86.ヴァルモン公爵の聞き取り
ユレシアが結局サツキに夜這いされなかった夜が明けた。
夜中に妖精と話した「ルナベル名の重要性」と「初代ルナベルは人間と妖精のハーフ(手段は不明)」の件を全員で午前中に話し合い、ユレシアとエミールとキサラは再び王城にいた。
今度は王の私室ではなく、王城内の応接室である。
聞き取りの相手は、仮にもこの王国の公爵である。
罪人扱いではなく、客人扱いということだ。
王の甥であるルーファスとヴァルモン公爵がソファに並んで座り、向かい側にエミールとユレシアが腰掛ける。
キサラはエミールとユレシアの後ろに立っている。
「ランドン伯爵が後継をお見せしたいとおっしゃっているときいて急いで来てしまいましたよ」
ヴァルモン公爵はにこやかに笑う。
ヴァルモン公爵は、50歳の白髪混じりの男で、ユレシアより10センチほど背が低いが、さすが公爵というべき気品がある。
妹がレイサム王の正室、つまりこの国の王妃であり、王家との繋がりは強固だ。
ルーファスは公国に関しての聞き取りと言って王城に呼び出した訳ではないようだ。
「ええ。まだ正式ではありませんが、後継候補のユレシア・イルベルト男爵子息です」
エミールは全く動じず、ユレシアを紹介する。
「お初にお目にかかります、ヴァルモン公爵様。ユレシア・イルベルトと申します」
ユレシアも動じず挨拶をする。
だいぶ場慣れしたものだ、とユレシア自身感心してしまう。
「ああ、イルベルト男爵のご子息でしたか。後ろの騎士もイルベルト男爵のご子息ですよね? 先日夜会でお会いしましたよね?」
ヴァルモン公爵はキサラを見て微笑む。
「はい。キサラ・ロウランと申します。先日はお騒がせいたしました」
キサラは頭を下げる。
ユレシアは、そうか、と思っていた。
キサラの妻であるクロエ・ロウラン子爵令嬢は、元々別の子爵令息と婚約をしていた。
その子爵令息の浮気現場となった夜会がヴァルモン公爵主催の夜会だったのだ。
ちなみにその夜会で、クロエは浮気した婚約者をボコボコにし、警備でいたキサラはそんな剛力なクロエを見初めるというよく分からない劇的な出会いを経てスピード結婚したのである。
2人とも先日と言っているが、1年程前の話である。
「イルベルト男爵家は元平民ということもあり、いろいろ型破りですね」
ヴァルモン公爵はふふっと笑う。
イルベルト男爵家を元平民と言う貴族は多い。
息子2人の前で面と向かって言うなんて、悪い意味で、さすが公爵家である。
「ヴァルモン公爵、そこがいいのですよ?」
エミールは不敵に笑う。
「ほう? ランドン伯爵がおっしゃる通りならば良いのですが……? 後継という事は、もうご結婚はされないのですか? ランドン伯爵でしたらいくらでもご紹介いたしますのに」
ヴァルモン公爵も不敵に笑う。
「実は結婚もするのですよ。レイサム王からご紹介いただきましたので」
「え、ええ!? 王から……? それは、そうですか、ええと、失礼ですがどちらのご令嬢と……?」
エミールの「レイサム王の紹介で結婚」発言に、ヴァルモン公爵は本気で驚いている。
エミールは膝に両肘をつき、両手の甲の上に自分の顎を乗せて身を乗り出した。
「公国のアリエノール様ですよ。私の初恋の女性です。私は妻となるアリエノール様のためにも、真実を明らかにしたいと思っております。いろいろ証拠を取り揃えておりますので、正直にお話しいただきたく存じます」
ユレシアはカバンから各書面を取り出し、ローテーブルに並べる。
先日のランドン伯爵家別邸襲撃の書類もある。
「なっ……!?」
ヴァルモン公爵は、一瞬表情を変えたが、すぐにコホンと咳払いをした。
「意味が分かりませんな。私も忙しい身ですので、この辺で失礼させていただきますね」
「ヴァルモン公爵、貴公が公国のハミルトン公爵家と関わりがある事をランドン伯爵はご存知なのです。お忙しい身である事は存じておりますが、先日の聞き取りの続きをさせていただきます」
ルーファスは立ち上がりかけたヴァルモン公爵の肩を押さえて座らせる。
「ルーファス様、私を謀りましたな!?」
ヴァルモン公爵はルーファスを睨む。
「どちらが謀っているかはこの聞き取りで明らかになるでしょう。やましい事がないのであれば、すぐに終わりますので」
淡々と話すルーファスにヴァルモン公爵はギリギリと奥歯を鳴らす。
この場でユレシアがやれる事は殆どない。
でも、以前だったら、つい嫌な顔が出てしまうこんな状況も、目を見開いて、耳を凝らして、一言一句逃さずに記録をしてやる。
全てが勉強だ。
出来なければ、サツキを守れない。
あの、妖精の血を受け継ぐ、失言の多い公国の姫を守れない。
ユレシアが愛した女性は、この世界の唯一無二の存在なのだ。




