101.夫婦には戻れない
王城のバンケットホールの円卓で、エミールに丸投げされたユレシアは、時系列順に事実だけをあげていた。
「まずは25年前、公国公爵家御三方の王国留学です。この留学で、ハミルトン公爵はヴァルモン公爵から金銭の援助を受ける事になりました。一方でアリエノール様は当時ランドン伯爵子息だったエミール様と恋仲になりましたが、留学終了と同時に関係も切れました」
エミールはウンウンと頷いている。
ヴァルモン公爵とは違うぞ、ということだろう。
「そして21年前、サヴェル公爵とアリエノール様が結婚をし、2年後、ルナベル様が誕生します。ところが、ハミルトン公爵家の家臣に扮したヴァルモン公爵により拉致されそうになり、ルナベル様はニホンという場所に移動します。この事件でルナベル様は亡くなられたことになり、サヴェル公爵家とハイクロフト公爵家はハミルトン公爵家と絶縁します」
ベンジャミンとカールは小さく頷いている。
「その3年後にコンラッド・サヴェル公爵子息が誕生し、さらに6年後にニイナ・ハミルトン公爵令嬢が誕生しました。ハミルトン公爵令嬢は、『公国の純血』の特徴を持っており、3ヶ月前にルナベル様がこちらに戻ってきたことをハミルトン公爵に教えます」
サツキもウンウンと頷いている。
「ハミルトン公爵はルナベル様がランドン伯爵領に戻ってきたことをサヴェル公爵に教えます。そしてサヴェル公爵は、ハミルトン公爵とコンラッド・サヴェル公爵子息と共に、内乱を偽装し、アリエノール様をお一人で王国に亡命させます。レイサム王宛の手紙には、ランドン伯爵と婚姻させるよう書き記してあり、亡命の書類は問題なく王国で受理されました」
アリエノールも小さく頷く。
「一方ルナベル様は戻って来られたものの、言葉が通じず、身元が証明できず、奴隷としてランドン伯爵領のスラサル商会に保護されていました。そして、私、ユレシア・イルベルトに買われ、イルベルト男爵家でメイドとして働き、王都に向かう旅の途中でランドン伯爵にお会いして今に至ります」
「か、買われ……? メイド……!?」
ベンジャミンは目を見開いてユレシアを見ている。
「旦那様、ユレシア様はルナベルに不誠実な事はしておりません。言葉を教えたのもユレシア様です」
アリエノールがベンジャミンの言いたい事を察知して、フォローしてくれる。
「お父様、わたし、ユレシア様会えた、幸せです」
サツキはベンジャミンに、ニコッと笑う。
「ほら、やっぱり、ふわふわですよ! 普通、奴隷として買われて『幸せ』なんて思いません!」
コンラッドはサツキをジロリと睨む。
「おとうと、嫌いです!」
サツキはコンラッドを睨み返す。
もう、淑女もなにもあったものではない。
サツキはよく「嫌い」と言うが、他の非難する言葉を知らないのだろう。
「は、はあ? 大体、『おとうと』って何ですか!? 私にはコンラッドという名前があります!」
コンラッドはテーブルをバンと叩く。
「こんばっと?」
「コンラッドです!」
この喧嘩? を誰も止めないのは、アリエノールとベンジャミンが嬉しそうに眺めているからに他ならない。
「良かったですわ。姉弟喧嘩が出来て……」
「ああ、早速仲良くなれたな」
アリエノールは分かるが、ベンジャミンも相当ふわふわとしている。
さすが20年以上夫婦をやっていただけのことはある。
でも、この2人は、もう夫婦には戻れないのだ。
「恐れ入りますが、話を進めさせていただきます。アリエノール様の亡命が正式に王国で受理された事により、公国でのアリエノール様の貴族籍は喪失しました。つまりサヴェル公爵とアリエノール様は正式に離婚が成立しております。王国法では二度の亡命は禁じられております。サヴェル公爵が王国に亡命をしない限り、お二人はご夫婦に戻る事が出来ません」
アリエノールは笑顔を消し、目を伏せる。
ベンジャミンはアリエノールを見た後、ユレシアではなくエミールを見た。
「全て承知しております。私とコンラッドには亡命の意思はございません。エミール様、詳細をお知らせせず大変申し訳ございませんでした。何卒、アリエノールをよろしくお願いいたします」
