88.妖精に会いたかった
レイサム王城の応接室。
「だから、本当に、妖精にひと目会いたかっただけなんだ……」
ヴァルモン公爵は、顔を覆って、うなだれた。
応接室内には、ヴァルモン公爵と王家のルーファス・レイサム、エミール・ランドン伯爵と騎士のキサラ・ロウランとランドン伯爵養子候補のユレシア・イルベルトがいる。
つまり、全員男である。
そんな中、50歳の白髪混じりのオジサンが、妖精に会いたかったと半泣きでうなだれているのだ。
「ランドン伯爵が羨ましかった。ヴァルモン公爵家は、アリエノール・ハイクロフト公爵令嬢のお世話がしたかったのだよ! それなのに、ハミルトン公爵家が本家だとかなんとかで、カール・ハミルトン公爵令息のお世話をすることになったのだよ!」
さらに、25年前の留学のお世話の権利? でウザ絡みである。
「まあ、ハイクロフト公爵家は三男の血筋ですからね。しかし、アリエノール様は妖精ではありませんよ?」
エミールは溜息混じりに答える。
「見た目が妖精だったろう!? しかも『公国の純血』で妖精と話せるのだ! もうそれは妖精だろう!?」
ものすごい無理矢理な理論だが大体あっている、とエミールとユレシアとキサラは目配せをする。
「それで今も諦めきれずに、ハミルトン公爵と連絡を取り続けているのですか?」
ヴァルモン公爵に尋ねた後、エミールは紅茶をごくごくと飲み干して、ルーファスを見た。
「今日はお菓子がありませんよ?」
「エミール殿が食べ尽くすので、なしにしたのですよ!」
ルーファスはエミールをジロリと睨む。
「ハミルトン公爵家と連絡を取り続けたのは、罪悪感からだ。まさかサヴェル公爵家の娘が死んでしまうとは思わなかったのだ! 本当に本当に、ただひと目見に行っただけなのだよ! こんな事になるとは思わなかったのだ……」
ヴァルモン公爵は、そう言うと泣き崩れる。
エミールは大きく息を吐く。
ユレシアも広げていた書類をまとめて、小さく息を吐いた。
ヴァルモン公爵は、先程からずっとこの調子なのだ。
これ以上聞き取りをしても、「妖精に会いたかった」を繰り返すだけだろう。
本当か嘘か、判断もつかない。
ユレシアは先日のランドン伯爵家別邸の襲撃の書類をエミールに渡す。
「それでしたら、先日の私の屋敷への襲撃は何だったのですか? あ、しらばっくれても無駄ですよ? 裏はとれていますので!」
エミールは、およそ公爵相手に話す口調とは思えない言い方をする。
「実は、第2王子から妖精の存在を聞いて、容姿を尋ねたら、アリエノール様そのものだったのだよ。ただ、その妖精はどう見ても10代で、どこぞの男爵子息の婚約者だというではないか!」
ヴァルモン公爵は、ドンッとローテーブルを叩く。
「どこぞの男爵子息ねぇ……」
エミールは呟きながらユレシアを見る。
「あり得ないだろう!? 男爵子息ごときが、妖精の婚約者などとぬかすとは!」
男爵子息ごときですみませんね、とユレシアは息を吐く。
「そんな婚約ではなく、公爵家に迎え入れようと王都中を探していたのだよ。すると先日、画材屋で似た容姿の女性がいたと情報が入って、あとをつけさせて……」
「それで襲撃ですか? さすがにその言い訳には無理がありますが?」
エミールは腕を組む。
その通りだ。
迎え入れたいのなら、順序立てて話し合いをすれば良いのだ。
もちろん、渡さないが。
「……渡すわけないだろうが……」
ヴァルモン公爵がボソッと呟く。
「え……?」
「貴様が妖精を渡すわけがないだろうが!!」
ヴァルモン公爵のあまりの大声に、ルーファスとエミールとユレシアとキサラは、思わず体をのけぞらせた。
「第2王子が会った妖精は、ランドン伯爵家別邸に住んでました!? またか! と腹が立ったよ! 25年前もそうだった! 何をちゃっかり妖精と恋人になっているのだ!? しかも時を経て亡命したアリエノール様と結婚だと!? 妖精の独り占めをするんじゃない!!」
「な、ひ、独り占め!? 第2王子が会った妖精は男爵子息の婚約者なのだから、私の独り占めではないでしょうが!!」
「独り占め」が気に食わなかったのか、エミールはヴァルモン公爵に反論をする。
どうでもいいが、話の内容のレベルがかなり低い気がする……。
「そうだ! それだ! 妖精の婚約者の男爵子息とはどこのどいつなのだ!?」
ヴァルモン公爵の剣幕に、ルーファスとエミールとキサラは、一斉にユレシアを指差した。
あっさり売られたっ!!
