97.晩餐会前の挨拶
ユレシアとサツキ、エミールとアリエノール、テシアとキサラは、王城の中にあるバンケットホールに案内された。
ユレシアは貴族の夜会に出たことがない。
そのため、バンケットホール自体、初めてだ。
騎士であるテシアとキサラは、警備で慣れているのだろう。ホールの入り口に姿勢良く立ち、ユレシアに大丈夫だと言うように頷く。
天井が高く、かなり広いそのホールに、大きな円卓が二卓置いてある。
円卓の中央には金の燭台が置いてあり、オレンジの炎が揺らめいている。
向かって左側の円卓には椅子が6脚、右側の円卓には椅子が7脚あり、どうやら、向かって左側が王家の円卓で、右側が来賓、つまりユレシアたち4人と公国の3人の席のようだ。
王家も公国もまだ誰も来ていない。
ユレシアたちが一番身分が低いため、着席する訳にはいかない。
「普通はいきなり会場に通さんだろう。何を考えているんだか……」
エミールはあからさまに溜息をつく。
「公国のメンバーに会わせることに慎重になっているようですね」
ユレシアはエミールに答えながら、サツキの手を取る。
「サツキ、とても綺麗だよ。まるで菜の花の妖精だ」
本当はもっと早く褒めたかったが、公国の出席者の件でそれどころではなかったのだ。
しかし、こういうことは、忘れてはいけない。
「……息をする様に褒めるのはさすがだな……」
エミールはさらに深い溜息をつく。
アリエノールはそんなエミールとユレシアを見て微笑んでいるが、サツキはムッとした表情になる。
さすが妖精だ。
褒めたのに一体何が不満なのだろう。
「お気に召さない?」
ユレシアがサツキに微笑むと、サツキは大きく頷いた。
「黄色、子どもっぽい。お花カチューシャ、わたしの世界、子どもつける……」
「ああ、そういうことか……」
ユレシアは苦笑していた。
正直、黄色のドレスも花のカチューシャも、サツキによく似合っている。
しかし、サツキの言うとおり、成人女性の小物といえば、宝石類が普通だ。
「確かにその花のカチューシャは少々子ども向けかもな。ルーファス様の趣味か?」
エミールはニヤリと笑う。
「ルナベルに似合っていますが、ルーファス様のご趣味だとしたら気持ち悪いですね」
アリエノールは微笑みながら言う。
さすがサツキの母親だ。
サラッと王族を「気持ち悪い」呼ばわりした。
「サツキ、今度一緒に髪飾りを見に行こう」
ユレシアはサツキの髪を撫でる。
「はい……。お出かけ、します」
サツキは少しだけ嬉しそうに微笑む。
別におねだりした訳じゃないけどユレシアとお出かけならいいか、という顔である。
ほんっとうにこの妖精は可愛いのだ。
ユレシアの顔が緩んだ時だった。
突然ホールの入り口から「サツキ!」という大きな声が響いた。
振り向くと、高そうな服に身を包んだ丸い物体がこちらに向かって来ている。
そう、第2王子である。
エミールとアリエノールはサッと跪く。
ユレシアとサツキもハッとなりすぐに跪いた。
「サツキ! 会いたかったぞ! ああ、挨拶などよい! 全員顔を上げてくれ!」
第2王子は、すでにハァハァと息を切らしている。
ユレシアたちは言われたとおり顔を上げて立ち上がる。
「おお! まるで菜の花の妖精だ! なんとそちらはお母上か! 妖精の母上はやはり妖精なのだな!」
第2王子は満面の笑みを浮かべる。
ユレシア的には、第2王子の意見には賛成である。
だがサツキは、顔に出さない様に頑張ってはいるが、明らかに不機嫌である。
「サツキに言われた通り、私は食事を控えておる! このとおり、少し痩せたのだ!」
第2王子はバァンと胸を張るが、相変わらずボヨヨンとしたお腹がベルトの上に乗っており、痩せたかどうか、全く分からない。
しかし、ユレシアたちはそんな不敬を言える身分ではない……
「まだ、太い!」
サツキは第2王子に向かってズバッと言う。
ユレシアとエミールは青ざめる。
「そ、そうか。まだダメか……」
「運動、必要です。食事減らすだけ、ダメです。王子様、長生き、するです」
「な、なんと、私の長生きを願っているのか! 分かった! 明日から運動も取り入れよう!」
サツキは笑顔になり大きく頷く。