ベンジャミンは立ち上がり、エミールに深々と頭を下げる。
「承知いたしました。後の事はお任せください」
エミールも立ち上がり、ベンジャミンと同じくらい頭を下げた。
「うっ……ふっ……」
アリエノールは口元を押さえ、嗚咽にも近い泣き声をあげる。
「お母様……」
サツキも涙ぐんで下を向く。
ああ、進行役なんて、するものではない。
辛い事実も、容赦なく発言しなくてはならない。
こんな状況でも、話を進めなくてはならない。
「あと、ルナベル様の身元証明ですが、アリエノール様の娘として、こちらで行ってもよろしかったでしょうか?」
「はい。公国の姫として証明すると、その後亡命させることになります。私にはコンラッドがおりますので、ルナベルはアリエノールと一緒に過ごさせてやってください」
ベンジャミンはサツキに微笑みかける。
「お父様……、ありがとうございます」
サツキはペコリと頭を下げる。
「わ、私は、お母様もお姉様も、たまに、公国に遊びにこれば良いと思います! 喧嘩別れではございませんので!」
コンラッドは顔を赤くしながら顔を背けて言う。
「コンラッド……」
アリエノールはポロポロと涙を流す。
「こんばっと、いいやつでした。嫌いないです!」
「だから、コンラッドです!」
「難しいなまえ……」
「どこがですか!?」
サツキとコンラッドが再び言い合いをしているが、それはいいとして、これで公国との話し合いは終わりではないだろうか。
ユレシアがエミールを見ると、エミールは頷いて、王家側の円卓に歩いて行った。
「ルーファス様、話し合いが終わりました。あとは歓談になりますが、いかがいたしましょうか」
「承知しました。今宵は晩餐会ですので食事を用意いたします。ごゆっくりご歓談ください」
ルーファスはそう言うと、席を立ち入り口の方へ向かう。
そして、入り口に護衛として立っているテシアとキサラに何かを伝え、テシアとキサラは真剣な表情をした後、テシアだけがホールを出ていった。
「なんだ? こちらの護衛だろうが……」
エミールはユレシアの隣に腰掛けながら呟く。
「はい。とはいえ、騎士は王国付きですからね……」
ユレシアも小声で呟く。
戻ってきたルーファスが、サツキの後ろに立った。
「ルナベル様、私、何か嫌われるような事をしましたでしょうか?」
根に持ってたかぁ! とユレシアとエミールは目配せをする。
「お花のカチューシャ、子ども用です! お母様、……キラキラ、差があります!」
サツキは臆する事なく、カチューシャを指差して訴える。
いただいた物に、よく言えるものだ。
しかしユレシア的には、ティアラという単語が出なくて、キラキラと言うところが可愛いなどと思ってしまっていた。
「ああ、そういう事ですか」
ルーファスはベンジャミンを見る。
「す、すまん、ルナベル! それは私が選んだのだよ」
頭を下げるベンジャミンに、サツキとアリエノールが「えっ!?」と驚く。
「私の中で、ルナベルは黄色のおくるみに包まれた『菜の花の妖精』で……。いや、しかし、19歳だったな。申し訳ない……」
サツキは口をパクパクとさせている。
なんと、子どもどころか、赤ちゃんイメージだったらしい。
「……もしかして、このティアラもですか?」
アリエノールが震える声でベンジャミンに尋ねる。
「ああ。最後の贈り物として受け取って欲しい。いらなかったら売ってくれて構わない」
ベンジャミンは苦笑いをする。
「いいえ、大切にします。ありがとうございます」
アリエノールは再び涙を流している。
これは、エミールの惨敗である。
カロリーヌの言っていた意味とは違ったが、ユレシアもエミールも、まだまだということだ。
「お姉様は、よくお似合いですよ。私より上には見えませんが」
コンラッドがサツキに向かってニヤリと笑う。
サツキはムスッとしてコンラッドから顔を背けた。
「コンバート、やっぱり、嫌いです!」
「だから、コンラッドです! わざと間違えてますよね!?」
結局仲良しな「元サヴェル家」を見て、ユレシアとエミールは笑い合うのだった。




