87.沙月の恋バナ
ユレシアとエミールとキサラが王城へ行っている間、沙月とアリエノールとカロリーヌとルルとテシアは、ランドン伯爵家別邸の応接室に集まっていた。
前回の襲撃も伯爵不在時だったので、警戒のため、玄関警備のエルレン以外全員同室にいるのだが、沙月はルルに怒られていた。
「信じられませんよ! 普通女性が夜這いに行きますか!?」
「ごめんなさい。でも、夜這い、失敗した」
沙月は素直に謝った。
「まあ、ユレシア様に断られたのですか?」
アリエノールは心配そうに沙月を覗き込む。
「テシア様、見つかる」
「い、いやいや、確かに止めたけど、ユレシアには会ったよね。その後寝るって言って自分で出て行ったじゃないか」
女性ばかりで居心地が悪くソファには座らず少し離れた位置に立っていたテシアが、さすがに沙月に口を挟んだ。
「眠くなった。帰った」
「えー……」
テシアは残念そうなユレシアを思い出し肩を落とす。
「つまりサツキさんは、夜這いに行きユレシア様に会ったのに、眠くなったので何もせずに帰ったということですか?」
ルルは沙月をジロリと睨む。
本当は妖精もいたし、もう少し、心の機微があるのだが、それを言葉ではうまく言えないのだ。
でも、端的に言うと、そういう事になるのかもしれない。
「はい。眠い、夜這い無理」
「この、妖精がっ!!」
「だいじょぶ! 夜這い、今日もやる!」
「大丈夫の方向性が違います! 夜這いは禁止です! お嬢様も何とか言ってくださいよ!」
ルルは隣のカロリーヌに訴える。
「そうですね……。サツキ、具体的には何をするつもりだったのですか? 夜這いに行ってもユレシア様任せでは本当の夜這いとは言えないと思いますわ」
「お嬢様!? 本当の夜這いって何ですか!?」
「カロリーヌ様!?」
ルルとテシアが叫ぶ。
「そうですわね。殿方任せでは部屋に行っただけですわね」
アリエノールはカロリーヌの言葉に頷く。
「アリエノール様まで……」
ルルは顔を覆い、テシアはもう話題には入らないと決めたのか、窓の外に視線を移している。
確かにユレシアに会うことだけを考えていてその先が無計画だった、と沙月はハッとする。
そうか、夜這いというものは、しっかりした計画が必要なのか!?
「計画、する!」
「ぜひ協力させてください!」
「ルナベル、わたくしも助言くらいなら出来ますわ」
夜這いの計画を練る貴族女性たちを見て、ルルは「誰が夜這いなんてサツキさんに教えたのでしょう……」と呟く。
「キサラ様、夜這いするといい、言った!」
計画を立てながら、沙月はルルに言う。
「キサラか! あいつは……っ!」
テシアは頭を押さえる。
「……何だかどうでもよくなってきましたよ。どんな計画を立てたのですか?」
ルルは諦めて、沙月に尋ねる。
沙月は、考える仕草をする。
言葉では説明しづらい。
ここは、練習も兼ねて、実践あるのみである。
沙月はルルの横に移動し、ルルの手を握った。
「え、な、なんですか……?」
突然手を握られたルルは体をそらせ、目を泳がせる。
「ルルさん、わたし、夜、寂しくて寝られないのです」
沙月はルルを見つめる。
「え、ええ? いつもよく寝てますよ……」
ルルは答えながらも、沙月を見つめ返す。
「わたしの事はお好きにしてくださって構いませんので、どうか一緒にいさせてください……」
沙月はルルの胸に顔を寄せて、手をルルの背中に回す。
アリエノールとカロリーヌとテシアは、その様子を固唾を呑んで見守る。
「い、え、えと……」
ルルは真っ赤になり、全員に見られている事に気付き、沙月をぐいっと離した。
「これ、ヤバイです!! 誰でもイチコロですよっ!?」
ルルは赤い顔で叫ぶ。
「これで、夜這いします!」
沙月はこぶしを握って宣言する。
