85.沙月、夜這いに挑戦する
ユレシアと部屋が別々なのは、沙月にとっては当然の事だったはずである。
イルベルトの屋敷でも、ユレシアと同じ部屋で寝た事はない。
でも、何だか、すごく寂しい。
一緒に、隣に、ユレシアがいて欲しい。
「ということで、今からキサラ様に教えてもらった夜這いに行くところなの」
沙月は真夜中のランドン伯爵家別邸の廊下をコソコソと歩きながら小声で言う。
廊下の壁には、所々に小さなランプがあり、夜中でも歩けるくらいの明るさを保っている。
「そうなんだ。ついていってもいい?」
バラの妖精は沙月の頭の上に乗りながら言う。
「いいけど、もし上手くいって取り込み中になったら、いなくなってほしい」
ユレシアは見られるのは嫌そうだったし、沙月も別に見られたい訳ではない。
「りょーかい!」
妖精はアリエノールの言ったとおり、特に興味はないようだ。
もうすぐユレシアの客室に着くといったところで、沙月は突然腕を掴まれた。
「ひっ!?」
驚いて振り向くと、そこにはテシアが立っていた。
「こんな時間に何を……って、妖精いる!?」
テシアは沙月に触れた事で沙月の頭の上にいる妖精が見えて驚いている。
「ルナベルは恋人くんに夜這いに行くんだって」
妖精はテシアに説明をする。
「よ、夜這いっ!? し、淑女がそんなこと……」
テシアは小声で沙月をたしなめようとする。
「淑女違う。『性欲処理奴隷』、だいじょぶ!」
沙月はドヤ顔で言う。
「女の子がそんな言葉を使ってはダメだ!」
テシアは真面目な表情になり、沙月を叱りつける。
「性欲処理」と言ったのはキサラであり、沙月も決して自分を「性欲処理」とは思っていない。
テシアとキサラは兄弟でも随分性格が違う。
しかし、ここまで来てユレシアに会えないのは嫌だ。
「ユレシア様会いたい。寂しい……」
沙月は胸の前で手を合わせる。
「いや、寝る直前まで一緒にいたよね? 朝まで我慢しなさい」
テシアは正論を言う。
「我慢、無理、テシア様、見逃す」
沙月はペコリと頭を下げる。
その反動で頭に乗っていた妖精が転がり落ち、テシアは咄嗟に受け止めようとして沙月から手を離し「あっ」と言う。
「そ、そうか。手を離したら見る事も触る事も出来ないのか……」
「妖精さん、とべる。だいじょぶ。では!」
沙月は何事もなかったようにテシアの横を通り抜けようとする。
が、テシアに再び腕を掴まれた。
「こら! 結構おてんばだな……」
「何をしてるのですか?」
沙月とテシアが振り向くと、そこにはユレシアが立っていた。
「ユレシア! いや、これは……」
テシアはパッと手を離す。
「あ、別にテシア兄さんを疑ったりは……」
「ユレシア様、夜這い、きました!」
沙月が元気に言うので、ユレシアとテシアは溜息をついた。
「サツキ、気持ちは嬉しいんだけど、真夜中に1人で歩き回ったら危ないんだ……って、妖精いるのか!」
ユレシアは沙月の頭に手を乗せて、妖精が目の前にいる事に驚いた。
「1人違う。妖精さんいる」
「妖精を数えちゃダメだよ!」
沙月の屁理屈にユレシアは突っ込む。
「恋人くんさ、ルナベルは寂しいんだって。抱いてあげれば満足するよ」
「この妖精はとんでもない事を言うな!?」
ユレシアは妖精にも突っ込む。
「ユレシア、とにかく夜中だから……」
「いえ、妖精にききたいことがあるので、サツキも妖精もテシア兄さんも私の部屋に来てください」
沙月は妖精のおかげで、テシアも一緒ではあるがユレシアの部屋に入る事が出来た。
沙月がソファに座り、隣にユレシアが座り沙月の手を握り、沙月の後ろにテシアが立って肩に手を乗せる形で妖精と話すことになった。
「あのさ、『ルナベル』という名前に何か力があるのかな? サツキは19年間君たちと話せなかったから……」
ユレシアは沙月の頭に乗っている妖精に尋ねる。
「うん。『ルナベル』っていう名前は特別なんだ」
「で、では、アリエノール様もルナベルという名前だったら夢の中以外でも話せたのか?」
テシアも質問をする。
「それは無理だよ。体質と名前で初めて話せるんだよ」
妖精の話に、沙月とユレシアとテシアは一応納得する。
「つまり、最初のルナベル様は、突然体質を持って生まれてきたということ?」
ユレシアは首を傾げながら妖精に尋ねる。
「人間が突然体質を持つわけないじゃん。ルナベルは妖精の子どもだよ」
室内が、元々夜中で静かなのに、さらに静まり返る。
うん、今、すごい事言ったよね?
妖精と人間って、子ども出来るの!?
人間は妖精を見ることが出来ないのに、どうやるの!?
ユレシアはコホンと咳払いをする。
「妖精と人との間でどうやって子どもが出来るのでしょうか?」
沙月とテシアもウンウンと頷く。
「さあ? なんか、やっちゃいけない方法らしいよ。どうしても人間と仲良く暮らしたい妖精がいて、頑張ったってきいてる。ハーフなら人間との橋渡しが出来るからね」
妖精は首を傾げながら言う。
「サ、サツキも半分妖精ということでしょうか?」
テシアが声を震わせて尋ねる。
沙月の肩に乗っているテシアの手も震えている。
「半分より少ないよね。でも、やっと橋渡し出来そうな子どもが生まれたってみんなで喜んだんだよ。まさか狙われるとは思わなかったけどさぁ……」
妖精は両腕を広げて手のひらを上に向ける。
「お母様も、半分より少ない?」
「アリエノールとニイナはもっともっと少ないよ。夢の中でしか会えないからね」
妖精はそう言うとフワッと飛び上がった。
「この話つまんないよ! ニイナが会いたがってるからもう行くね」
「あ、ちょっと……」
ユレシアが止める間もなく、妖精はふっと消えてしまった。
「ユレシア、もう少しききたいことがあったのだろう?」
テシアは沙月からパッと手を離す。
「ニイナ・ハミルトンについてもききたかったのですが、まあ仕方ないですね」
ユレシアも沙月から手を離して腕を組む。
沙月は、今日はもう無理か、と思っていた。
真面目な雰囲気になってしまったし、テシアを困らせたくはないし、目的だったユレシアには会えたし、何より眠くなってきた。
沙月はソファから立ち上がった。
「わたし、寝ます。おやすみなさい」
「え……?」
ユレシアの客室をあっさり出ていく沙月を、ユレシアとテシアは呆然と見送っていた。
「あ、いや、私は見回りの最中だったのだ。サツキを部屋まで送るよ。ユレシア、おやすみ」
テシアもユレシアの客室をそそくさと出ていく。
1人きりになった部屋で、ユレシアは頭を抱えてハァーと息を吐いた。
「夜這いに来たのに、普通あっさり帰る!? 期待しちゃったじゃないか! その辺が妖精なんだよ!」




