91.ユレシアはバカやろー
サツキの採血から2日後。
ユレシアはエミールに呼び出されて、エミールの部屋にいた。
「サツキの採血の結果が出た」
エミールは2枚の書面をヒラヒラとさせながら、ソファに座っているユレシアの向かい側に腰掛けた。
「どうでしたか……?」
ユレシアはゴクリと唾を飲む。
「……結論から言うと、普通の人間、だそうだ。血液の成分は、私たちと何ら変わりない」
エミールの言葉に、ユレシアはハァーと息を吐く。
「良かった、と思ってしまいますが、これでは何も進展はしませんね」
「まぁな。私たちでは調べられない何かがあるのかもしれないが、調べられないのなら無いのも同じだ」
エミールは書面をユレシアに渡す。
ユレシアはざっと目を通したが、医学用語は不明なものも多い。
「サツキの血を薄めて植物を育てる? はどうなんだ?」
エミールは腕を組みながら、ユレシアに尋ねる。
「発芽の早い植物で採血後すぐに試しました。もう芽が出ているので、妖精が現れたら試してもいいかと思います。ただ……」
「ただ?」
「いえ、やはり私はサツキの血液を使うこと自体に抵抗があります。サツキは異世界でよく血をとっていたらしいのですが……」
「よく血をとる?」
エミールは首を傾げる。
「なんでも、血を提供すると、おいしい飲み物がたくさんもらえたとか……」
「な、なんだって……!? それは、自身の血を売っていたということか!? し、しかも金ではなくて飲み物!?」
エミールは身を乗り出す。
「おそらくそういう事だと……。私はサツキが平然とそのような辛い経験を話すことがもう耐えられないのです。当たり前のように身を捧げないでほしいのです!」
ユレシアは手を広げて熱弁する。
「その通りだ! やはりサツキは我々の手で全力で幸せにしなくては!」
エミールは両手を握りしめる。
沙月の血液を提供して飲み物をもらうという話は単なる善意の献血なのだが、そんな事を知る由もないユレシアとエミールは、沙月を守り幸せにする事を改めて誓い合うのであった。
「あ、それでだ、ハミルトン公爵との面会なのだが、今面倒な事になっていてな……」
エミールは気を取り直して話し始める。
「面倒、ですか?」
ユレシアは顔をしかめる。
嫌な予感しかしない。
「王妃と第2王子も同席したいと言い出しているらしい……」
「本当に面倒ですね……」
ユレシアは肩を落とす。
きっと、ヴァルモン公爵の妹である王妃にまずバレたのだろう。
いや、わざとバラしたのかもしれない。
「しかしレイサム王は、公国とは極力関わりたくないはずだ。ルーファス様の手腕に期待して連絡を待つ他ない状態だ」
「承知しました……」
王弟の息子ルーファス・レイサムは、王弟がすでに亡くなっているため、王位継承権は3位にあたる。
だが、王からの信頼は第1王子よりも厚そうだ(第2王子は論外)。
王家もいろいろと面倒そうだな、とユレシアは息を吐く。
すると、コンコンとノックの音が響いた。
ユレシアがドアを開けに行くと、アリエノールとサツキとカロリーヌとルルとキサラが立っていた。
「アリエノール様、起き上がって大丈夫なのですか?」
エミールはソファから腰を浮かす。
「はい。ご心配をおかけしました」
アリエノールはふんわりと微笑む。
「ユレシア様、妖精いる、ためす!」
サツキは小さな芽が出た植木鉢をユレシアの顔の前に掲げる。
「あ、今いるの? ええと、誰が試しますか?」
ユレシアは全員を見回す。
「ユレシア君でいいだろう」
エミールの言葉に、全員頷く。
ユレシアも頷いて、サツキの肩に手を置く。