「お、お嬢様が考えたのですか?」
ルルは赤い顔のまま、カロリーヌを見る。
「いいえ。アリエノール様ですわ」
「はい。わたくしが先日使用した手法ですわ」
アリエノールは平然と言う。
なるほど、これでエミールは落ちたのだな、と全員納得する。
「サツキ、せっかくですので夜着も整えましょう! ルル、大きめを用意して下さい」
「承知しました!」
カロリーヌの指示で、夜這い反対だったはずのルルは応接室を出てパタパタと服を取りに行く。
突然、テシアは、あははっと笑い出した。
カロリーヌは首を傾げる。
「テシア様、どうかされました?」
「いえ、ユレシアは毎日楽しいだろうなと思いまして……」
カロリーヌもふふっと笑う。
「テシア様がわたくしと結婚しましたら、一緒に過ごす時間は、いつも楽しませて差し上げますわ!」
「ああ、きっと本当にそうなのでしょうね」
テシアはお腹を押さえながら言う。
沙月は、真面目なテシアが声を上げて笑っていることに嬉しくなった。
「テシア様、わたし、妹! 楽しくします!」
「え? うーん、サツキはこれ以上はいいかな……?」
テシアは苦笑する。
これ以上は? と沙月は首を傾げる。
「ルナベルはユレシア様だけを楽しませれば良いのですよ」
アリエノールは微笑む。
「お嬢様、お持ちしました!」
ルルが何着か夜着を持って戻って来た。
そうか。
夜這いで、ユレシアを楽しませればいいということか。
さっきの計画と、服だ!
「ルルさん! わたし、エッチな服、着ます!」
「うわっ! サツキさんがまた片言失言を……!」
ルルは、夜着をソファに置きながら少し微笑みながら言う。
「その意気ですわ! 大きめを着て、胸がはだける感じにいたしましょう!」
カロリーヌの方が意気揚々と夜着を選び出す。
沙月は胸にはあまり自信がない。
ハッキリ言ってしまえば、小さい方なのだ。
よく知らないが、大体の男性のお好みは巨乳のはずだ。
沙月の胸がはだけても、ユレシアはたいして楽しくはないだろう。
「わたし、胸、小さい。ユレシア様、楽しくない!」
「うっ、ゴホッ、ゴホッ! わ、私、外で警備しますね……っ!」
テシアは咳き込みながら、そそくさと応接室を出ていく。
「テシア様、病気?」
沙月は首を傾げる。
「そのセリフ本気ですか!?」
ルルは沙月を睨む。
「大丈夫ですよ、ルナベル。そのくらいあれば、男性は十分楽しめます」
アリエノールは微笑む。
「……そのセリフ本気でしょうか……」
ルルは顔を覆う。
沙月は、なんだか今日も楽しくて嬉しい、と思っていた。
実の母と、友人ではないのかもしれないが、友人のような女性たちと、恋バナをしているのだ。
日本での沙月は、実は友だちがいなかった。
中学校は不登校だったこともあり、クラスメイトに挨拶をする程度だった。
孤児院の同室の女の子たちは、沙月よりかなり年下で、友だちというよりは、「お世話をしなくてはいけない子たち」だった。
高校は元々少ないクラスメイトに女子が少なく、バイトと三卒希望で忙しく、やはり挨拶程度だった。
バイト先は、仲は悪くなかったが、年上の主婦ばかりだったので、友だちとは違っていた。
今思うと、なんて寂しい青春を送っていたのだろう……。
「サツキ! これでいきましょう!」
カロリーヌの声に、沙月はハッと顔を上げる。
カロリーヌの持っている夜着は、透け感のある白いミニ丈のネグリジェだ。
あからさま過ぎて、沙月でさえ思わず笑ってしまうエッチな夜着である。
こんなのを着て夜這いに行ったら、あからさますぎだよとユレシアにウケそうだ。
楽しませる計画なので、アリだ!
「はい! ユレシア様、楽しい!」
笑顔で夜着を受け取る沙月の横で、ルルが「妖精怖いわー……」と呟いていたことに、沙月は全く気付いていなかった。




