102.陞爵と爵位剥奪
王城のホールでの晩餐会で、沙月は目を輝かせていた。
豪華な食器に乗った、美味しそうな食事が次々と運ばれてくるのだ。
沙月は食事マナーもこの5日間でみっちりやった。
しかし、この素敵な食事たちを、淑女のフリをして食べるのはキツイ。
出来れば箸でひょいひょいと口に入れたい。
沙月がふとアリエノールを見ると、アリエノールは優雅な所作でスープを飲んでいる。
円卓に座っている全員が、アリエノールを見ている。
この円卓には、女性は沙月とアリエノールだけである。
他の男性はどうでもいいが、せめてユレシアの視線くらいはいただきたい。
ガッツリいきたい欲望は抑えて、優雅な所作で食べるのだ!
沙月はスプーンをそろりと手に持ち、カロリーヌに習ったとおり、手前から奥にすくう。
ゆっくり口に含むと、ミルクとじゃがいも? の濃厚な味が口いっぱいに広がる。
うっまい!!
王家は毎日こんなスープを飲んでいるのか!
きっと手が込んでいるに違いない。
この世界には、フードプロセッサーやミキサーはないのだから。
沙月はなるべく所作を崩さないように、サラダのドレッシングもうまいと感心しながらパクパクと食べた。
序盤からすでに、ユレシアの視線も歓談もどうでも良くなっていた。
「あー、ユレシア君、そんなにルナベル様ばかり見て少々気持ち悪いぞ?」
エミールは、ユレシアに突っ込む。
「え? ああ、申し訳ありません。ルナベル様の観察は私の日課なので……」
ユレシアの言葉に、ベンジャミンとコンラッドの表情がサッと青ざめる。
「あ、誤解なさらないでください。ルナベル様は言葉が話せなかったので、食事の好き嫌いは見て判断していたのです。文句の一つも言いませんので……」
ユレシアは懐かしむように言う。
「文句の一つもって、先程、カチューシャに文句をつけていましたよ!?」
コンラッドは呆れたように言う。
「いえ、食事には絶対に文句をつけないのです。作ってくれた人のことまで考えて、残すこともありません」
「……そうですか……というか、お姉様の話題をしているのに、本人は食べ続けていますが!?」
「はい。いつもかなりの集中力で食べるので、こちらも観察がしやすいのです」
ユレシアは満足そうに頷く。
コンラッドはハァーと息を吐いた。
「お父様、お姉様のお相手はやはり変わった方です」
「そのようですね。でも、それだからこそ、ルナベルとやっていけるのでしょう。エミール様にしてもそうです。先程の『公国の純血』に関するご意見にも驚きましたし……」
ベンジャミンは、苦笑する。
エミールは自身の話題が出ているとは気付かず、料理を配膳している使用人を呼び止めている。
「今日のメニューのレシピをいただけますか? アリエノール様とルナベル様がたいそうお気に召しました故」
「ちょっとエミール様! またそうやって甘やかそうとして……」
ユレシアがエミールを非難する。
「甘やかしではない。どうせなら好きな物を出した方がいいというだけだ!」
言い合っているユレシアとエミールを気にすることもなく、アリエノールと沙月はもくもくと食事を進めている。
その様子を見ていたコンラッドは、
「なるほど、よく分かりました」
と、頷いた。
最後のデザートのお皿を、使用人が全て下げて、晩餐会は終了となった。
「最後に、簡略的ではありますが、陞爵の儀を執り行いたいと思います」
ルーファスの宣言に、レイサム王以外の面々がざわつく。
ユレシアも、晩餐会の直後に? と首を傾げ、サツキもユレシアの真似なのか、首を傾げている。
レイサム王がヨイショと立ち上がり、二卓の円卓の間に立つ。
「エミール・ランドン伯爵、こちらへ」
「……はい」
エミールは警戒の色を隠していないが、素直に王の前に進み跪く。
「先日、貴殿の曾祖母である、マチルダ・ランドンの刑期が満了した」
晩餐会の面々は、さらにざわつく。
王家に反逆したマチルダ・ランドンは50年以上前にすでに亡くなっているからだ。
「もしかして、刑期100年というやつですか? 本人が死亡しても数えるものなんですね」
エミールは感心したように言う。
「エミール殿、簡略的とはいえ陞爵の儀だ。口を慎みたまえ」
ルーファスがピシャリと言う。
「はい。申し訳ございません」
「エミール・ランドン伯爵。マチルダ・ランドン刑期満了時の約定に従い、爵位を公爵位へと陞爵する。委細については後日伝える」
レイサム王は、表情を変えずに淡々と言い渡す。
「身に余る光栄にございます。ありがたく拝領いたします」
ユレシアはこの「陞爵の儀」を、動揺して見ていた。
公爵?
