8.ユレシアの2人の兄
イルベルト男爵の屋敷に、久しぶりに家族全員が揃っていた。
王都で騎士として働く、ユレシアの兄2人が帰って来ているのだ。
いつも食事をする部屋のテーブルに、ガレシア、長男のテシア、次男のキサラ、三男のユレシアが着席している。
使用人を家族としているイルベルト家だが、今日ばかりは、カラムとサツキは同席せず、食事を運ぶことになっている。
「お父様、お元気そうで何よりです」
テシアは笑顔でガレシアに言う。
「ああ、テシアもキサラも元気そうで良かったよ」
ガレシアは約1年ぶりに会う息子たちに、嬉しそうだ。
「ユレシアは相変わらずなのか?」
キサラはニヤニヤしながらユレシアを見る。
「いいえ。最近は真面目に親父様を手伝っていますよ」
ユレシアは笑顔でキサラに答える。
これは本当である。
サツキがイルベルト家に来てから、余暇の時間はサツキに言葉を教えているので、歓楽街には一切行っていないのだ。
「やっぱり『親父様』なんだな」
テシアはユレシアに微笑む。
「ええ。『親父様』の希望ですので」
ユレシアはガレシアを見る。
ガレシアは元平民で、ガレシア自身、自分の父親を「親父」と呼んでいたのだ。
さすがに「親父」とは呼べないので、様を付けて「親父様」とユレシアは呼ぶようにしている。
「堅苦しいのは本当に苦手なんだよ」
ガレシアは苦笑する。
親子の談笑が続く中、カラムとサツキは、スープを手際よくガレシア、テシア、キサラ、ユレシアの順に配る。
「あれ? メイド変わりましたか?」
テシアはサツキを見てから、ガレシアにきく。
「ああ。2ヶ月前に変わったんだ。サツキだよ」
ガレシアに名前を呼ばれたサツキは、ペコリと頭を下げる。
「こんなに若くて可愛い子を雇ったら、ユレシアが手を出してしまうじゃないですか」
キサラは再びニヤニヤとしながらユレシアを見る。
実際は、ガレシアが前のメイドに手を出して、サツキはメイドではなくユレシアが手を出すための奴隷なのだが、説明が面倒である。
サツキは表情を変えていないので、「手を出す」の意味が分からないのだろう。
「手は出しませんよ(まだ)。サツキは言葉があまり話せないので、変な会話はやめてください」
ユレシアは真面目な表情でキサラに言う。
「え? 話せないって、どういうことなんだ?」
逆に興味を持ってしまったらしいキサラは、サツキをまじまじと見る。
「島国の少数民族の娘なんだよ。縁あって保護をしたんだ。な、ユレシア」
ガレシアは、「奴隷」とは言いたくないのだろう。
うまい言い回しでユレシアに同意を求める。
ユレシアは「はい」と頷く。
「でも、言葉が通じにくいとメイドとしては不便ではありませんか?」
テシアは真面目にガレシアに尋ねている。
「サツキはとても働き者なんだよ。それに、いいこともあるんだ。サツキこっちへ来なさい」
ガレシアはサツキを呼びつける。
名前を呼ばれたサツキは、ガレシアの隣に立った。
「ガレシア様は?」
ガレシアは、サツキに問いかける。
サツキは、ハッとした表情になった。
「ガレシア様は、カッコいいです!」
サツキは今までで一番良い発音で、キッパリと言い切る。
ユレシアは、飲んでいたスープをブーッと吹き出した。
「お、親父様、サツキに何を教えているんですかっ!?」
「いや、だってなぁ。若い女性に『カッコいい』と言ってもらえるだけでやる気が出るじゃないか」
ガレシアはガハハと笑う。
お父様らしい、とテシアとキサラも笑っている。
「それにしたって、その発音の良さ、かなりの頻度で言わせてますね!?」
ユレシアはナフキンで口元を拭きながら言う。
「そう怒るなよ。ちゃんとユレシアの分も教えてある」
「私の分って……」
ユレシアは頭を押さえる。
「サツキ、ユレシア様は?」
ガレシアの言葉をきいて、サツキはユレシアを真っ直ぐ見た。
「ユレシア様、大好きです!」
サツキの「大好き」という言葉に、ユレシアの心臓がドクンと大きな音を立てた。
「な、なんで、大好き……!? 『カッコいい』ではないのですか!?」
ユレシアは赤面して、完全に動揺していた。
「お前はカッコよくはないからと思ったんだが……。すまん、そんなに動揺するとは……」
ガレシアはバツが悪そうに謝る。
何気に父親から「カッコ悪い」と言われたユレシアである。
「言わせた『大好き』にそんなに赤くなって、ユレシアもまだまだかわいいもんだな」
キサラはアハハと笑う。
「こらキサラ、からかうもんじゃないよ。お父様も、何も分からない女性に言わせるのはよくありませんよ」
テシアは2人をたしなめるように言う。
ユレシアは、何とか呼吸を整えた。
すでにサツキは厨房に次の料理を取りに行ってしまい、そばにはいなかった。
「あの、私のことより、テシア兄さんのことでお話がありまして……!」
ユレシアは、そもそも兄2人を呼んだ話、長兄テシアの縁談について、早口で話し始めたのだった。




