9.メイドの沙月
ユレシアの兄2人がイルベルト家に帰ってくることになり、沙月は急遽メイド服を着て働くことになった。
今までは、ユレシアが買ってくれた洋服を着ていた。
ユレシアは、週に1回は、沙月を連れて買い物に行き、服やアクセサリーを買ってくれたのだ。
頑張って働いているから、という感じの事を言ってくれていた。
沙月は純粋に嬉しかった。
他人からプレゼントを貰うことが、初めてだったからだ。
それに町に出ることは、言葉の勉強にもなった。
ノートとペンを持参して、沙月がアレコレ指を差す物の名前を、ユレシアは面倒がらずに教えてくれた。
英語は全然覚えられなかったのに、ユレシアの話す言葉は何故かどんどん沙月に入っていった。
沙月はこの世界に飛ばされた理不尽な運命を呪ったのに、何だか日本にいた時より楽しいと感じていた。
ユレシアの兄たちは、ユレシアにはあまり似ていなかった。
まず体型が似ていない。
兄は2人ともガッシリとした体型だが、ユレシアは細身である。
ガレシアもガッシリしているから、ユレシアだけ母親似なのかもしれない。
髪色や瞳の色も似ていなかった。
ユレシアは全体的に色素が薄いが、ガレシアと兄2人は濃い茶色の髪と瞳だった。
別の場所に住んでいるという母親は来なかった。
離婚したということかもしれない。
ガレシアとユレシアと兄2人で、何やらずっと話しながら食事をしていた。
途中少しだけ沙月の話題が出て、練習した言葉を話したが、ユレシアは顔を真っ赤にして驚いていた。
ユレシアはいつも落ち着いているので、兄2人の前だと子どもっぽい表情もするのかと沙月も驚いた。
4人とも早口だったが、言葉の勉強と思い、沙月は給仕をしながら頑張って聞いていた。
しかし、内容はよく分からなかった。
結構意思疎通が出来るようになったと思っていたが、やはり流れるような会話を理解するのは難しい。
沙月は、よく出てくる単語を何とか覚え、後でユレシアに教えてもらおうと思っていた。
メイドの仕事は、夜遅くまでかかった。
兄2人が来ただけなのに、昼食の後は片付けをしてお茶を出し、間にもお茶とお菓子を出し、夕食の準備を手伝い、夕食を出して、また片付け。
沙月とカラムとジェンは、厨房で忙しく動きながら、合間に食事をパパッと食べた。
今まで、お金持ちの家なのかな、と漠然と思っていたが、どうやら、イルベルト家は貴族らしい。
カラムとジェンはこの家の使用人(もちろんコレは分かっていたが)で、沙月は使用人以下である。
ガレシアとユレシアが全然偉そうじゃなかったので、貴族とは思っていなかったのだ。
でも、兄2人ときちんとしたテーブルマナーで食事をするガレシアとユレシアを見て、沙月は初めて明らかな身分差を感じていた。
給仕の仕事は楽しかった。
和食屋のホールスタッフだったのだ。
食事を運んだり出したり下げたりは、慣れている。
メイド服もなかなか可愛いし、役に立つところを見せて、早く言葉を覚えて……、そしたら、メイドとして雇ってもらえないだろうか。
沙月はきっと、お金で買われたおもちゃみたいな存在なのだろうけど、この家の、ユレシア付きのメイドにしてもらえないだろうか……。
沙月はいつものように、言葉を教えてもらうために、ノートとペンを持ってユレシアの部屋の前にいた。
時間はいつもより2時間ほど遅い。
さすがに非常識かもしれない。
ウロウロとドア前を歩いていると、ユレシアの部屋のドアが開いた。
「サツキ? あ、言葉の練習か!」
ユレシアはすぐに察してくれて、沙月を手招きする。
沙月はホッとして、ユレシアの部屋に入った。
「今日、言葉、教えて」
部屋に入るなり、沙月はノートをパラパラめくりながらユレシアに言う。
「サツキは勉強熱心だなぁ。ほら、座って」
ユレシアは沙月にソファに座るようにジェスチャーしている。
沙月はサッとソファに座り、「結婚、教えて!」と言う。
「ああ、テシア兄さんとの話に出てきたからか。えーと……」
ユレシアは本棚から本を取り出して、若い男女が教会で結婚式を挙げている絵を見せてくれた。
沙月は、ユレシアがすぐに当てはまる絵を見せてくれることを、いつもすごいと思っていた。
ユレシアは、部屋にある大量の本のどこに何が載っているのかを、全て覚えているのだ。
「結婚、分かった」
沙月はノートに書き込みながら言う。
そういえば、ユレシアは結婚しているのだろうか。
この屋敷には、男しかいないが……。
「ユレシアは、結婚?」
沙月はユレシアを見つめる。
「俺は結婚はしてないよ。するつもりもない。えーと、ユレシア、結婚、ない」
ユレシアはゆっくりと沙月に教えてくれる。
沙月はふんふんと頷く。
ユレシアは結婚していないようだ。
良かった。
……良かった?
沙月は首を傾げた。
「他にはある?」
ユレシアは沙月を見つめる。
沙月はハッとなり、ノートを見る。
「手を出す、教えて!」
沙月の言葉に、ユレシアは「あー……」と頭を抱えた。
「ユレシア?」
「いや、ちょっと説明が難しいかなーと……」
どうやらユレシアを困らせているようだ。
他の言葉もあるし、これは飛ばしてもいいだろう。
「王都、教えて!」
「あ、ああ、王都ね。えーと地図は……」
その後、何個か言葉を教えてもらい、沙月はユレシアの部屋を後にしたのだった。




