80.現実的な沙月
沙月が目を覚ますと、そこはルルとの部屋だった。
隣のベッドには、ルルが眠っている。
「そっか、疲れて寝ちゃったのか……」
沙月は日本語でポツリと呟いた。
みんなに、ユレシアに、言わなくてはいけないことがあったのに、妖精たちとの追いかけっこで、沙月はバテてしまったのだ。
カロリーヌとルルと手を繋いで走った後、まだやりたいと言う妖精たちに、結局アリエノールとも手を繋いで走った。
しかしアリエノールはすぐにバテてしまい、再びカロリーヌとルルと走った。
そう、沙月だけ走り通しだったのだ。
その後、見かねたキサラが沙月を背負って走り、そこから記憶がない。
つまり、キサラの背中で寝てしまったのだ!
ユレシアの兄とはいえ、既婚者とはいえ、男の人の背中で寝てしまうなんて大失態だ。
そりゃあ、背中が大きくて落ち着いたし、走るスピードが速くてちょっと楽しかったし、揺れが心地よくて、ウトウトしちゃっても仕方ないっていうか……。
決して浮気ではないし!
というか、浮気しそうなのはユレシアだし!
沙月は窓の外を見た。
少し明るくなってきている。
みんなと話す前に、ユレシアと話したいところだ。
「恋人くんなら、起きてるよ」
バラの妖精が目の前にいる。
驚きの声を上げそうになり、沙月は両手で口を押さえた。
同室でルルが寝ているのだ。
「背中が痛くて寝られないみたいだね」
「なっ……!?」
こともなげに言う妖精に、沙月は頭を抱えた。
こっちに戻って来た時に、沙月が上に乗ったからである。
「あのさ、妖精さんは、怪我を治したり出来ないの?」
沙月は小声で、しかも日本語で妖精に尋ねる。
理屈はよく分からないが、妖精は日本語でも通じるのだ。
「出来ないけど、よく効く薬草ならあるよ。植物の妖精だもん」
「それ、ちょうだい」
「いいけど、国も作ってよね」
飛び立とうとする妖精の足を沙月は咄嗟に掴んだ。
「ちょっと!?」
「国を作るのは、難しいと思う」
「ええー?」
不満げな妖精を抱っこして、沙月はベッドから立ち上がって窓辺に椅子を持っていく。
「妖精さんたちのいう国って、人間と一緒に遊べる国っていう意味だよね? でも妖精さんたちは、人間には見えない」
沙月は椅子に腰掛ける。
「そうだけど、ルナベルがいれば……」
「昨日分かった。ずっとは無理!」
「ええー!?」
さらに不満げな妖精の頭を沙月は撫でる。
「でも、今まで助けてもらったから何とかしたいんだ。だから、何故私に触ると妖精さんたちが見えるのかを解明する方が先だと思う」
言いながら、沙月は妖精の髪を三つ編みし始める。
「そ、そんなこと言い出した子、初めてだよ……」
妖精は驚きながらも、されるがままになっている。
「500年前のルナベル? は、なんて言ってたの?」
「『じゃあ作りましょう!』って言ってた」
なにその、ふわふわな回答!?
貴族のお嬢様は現実を知らないな!?
いや、それで公国が出来たのだから、ある意味すごいか?
でも、ふわふわだから、その先がダメになったんだ。
「この髪型、いいね!」
妖精は喜んでいる。
「やっぱりみんなに相談しよう。妖精の国のそもそもの目的を整理して、ちゃんと計画を立てないとダメだよ」
「……ルナベルって、現実的だね」
「そりゃあ、日本で18年間過ごせばね、夢ばかり見られないっていうかね……」
沙月は溜息混じりに言う。
でも、悪いことじゃない。
日本で暮らした意味もきっとある。
「みんなはルナベルのこと、現実的な子って思ってないよ」
妖精は沙月の頭によじ登る。
「知ってる。うまく話せないから伝わらなくて、キツイことを言うふわふわな子だと思われてるよね」
沙月は再び溜息をつく。
いまや、「片言失言妖精姫」なのだ。
実際、当然のことを言おうとして柔らかい表現が分からず、直接的な発言をしているので、反論は出来ない。
しかも、ユレシアはそれを気に入っている感じさえする。
「ユレシアは、こんな現実的な女の子は嫌かもね……」
「恋人くん? そうかなぁ。ルナベルのこと大好きだし変わらないんじゃない?」
妖精は沙月の髪を細かく三つ編みにしていく。
「大好き……。ユレシアは女の人だったらみんな大好きなんだよ。女たらしなの」
「ダメなの?」
「ダメ……じゃないのかもしれないけど、なんでかな、嫌なんだよね」
妖精はよく分からないというように「ふぅん」と言う。
恋愛とは本当にやっかいだ。
よく考えたら、私だけを見てと言う方がおかしい。
みんなに優しいところは、ユレシアの長所のはずだ。
優しいユレシアを好きになったのに……。
「薬草、とってこようか?」
表情の暗い沙月を心配したのか、妖精は沙月を覗き込んで言う。
「ありがとう。私、ユレシアの部屋に行ってるね」
沙月は静かにドアを開けて、ユレシアの部屋に向かった。