その様子を見て、第2王子も嬉しそうだ。
何だろうか、この空気は。
妖精の前には、「不敬」という言葉は存在しないようだ。
というか、サツキは第2王子を痩せさせてどうするつもりなのだろう……。
「おお! アリエノール様! そちらが噂の妖精ですか?」
今度はヴァルモン公爵だ。
それに引き続き、王妃と第1王子と思われる面々がホールに入って来る。
ユレシアたち4人は再び跪き、今度はエミールから順番に挨拶を済ませた。
「お久しぶりですね、アリエノール様」
金糸をあしらったゴージャスなドレスを見にまとった王妃は、アリエノールに微笑みかける。
王妃はレイサム王の5歳下、おそらく、45〜6歳だ。
ヴァルモン公爵の妹というだけあり、雰囲気がヴァルモン公爵によく似ている。
「はい。王妃様、お久しぶりでございます」
アリエノールは再び軽く礼をする。
王妃はアリエノールの頭上のティアラをチラリと見た後、エミールを見る。
「エミール様もお久しぶりですわ。アリエノール様とご結婚なさるとか……。あなたは独身をつ貫くのだと思っていましたわ」
背の低い王妃は、エミールを上目遣いで見上げる。
「王妃様、お久しぶりでございます。いいえ、私も独身を貫くつもりはございません。この度王様より良い縁をいただきました」
エミールも軽く礼をする。
「王命なら仕方がないですわね。アリエノール様もお綺麗ですが、つい先日まで他の殿方とご結婚されていたのですものね」
王妃は扇子を出すと、口元にあててウフフと微笑む。
ルーファスから王妃も「妖精」に会いたいと聞いていたが、王妃はエミールとアリエノールばかり気にしており、サツキを少しも見ようとはしない。
というか、これは、完全にアリエノールを敵視している。
おそらく、エミールのことがお気に入りだったのだろう。
まあ、エミールは長身の金髪碧眼で見目は良い方だし、そういう事もあり得るのかもしれない。
「この者が、妖精か?」
第1王子がスッとサツキに礼をする。
サツキも慌てて礼をする。
「王子、妖精ではありませんよ。妖精の様な、という比喩でございます。しかし、お噂通り本当に可愛らしいですな。ユレシア殿の婚約者などやめて、我が家にきませんか?」
ヴァルモン公爵はサツキを値踏みするように見た後、ちゃっかり家に誘う。
「せっかくのお申し出ですが、わたくしはユレシア様だけでこざいます」
サツキはニコリともせずヴァルモン公爵に言い、軽く会釈をする。
実はこのセリフは、カロリーヌが教え込んだものである。
誰が誘って来ても使える短めのセリフだ。
さすがカロリーヌである。
「ユレシア殿は男爵子息であろう。どうだ、私の第2夫人にならぬか?」
あろうことか、第1王子までもがサツキを取り込もうとしている。
第1王子は王妃に似て背は低めで、第2王子とは似ておらず細身だ。
金髪に薄いグレーの瞳で顔は整っている。
もしかしたら第2王子も痩せれば、割と見目が良いのかもしれない。
「せっかくのお申し出ですが、わたくしはユレシア様だけでこざいます」
サツキは顔を強張らせて同じセリフを言う。
2回連続だとセリフだとバレそうである。
「恐れ入りますが、私たちは将来を誓い合っております。離れる考えはございません」
ユレシアはそう言うと、サツキの手を取ってサツキに微笑んだ。
サツキは顔を輝かせて、「はい! 離れません!」と元気に言う。
「兄上もヴァルモン公爵も、妖精は心変わりしないのですよ? 私は最近妖精の勉強をしたのです。妖精は一度決めた事は変えないのです!」
第2王子は、大きなお腹をそらせて得意げに言う。
その勉強の本は、「妖精と僕の5年間」に違いない。
ユレシアはあの本を1〜2分で読んだ。
あの本を勉強枠に入れるとは、第2王子、さすがである。
第1王子とヴァルモン公爵が苦笑いをした時だった。
レイサム王とルーファスがホールに入ってきた。
その後ろに、3つの人影が見える。
ユレシアとエミールは、サツキとアリエノールを庇うように立つ。
謝罪と説明だと思っているが、違うかもしれない。
アリエノールとサツキを傷付けるのなら、不敬罪になってでも、庇うのみだ。
ユレシアとエミールは目配せをして頷いた。




