82.ユレシアの決心
今日はランドン伯爵家別邸にマイルズが訪れる予定である。
アリエノールとの感動の再会ではあるが、ユレシアにはあまり関係ないため、妖精がくれた薬草を煎じて飲み、午前中は眠っていた。
薬草は驚くほど良く効き、お昼すぎに起きた時には、背中の痛みは殆ど感じなくなっていた。
ユレシアがベッドから起き上がると同時に、サツキが昼食を持ってきた。
「あ、わざわざごめん……」
謝ったユレシアに、サツキは首を横に振る。
「ユレシア様、背中痛い。無理だめ」
「いや、薬草が良く効いて、殆ど痛くないんだよ」
ユレシアは立ち上がってサツキからトレーを受け取る。
昼食はサンドイッチだ。
ふと見ると、サツキの左腕に包帯が巻かれている。
「腕、エミール様、お母様、怒られた」
サツキはユレシアの目線に気付き、小声で言う。
「うん。もう自分で傷つけないで……」
ユレシアは目を伏せる。
妖精の国を作る話や、サツキの血に妖精と人間をつなぐ役割があることを、今朝エミールにはかいつまんで話した。
話している最中に背中の痛みと頭痛が激しくなり、エミールから午前中は寝ろと言われたのだった。
「……今、妖精っているの?」
ユレシアはサンドイッチを手に取り、気になってサツキに尋ねる。
「いない。どこか行った」
サツキはユレシアの向かい側のソファに腰掛ける。
「どこか……ね……」
サツキ自身は、妖精がどこにいようとあまり気にならないようだ。
サツキは分かっていない。
サツキの特性や体質が、どれだけ特殊で危険なのかを。
妖精は可愛いだけではない。
妖精にとって、サツキは妖精たちの希望を叶える大切な「駒」なのだ。
昨夜、サツキが走り疲れていても、妖精たちは「追いかけっこ」をやめなかった。
悪い言い方をすれば、妖精たちは、サツキが自分たちの希望を叶えてさえくれれば、サツキが疲れようが傷付こうが、どちらでもいいのだ。
そして人間側から見ても、妖精は「駒」になり得る。
妖精と楽しく暮らしたいだけの人間もいるだろうが、そんなのは少数だ。
この薬草にしても、効き目の高さからして、市場価値はかなり高い。
妖精に関する商売だって出来るだろう。
そして、そこでもサツキは利用されてしまう。
人間と楽しく暮らす?
悪いが、無理だ。
サツキを利用するなら言語道断だ。
「ユレシア様、怒ってる?」
サツキはユレシアの顔を覗き込む。
ユレシアはハッと我に返った。
「いや、怒ってないよ。えーと、マイルズさんは喜んでた?」
「マイルズさん、泣いてた。お母様、喜んでた」
サツキは微笑みながら言う。
「そっか。アリエノール様も王国は知り合いがいないから心細いはずだし、良かったよ」
ユレシアも微笑む。
「エミール様、話ある言ってた」
「うん、そうだね……」
ユレシアとサツキの話がなんとなく途切れた時、ちょうど良くノックの音が響き、キサラが入ってきた。
「ユレシア、大丈夫か?」
「大丈夫ですけど、またエミール様に言われて来たのですか?」
ユレシアは苦笑する。
「その通りだけど……」
キサラはチラリとサツキを見る。
このパターンだと、サツキが「じゃま」と言いそうだから警戒しているのかもしれない。
サツキはスッと立ち上がる。
「キサラ様、ここ、どうぞ」
「お!? どうした? じゃまって言わないのか?」
キサラは驚きながら、言われたとおりユレシアの向かい側のソファに腰掛ける。
「昨日、背中、ありがとございました」
サツキは立ったまま、ペコリと頭を下げる。
「ああ、あれか。お父様がサツキを背負って走るって騒ぎ出して、仮にも男爵が伯爵家を走るのはヤバイかなと思ってさー」
キサラはアハハと笑う。
ガレシアは、昨夜、サツキが寝たあとに自領に帰っていったが、走り疲れてへろへろのサツキをかなり心配していた。
ガレシアにとっても、サツキは娘のような存在だ。
きっとユレシアと同じように、妖精を疑問に思ったに違いない。
「ガレシア様、帰ってさみしい……」
サツキはポツリと呟く。
ユレシアとキサラは顔を見合わせて笑った。
「お父様ってなんだかんだモテるよなー。クロエもお父様のファンなんだよ」
クロエとは、クロエ・ロウラン子爵令嬢で、キサラの妻である。
ユレシアも数回会ったことがあるが、ガレシアに会った時、確かにテンションが高かった。
「クロエさま?」
サツキは首を傾げる。
「俺の奥様。剣技や格闘技が好きで自分も鍛えてるんだ。ユレシアより強いかもな」
キサラは笑いながらユレシアを見る。
「強いかもではなく、クロエ様の方が強いですよ。サツキ、キサラ兄さんとクロエ様は2人で組み手や腕相撲をするんだよ。その光景は熊も近寄れないという……」
「お前なぁ!」
キサラは笑いながらユレシアの首を腕で締める。
しかし冗談にならないくらい苦しい!
「ちょ、ホント、くるし……!」
「キサラ様! ユレシア様、しぬ!」
サツキはキサラの腕を引っ張る。
キサラはそのサツキの腕を見て、パッと手を離した。
「そんな細腕に怪我までして……。ユレシア、ちゃんと守ってやれよ?」
「……分かってますよ! 絶対に守ります!」
ユレシアの目を見たキサラは満足そうに頷いた。
「そうだ。ユレシアが起きたら、エミール様が全員に話があるってよ」
キサラの言葉に、ユレシアは「はい」と立ち上がる。
「ヴァルモン公爵も、ハミルトン公爵も、妖精も、勝手にはさせませんよ……!」




