81.ユレシアの謝罪
背中の痛みと自責の念で殆ど眠れなかったユレシアは、寝る事は諦めて椅子に座っていた。
窓の外が徐々に白んでいく様を、ただボンヤリと眺める。
すると、コンコンと小さくドアをノックする音が聞こえた。
ゆっくり立ち上がり、ドアを開けにいく。
そこにいたのはサツキだった。
何回も見ている、何回も抱きしめたサツキなのに、ユレシアの胸がぐっと苦しくなる。
「朝、ごめんなさい。話あります。いい?」
サツキはうつむいて小声で話す。
「もちろん……。俺も話があって……」
ユレシアも小声で答えながらサツキを部屋に招き入れる。
ユレシアがどこに座ろうかと思っていると、サツキは迷う事なくベッドにポンと座る。
ユレシアも隣に腰掛けた。
「来てもらったのに申し訳ないけど、俺から話してもいい?」
まずは謝らなくてはいけない、とユレシアは思っていた。
サツキは小さく頷く。
「昨日、『性欲処理』として買ったなんて話をしてごめん。でも、サツキの事をそんな風に思った事はないし、そんな風に扱おうと思って買った訳じゃないんだ」
ユレシアがサツキを見ると、サツキは少し首を傾げて、「あ!」と言う。
これはどう見ても忘れていた顔である。
普通、傷付くところはここだと思うのだが、アリエノールたちが言った様に、ユレシアの趣味ではないという部分なのだろうか。
「あ、あのね、アリエノール様を好みだと言ったのは本当なんだけど、それはサツキに似ていたからであって、サツキが大好きだから、そう思ったというか……」
ユレシアはしどろもどろに言う。
「ユレシア様、年上好き。わたし、年下、いつかさよなら、怖い……」
サツキは言いながら、涙をにじませる。
「ち、違う! 年上だから好きって事じゃないんだ! サツキだから好きなんだよ! さよならなんて、俺の方が怖い……」
やっぱり、ユレシアの軽率な言動で不安にさせていたのだ。
ユレシアはサツキの手を握った。
するとサツキの後ろに、バラの妖精がパッと現れる。
「妖精いるじゃん!?」
ユレシアは叫んだ。
プライベートがなさすぎる!!
「嫌そうに言うのやめてよね! 薬草あげないよ!」
妖精は怒ったように言うと、持っていた草をサツキに渡す。
サツキと妖精は、草を指差しながらユレシアの知らない言葉で話し出す。
まさか、妖精語なのか?
やっぱりサツキは妖精なのか!?
ユレシアが呆然としていると、サツキはくるりとユレシアに向き直った。
「背中、薬の草。あとで作る」
「あ、ああ、薬草なのか。ありがとう……」
すると再び、サツキと妖精が妖精語? で話し出す。
結構長い。
話の途中だった気がするのだが、うやむやになってしまっている。
ちなみに妖精が見えなくなるため、ユレシアはサツキの手をずっと握った状態である。
5分くらい経ち、今度は妖精がユレシアに向き直る。
「上手く話せないから僕から話してってルナベルが言ってるけどいい?」
「あ、はい。どうぞ……」
ユレシアはサツキをチラリと見てから頷く。
男女の仲裁を妖精がする。
おそらく初めてのパターンに違いない。
「僕たち妖精は、ルナベルに人間たちと暮らせる妖精の国を作ってほしいんだ。でもルナベルはそれは難しいって言っていてね、まず1つは……」
「ち、ちょっと待った!」
ユレシアは妖精の話をストップさせるとサツキを見た。
「お、俺とサツキの話じゃないの!?」
「えー、それはもういいじゃん! お互い大好きでしょ? あとは恋人くんが他の女の子に優しくしなければいいだけだよ」
サツキが答えるより先に、妖精が呆れたように言う。
核心をつかれて、ユレシアは「ウッ」とうなる。
サツキはユレシアと妖精をオロオロと見比べている。
確かに、妖精の言う通り、ユレシアが他の女性に優しくしなければいいだけの話なのだ。
男女の問題とは、こんなものかもしれない。
「じゃあ続きね。ルナベル以外の人間には僕たちが見えないから一緒に暮らせないんだよ。で、ルナベルの何が妖精と人間をつなげているかを解明したいんだ。それで、国を作る目的を書き出して計画を立てたくて……」
「ちょっと待った!」
ユレシアはペラペラと話す妖精を止める。
「その、解明とか目的の書き出しは、バラの妖精さんが考えたの?」
「ルナベルだよ! ルナベルはすごーく現実的なんだよ!」
「……え?」
ユレシアはサツキを見る。
サツキは少し苦笑いをして、自分の髪の毛を1本抜いた。
「たとえば、髪の毛、つば、血、わたしのどれか触れば、妖精、見えるかも……?」
「そ、そういうことか……」
ユレシアはサツキの髪の毛を受け取り、サツキから手を離した。
すると、妖精の姿がふっと消える。
「だめだ。見えないな……」
「髪の毛、違う。つば……」
サツキはうつむく。
「えーと、もし『唾』で見えたとしても、俺はいいけど他の人には使えないよね」
ユレシアはなんとなく目を逸らす。
サツキはハッとした顔をする。
「そ、そだね。汚い……」
「あ、汚くはないよ。そういう意味じゃなくてね……」
ユレシア的には、唾を付ける行為は「キス」しか思いつかないのだ。
サツキはスッと立ち上がり、書き物をする机の引き出しからペーパーナイフを取り出すと、自分の腕をスパッと切った。
「サツキ!? 何やってるの!?」
ユレシアも立ち上がり、サツキからナイフを取り上げる。
「血、いる」
「そうだとしても、やめて! サツキが怪我をすると俺が苦しいよ!」
どうして少しも躊躇わずに自分に傷を付けられるんだ!?
どうしてこんなに冷静なんだ!?
サツキは「ごめんなさい」と小声で言うと、にじみ出た血をユレシアの手の甲に付ける。
「妖精さん、見える?」
サツキはユレシアから離れる。
サツキの後ろに、バラの妖精がパタパタと浮いているのが見える。
「み、見える……。うそだろ……? 血って、そんな……」
サツキの血さえあれば、妖精と暮らせるというのか?
サツキは妖精のために、血を流して暮らすのか!?
これは、悪用されたら、サツキの体が……
「恋人くん、ルナベルはすごいよね!」
「わたし、すごい!」
喜ぶサツキと妖精とは裏腹に、ユレシアは悪い想像で頭がガンガンと痛み出したのだった。