「おまえかぁっ!?」
ヴァルモン公爵は身を乗り出してユレシアの胸ぐらを掴む。
しかし、公爵はユレシアより背が低く、力も弱い。
ガレシアに胸ぐらを掴まれ慣れているユレシアからすると、比喩でも何でもなく、ハエが止まったかのような感覚しかない。
「あの、少し落ち着いていただけないでしょうか?」
ユレシアはヴァルモン公爵に冷静に言う。
「何だと!? 男爵子息ごときが……」
「私の婚約者は、ヴァルモン公爵の思うような妖精ではありません」
ユレシアは公爵の目を見て、キッパリと言い放つ。
公爵は掴んでいたユレシアの胸ぐらをするりと離す。
「私の思うような妖精とは……?」
「私の婚約者は、見た目はとても可愛らしいのですが、失言が多いです。いえ、話す言葉の殆どが失言です」
「……は?」
呆けるヴァルモン公爵とルーファスをよそに、エミールとキサラはウンウンと頷く。
「あと、秘密にして欲しい事を全て人に話してしまいます。見た目は本当に可愛らしいのですが!」
ユレシアは自身の手をぐっと握る。
夜の事情をカロリーヌも妖精も知っているかと思うと、いたたまれないのだ。
「昨夜は夜這いに来たと言ったのに、何もせずにさっさと帰ってしまったのですよ!? 正直、行動が読めません! しかし、それも可愛らしいので文句も言えません!」
ユレシアは頭を抱える。
「分かる!!」
エミールは大きく頷く。
「気が合ってますねー」
キサラは小声でツッコミを入れる。
「あまりに可愛らしいので、何でもしてあげたくなり、つい散財してしまいます!」
「そうなんだよ!」
ユレシアとエミールは頷きあう。
「ま、待て! 単なるノロケだろう、これは!」
ヴァルモン公爵は、ユレシアの話を止める。
「はい、その通りです。私たちは愛し合っています。決して離れないと誓い合っています。そのような約束ができる彼女は、妖精ではなく人間なのです」
そうだ。
サツキは人間だ。
妖精の血が入っているのかもしれないが、妖精は人間と恋愛したりはしない。
人間から生まれたら、それは人間なのだ。
「人として接していただけるのであれば、婚約者と面会していただくのは構いません。でもその代わりと言ってはなんですが、カール・ハミルトン公爵と会わせてはいただけないでしょうか」
「な、なんだと……?」
ユレシアの真剣な眼差しに、ヴァルモン公爵はたじろぐ。
「公国の内乱をこのまま放ってはおけません。アリエノール様は亡命後も大変心を痛めております。せめてベンジャミン・サヴェル公爵とコンラッド・サヴェル公爵子息の安否だけでも確認させていただきたく、何卒よろしくお願い致します!」
ユレシアは頭を下げながら、絶対にうやむやにはしない、と決心していた。
妖精に会いたかっただの、妖精を迎え入れたいだの、ランドン伯爵はずるいだの、そんな「夢見るオジサン」を見せられても何の意味もない。
ヴァルモン公爵の言動で、サツキは家族と引き離され、公国は19年間もやらなくてもいい「冷戦」をしていたのだ。
その責任は重大で、王国の公爵の座に居座るのも許される事ではない。
せいぜい妖精に心を奪われた男爵子息ごときと侮るがいい。
「い、いいだろう。君の婚約者に会わせることが絶対条件だ。なに、私も本当に妖精だとは思っていない。そのような噂が立つ女性に興味があるだけだ」
ヴァルモン公爵は、姿勢を正して、体裁を保つように言う。
「もちろん存じております。ハミルトン公爵にお会いする日と私の婚約者との面会日は同日でお願いします。彼女のあまりの可愛らしさにきっと驚かれますよ」
ユレシアはヴァルモン公爵にニッコリと微笑んだ。
ヴァルモン公爵は、サツキがサヴェル公爵家の娘だと勘づいている。
そして、サツキに何らかの能力があることも知っている。
保身のためなら「妖精を夢見る馬鹿なオジサン」を演じることも厭わない狡猾さがある。
絶対に断罪してひきずりおろしてやる!
「勝手な約束を取り付けてしまい、申し訳ありませんでした」
帰りの馬車内で、ユレシアはエミールに頭を下げた。
「いや、いい。ハミルトン公爵に会わなければならなかったし、ヴァルモン公爵の『妖精大好きオッサン』のクソ芝居にあれ以上付き合うのも面倒だったからな」
エミールは溜息混じりに言う。
「……私の事も『妖精大好き男爵子息』という位置付けでしょうね」
ユレシアは苦笑する。
「ユレシア、サツキに会わせるのは本気なのか?」
ユレシアの隣に座っているキサラは顔を覗き込んでくる。
「はい。キサラ兄さん、護衛をお願いしますね」
「それはやるけどさ。どんな手を使ってくるやら……」
キサラはハァと息を吐く。
「まあ、大丈夫だろう。公爵だって、サツキの可愛らしい姿を見れば油断するさ……」
「そうですね。サツキに喋らせないようにすれば……、いえ、失言させるのも可愛らしさが増すかもしれませんね」
エミールとユレシアの会話を聞いたキサラは、「妖精大好き男爵子息と伯爵だな……」と小声で呟いていた。