ということは、サツキは「公爵令嬢」になるのか?
嘘だろう!?
届かない!
「男爵子息」では、全く届かない!
「ユレシア様?」
サツキが心配そうにユレシアを覗き込む。
動揺が完全に顔に出ていたらしい。
「あ……、だ、大丈夫。ちょっと、驚いて……」
「続いて、ヴァルモン公爵、こちらへ」
ホールの面々が再びザワザワとする。
ヴァルモン公爵の陞爵は絶対にない。
公爵以上が存在しないし、今回の事件の原因、いわば犯人なのだ。
ユレシアの隣に戻って来たエミールは「どうなるか……」と小声で呟く。
きっと嫌な予感しかしないのだろう。
ヴァルモン公爵は、驚くほどゆっくり王の前に向かい、のろのろと跪く。
「此度の件、留学の約定を破り、フィロリア公国に混乱を招き、あまつさえ、ルナベル・サヴェル公爵令嬢の命を危険に晒した罪、決して軽くはない。これまでの忠義には感謝するが、ランドン伯爵家への襲撃や規定人数以上の私兵の所持など度重なる不始末、とても看過できぬ」
淡々と罪状を伝えるレイサム王に、ヴァルモン公爵は「お、お待ちください!」と叫ぶ。
「ヴァルモン公爵! 発言を控えよ!」
「いいえ、いいえ、王様もルーファス様もお分かりにならないのですか!?」
ルーファスの叱責を無視して、ヴァルモン公爵は立ち上がり、サツキを指差した。
「ルナベル様は危険です! 『移動』出来るのですよ!? いつ王家に忍び込み、秘密を漏らされるか分かったものではないでしょう!!」
『なっ!?』
ユレシアとエミールは立ち上がる。
ベンジャミンとコンラッドとカールも険しい顔つきになり、アリエノールは青ざめている。
サツキは首を傾げているので、よく聞き取れなかったようだ。
「そもそも500年前、王国はルナベル・ハミルトン公爵令嬢の『移動』能力を恐れて国外に追放したのでしょう!? 私は国を思って同じ能力のあるルナベル様を……」
「これ以上の無様を晒すな!!」
レイサム王の怒声に、ホール内が静まり返る。
「その言い訳ならば、貴様は聞きかじった程度の歴史で勝手な行動を起こしたということだ! 王家に伝わる真実とは異なる! そしてルナベル嬢をかどわかすために、私兵を王城に忍ばせおったな!?」
レイサム王が言い終わるや否や、ホールの入り口が開き、20名程の捕縛された男たちが次々と床に投げ出された。
男たちを床に投げ出したのは、ガレシアとテシアと王家の騎士数人である。
「お、親父様!?」
ユレシアは驚愕の声を上げた。
イルベルト領に帰ったのではなかったのか!?
あまりの展開に、エミールもベンジャミンもコンラッドもカールも呆然とし、アリエノールとサツキは「ガレシア様!」と喜んでいる。
「ガレシア、それで全員か?」
王はガレシアに直接話しかける。
「はっ! 全員捕縛いたしました!」
ガレシアはその場で跪く。
ヴァルモン公爵はへなへなと膝をついて崩れ落ちた。
「ヴァルモン公爵、卿の持つ全ての領地およびに爵位に付随する特権を王家に返上してもらおう。しかし貴殿は王妃の兄だ。新たに男爵位を叙爵する。初めからやり直せ……」
「だ、男爵……!?」
ヴァルモン公爵、いや、男爵は、わなわなと震えている。
つまり、これは、降爵ではなく、爵位剥奪だ。
そして温情により、男爵位を叙爵したということだ。
どういうことだ?
マチルダ・ランドンの王家への刃傷沙汰より、公国への干渉とサツキへの暴行と暴言の方が重いということなのか?
ユレシアとエミールは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
視界の端に、ガレシアに駆け寄る嬉しそうなサツキを捉えていたが、動くことが出来なかった。




