83. 沙月はみんなに伝えたい
ランドン伯爵家別邸のエミールの私室に、全員が集まっていた。
エミールは自身の仕事用の椅子に腰掛け、ソファに沙月とアリエノール、向かい側にカロリーヌとルル、軽い食事が出来るダイニングセットの椅子にユレシアとテシアとキサラの3兄弟が座った。
マイルズは昼食後帰宅し、エルレンはやはり入り口の警備をしている。
「ルナベル、今妖精はいますか?」
アリエノールは沙月に尋ねる。
「公国の純血」であるアリエノールでさえも、夢の中以外は妖精の姿が見えない。
「いません。妖精さん、気まぐれ」
「そうですよね。本当に気まぐれです」
アリエノールはふふっと笑う。
「それは残念ですわね」
「お嬢様、私はもう走るのは嫌です……」
カロリーヌにルルがすかさず意見している。
「ええと、議題は2件ある、まずは……」
エミールが話し出したタイミングで、沙月は立ち上がって手を挙げた。
「サツキ、どうかしたか?」
「話、あります。時間、ください」
沙月は全員を見渡す。
上手く言えないかもしれないが、ちゃんと伝えなくてはいけない。
エミールもユレシアも、沙月を守るためにどんどん話を進めてしまうだろうから。
「ああ、いいぞ」
エミールはニコニコと微笑む。
「ありがとございます。えと、わたしの『移動』、わたしの力違います。妖精さん、力です」
沙月は立ったまま、間違えないようにゆっくり話す。
「そうなんですの!? 危険を察知したら妖精さんが気を利かせて『移動』させているということですの?」
カロリーヌは腰を浮かしながら言う。
「カロリーヌ様、言うとおり、です」
沙月は頷いて、カロリーヌが今にも立とうとしているので、申し訳なくなり、ストンと座った。
「そうなのか? それは、妖精の気が変わったら危なかったのではないか……?」
エミールは沙月に、というより、アリエノールの方を見ている。
沙月もアリエノールを見る。
「妖精が『移動』させられる人間はルナベルだけです。妖精は気まぐれですけど、ルナベルの命だけは守るはずですので、能力の元がどちらでも、結果はあまり変わりないですわ」
アリエノールはエミールに微笑んだ後、沙月にも微笑む。
沙月の命だけは守る。
それはきっとその通りなのだろう。
でも、「大切」の感覚が人間とは違う。
「命の危険、心の危険、『移動』する。昨日、悲しくなる、『移動』した……」
沙月は目を伏せる。
やはり上手く言えない。
これでは、ユレシアを責めているみたいだ。
「うん、実は心が傷つく時も『移動』するんじゃないかって思っていた。大丈夫だよ、事実を言いたいだけだって分かってるから……」
ユレシアは沙月が責めていない事を理解しているようだ。
そういえば、沙月が殆ど話せない時から、ユレシアは沙月の思っている事を理解してくれていた。
「あの、それは、妖精はサツキの心が読めるということですか?」
テシアが珍しく質問をする。
「読めるというか、感じ取るに近いのだと思います。サツキと妖精は、それほど存在が近いのだと……」
ユレシアはテシアに答えている。
「ユレシア様、言うとおりです。今、妖精いない。でも、どこかいる、分かる。妖精も同じ……」
沙月は、自分でも分かりにくいことを言っていると思いながら説明する。
「つまり、やはり、サツキは妖精……?」
エミールは誰に言うでもなく呟く。
「ルナベル、500年前、公国作った人、同じ名前。わたし、二代目ルナベル、能力、同じ……」
沙月がゆっくり話す言葉に、アリエノールは頷く。
「はい。500年前に公国を建国したのは、ルナベル・ハミルトン公爵令嬢です。ルナベル・ハミルトンは、妖精が見えて、話せて、妖精と共に各所を移動したと伝えられています。バラの妖精にルナベルと名付けてほしいと言われて、同じ能力を持っているのだと気付きました」
アリエノールの説明に、エミールが立ち上がる。
「ハミルトン家が本流なのか! しかも、わざわざ名前を同じになんて、ルナベルという名前に大きな意味があるのだな!」
沙月はアリエノールを見て、知っていたのか、と思っていた。
これは、アリエノールから説明してもらった方がいい。
「お母様、知ってること、お話、お願いします」
沙月は隣に座っているアリエノールに頭を下げる。
「そうですね。ハミルトン公爵家は本流というよりは、ルナベル・ハミルトンの長男の家系なのです。ルナベル・ハミルトンには男の御子が3人いまして、次男がサヴェル公爵家、三男がハイクロフト公爵家を作りました。そして、公爵家間の婚姻を禁止したのです」
アリエノールはスラスラと話し始める。
「婚姻を禁止した理由もご存知なのですか?」
ユレシアがアリエノールに尋ねる。
「血が濃いと、良くないとだけ……。ですが500年も前の事です。もう濃くはないだろうと、わたくしと旦那様は……」
アリエノールはそう言うと目を伏せる。
ユレシアも「申し訳ありません」と目を伏せる。
「ルナベル、大変でした。3人の息子、母、妖精、利用されてる、思う。同じ人、生まないため、結婚、禁止した……」
沙月は必死にユレシアに言う。
ユレシアなら、まとめてくれるはず……!
