったのに……と心から喜ぶ事が出来ませんでした。しかし、娘は、ニイナというのですが、『公国の純血』の特徴を持っておりました。そしてニイナが突然言ったのです。『ルナベルが戻ってきた』と……」
カールはサツキを見た。
サツキは少しうつむいて、ユレシアの手をキュッと握る。
「娘にルナベル嬢の話をした事はありませんでした。私は、生きていたのかと驚きました。そして同時にすぐにベンジャミンに知らせなくてはと手紙を出しました。その時は、アリエノールも『公国の純血』なので知らせなくても知っている、という考えさえも思い浮かびませんでした」
カールは今度はアリエノールを見た。
アリエノールは「ニイナ嬢の方が先でしたのね」と小声で言う。
「ベンジャミンにこの話をすると、生きているのは知っていたが戻ってきた事は知らないと言いました。そして、アリエノールを解放するために、協力して欲しいと言われました。私はベンジャミンに協力すれば、この罪から逃れられると思い、二つ返事で引き受けました」
カールは弱々しく笑うと、ベンジャミンに「後は、君から……」と言い、うつむいた。
「ルナベルが王国のランドン伯爵領にいるとカールからきいた私は、完全に心が決まってしまいました。エミール様が独身である事は存じていましたので、アリエノールを解放し、そしてエミール様とルナベルと3人で、あの華やかな王国で生活をさせてあげようと決心したのです」
「どうして、どうして勝手にお決めになったのですか! コンラッドまで巻き込んで……!」
アリエノールは涙を流しながら、ベンジャミンに向かって叫んだ。
いつもの穏やかなアリエノールとは思えない大きな声だった。
「話したら君は、私といる事を選ぶだろう!? でも私は卑怯な手を使って君と結婚した男なんだよ! ルナベルと離れて暮らすことになったのも、全ては私のせいなんだ! カールに本当に殺してくれとお願いしたが断られたんだよ……」
ベンジャミンは頭を抱えて、「ううっ」とうなる。
それまでずっと黙っていたコンラッド・サヴェルが、「あの、発言よろしいでしょうか」と小さく右手を挙げた。
「は、はい。お願いします」
ユレシアは動揺しながらも、何とか声を出す。
「私はお父様からこの話を聞かされて、カール様と同じく二つ返事で引き受けました」
『えっ……!?』
サツキとアリエノールの驚愕の声が重なる。
「お母様は、お父様がご自身の罪でずっと苦しんでおられた事に気づいておられませんでした」
息子のコンラッドの言葉に、アリエノールは「あ……」と小さな声をもらす。
「お母様はいつも優しく、妖精のようにふわふわとしておられました。苦しんでいるお父様の横で、いなくなったお姉様の話や妖精の話、王国での思い出話をしておられました……」
「ちょっと、おとうと!」
サツキは立ち上がってコンラッドに叫んだ。
弟に、「おとうと」はないだろう!?
いや、今はそれはいい!
ユレシアも立ち上がってサツキの両肩に手を乗せた。
「ルナベル様、落ち着いてください。今はサヴェル公爵子息のお話を聞きましょう」
サツキはユレシアを見てぐっと黙り、静かに腰を下ろした。
「ほら、お姉様もそうです。ニイナ嬢もそうでした。公国の歴史を調べたら、『公国の純血』を持った女性は、全員、夢の中で妖精と会話し、どこか人間離れしていて、とても純粋で、とても残酷なのです! 人間の嫉妬や苦しみを全く理解していないのです!」
ユレシアはつい、エミールを見た。
エミールもユレシアを見て、2人でなんとなく、目で会話をする。
そう、若干、コンラッドの意見に賛成なのだ。
しかしアリエノールは顔面蒼白でうつむいており、サツキは今にもコンラッドに殴りかかりそうである。
「サ、サヴェル公爵子息様! ご意見に補足してもよろしいでしょうか!?」
ユレシアはサツキが殴りかからないように、サツキの手を握りながら声を上げた。
コンラッドは「はい」と頷く。
「『公国の純血』の女性たちにそのような特徴があるとしましても、それは本人たちのせいではございません。妖精と夢の中で会話する行為も、『公国の純血』の女性たちの希望ではございません。上手く伝えられませんが、もっとこう、血脈に深く根付いているものなのです。妖精と見えない強い縁で結ばれているのです。『公国の純血』の女性たちは、500年前の妖精の願いを背負わされている、いわば被害者とも言えます。アリエノール様の、ルナベル様の非ではないのです!」
そうだ。
人間離れしていて何が悪いのだ。
嫉妬や苦しみを理解してくれなんておこがましい!
理解して欲しいのなら、会話をして伝えれば良かったのだ。
エミールが「発言よろしいでしょうか」と右手を挙げる。
「サヴェル公爵子息の意見、私はよく理解できます。サヴェル公爵とハミルトン公爵のお気持ちも、痛いほど理解できます。私は普通の人間ですので。ですがそうなると、アリエノール様とルナベル様とニイナ様のお気持ちは、一体誰が理解してさしあげるのでしょうか? 彼女たちのふわふわとした話を『はいはい』と適当にあしらって、彼女たちが傷付かないとでもお思いですか?」
「エミール様……」
アリエノールは顔面蒼白のまま、エミールを見つめる。
「しかしこの議論は、白熱して平行線を辿るでしょう。ですので、事実だけを並べませんか?」
エミールの意見に、全員が頷く。
エミールはそれを確認すると、ユレシアを見た。
「ではユレシア。事実だけを並べてくれ」
ユレシアは、やっぱり丸投げなのか、と肩を落とした……。