目の前に、バラの妖精が現れて、ユレシアは思わず「うわっ」と声を上げた。
「あ、恋人くん、早く試してよ! こんな事は初めてだから楽しみだよー!」
妖精はサツキの頭の上、ユレシアの目の前でくるくると回る。
「わ、分かった」
ユレシアは植木鉢の小さな芽をぷちっとちぎる。
サツキの肩に乗せていた手を、ゆっくり離す。
「ユレシア様、どですか?」
好奇心に満ちた淡い栗色の単色の瞳でユレシアを見つめるサツキの上に、淡いピンクの単色の瞳でユレシアを見つめる妖精がいる。
「そうか……、妖精の瞳が、単色なのか……」
ユレシアはポツリと声を出す。
「見えるのですね! お貸しくださいませ!」
カロリーヌはユレシアの前に手を差し出す。
ユレシアが芽をカロリーヌに渡すと、ユレシアの視界から妖精が消えた。
「見えますわ! これはすごい発見ですわ!」
カロリーヌは子どものようにはしゃいでいる。
「植物の妖精ですから、媒介として相性が良いのかもしれませんわ。ルナベル、よく思いつきましたね」
アリエノールは、サツキの頭を撫でる。
サツキはエヘヘと笑う。
次はキサラが芽を持って、「おー!」と言っている。
「あ、あの、ちょっと気になっていたのですけど、アリエノール様以外、もう誰も『ルナベル』と呼んでませんよね? 名前が大事なのではないのでしょうか?」
ルルは小さく挙手をして言う。
確かにルルの言うとおりだ、とユレシアも思う。
アリエノールと妖精以外の全員は、結局「サツキ」と呼んでいる。
キサラが「ほい、ルルさん」と言って、挙手したルルの手に芽を乗せる。
「僕が説明するよ!」
「ひゃあっ!」
ルルは突然現れた妖精に、大声を上げる。
「妖精、説明する! みんな、さわる!」
サツキは全員を見回す。
ユレシアはサツキの手を握り、エミールはルルから芽を受け取り、アリエノールとカロリーヌ、ルル、キサラは、サツキの肩や頭に手を乗せた。
「ルナベルはね、こっちに来た時に、心を開いてくれたんだ! その時に、僕がルナベルってたくさん呼んだから、名前が心に入ったんだよ!」
妖精は、サツキとエミールの間くらいに浮き上がり、得意げに言う。
「こっちに来た時とは、ユレシア様に酷い事を言われた時でしょうか?」
カロリーヌの言葉に、ユレシアは「うっ……」とうなる。
「そうそう! 恋人くんの悪口言いまくり! 最後にバッカやろーって言ってた!」
「わー! 言う、だめー!」
サツキは妖精に向かって、ぶんぶんと手を振る。
「ば、ばかやろー……、そんな言葉、教えた事ないのに……」
ユレシアはキサラを見ながら呟く。
キサラは自分じゃないとばかりに首を横に振る。
「ルナベルはこっちでは日本の言葉で喋ってるからね!」
ユレシアは、「日本の言葉」で、サツキと妖精が話していた言葉が、元いた世界の言葉だと理解した。
「ああ、あの言葉か。てっきり妖精語かと思ったよ」
「サツキ! 私にも妖精語を教えて下さいませ!」
カロリーヌはサツキの肩に置いた手に力を込める。
「妖精語、分からない! 妖精、全部言う、だめ!」
サツキは妖精が全て話してしまう事を咎めているが、その秘密を全て話す姿はサツキと同じである。
少しは言われて困る気持ちが分かっただろうか?
「まあ、ユレシアはバカやろーでいいんじゃないか?」
キサラは笑う。
「そうですね。サツキさんの気持ちも分かります」
ルルは淡々と言う。
「サツキだってユレシア君に文句ぐらいあるだろう」
エミールも頷いている。
分かっている。
こういう時、ユレシアに味方はいない。
全員サツキの味方なのだ。
ユレシアは、他の悪口も気になるが……と思いつつ、深い溜息をついたのだった。