「そうか! 初代ルナベルの息子たちは、母親が妖精に振り回されて苦労していた姿を目の当たりにしているんだ! 初代ルナベルはフィロリア公国を妖精と暮らせる国にしようとしたけど、やはりそれは無理で、息子たちはむしろ反対で、母親と同じ能力を持った子どもが生まれないようにしたのか!」
ユレシアは沙月を見て、スラスラとまとめる。
さすがユレシアだ!
沙月の気持ちを分かっている!
というか、ユレシアにも妖精が沙月を利用しているように見えていたということだ。
「ユレシア様、言うとおり! 大好き!」
「え! うん、俺も大好き……」
咄嗟に出てしまった沙月の「大好き」にユレシアは真面目に返答する。
「どさくさに紛れて告白しあうんじゃない! アリエノール様、どう思われますか?」
エミールは沙月とユレシアを一喝し、アリエノールを見る。
「え? あ、はい。わたくしもエミール様が好きですわ」
「あ、いえ、私もそうなんですが、そちらではなくてですね、初代ルナベルの……、お前たち! 笑うんじゃない!」
沙月とカロリーヌとキサラは完全に笑っているし、ユレシアとテシアとルルは顔を背けている。
エミールが怒るのも無理はない。
「そちらですね。わたくしもそうだと思います。ルナベル・ハミルトン様が亡くなられてからは、妖精の国の話を誰もしなくなったようですので……」
アリエノールは淡々と答えており、顔色が変わらない。
沙月が片言失言妖精姫だというのなら、アリエノールは冷静失言妖精女王だろう。
「エミール様、もひとつあるです!」
沙月は元気よく手を挙げる。
「あ、ああ。というか、もう好きに喋ってるよね……」
エミールは沙月を見て溜息をつく。
「はい! わたしの血、妖精見えます! 妖精の国、無理。王城、大きさ、遊ぶとこ、無理ないです!」
沙月は再びユレシアに向けて言う。
「国は無理だけど、妖精と人間が遊べる場所を王城くらいの大きさで作るってこと? それでもサツキの血が大量に必要だよね? 俺はサツキにそんなことはさせられない……」
「わたしの血、うすめる、花、育てる! 血、なかみ、調べる、何か、でるかも!」
「それは面白いですわ!」
ユレシアと沙月の言い合いを聞いていたカロリーヌは、突然叫ぶと沙月の手を握った。
「ぜひ、ぜひ、わたくしに調べさせてください! わたくし、信頼できる医学チームと契約しておりますの!」
そうだった。
カロリーヌは何の研究か分からないが、研究者だった!
沙月は大きく頷いた。
「血、たくさん、あげます!」
「ありがとうございます!」
『ちょっと待った!!』
手を取り合う沙月とカロリーヌを見て、ユレシアとエミールが同時に叫んだ。
「サツキに知識があって、その先を考えていることは分かった。だが、血をたくさんはマズイ! ユレシア君、まとめてくれ!」
エミールはユレシアに丸投げする。
「は、はい。とにかく、最初から、サツキの意見を入れてまとめます! サツキとカロリーヌ様は2人で盛り上がらずに、手を離して聞いてください!」
ユレシアに言われて、沙月とカロリーヌは手を離して「はぁい」と返事をしたのだった。




