78.沙月と妖精とアリエノール
「ルナベル」こと「沙月」は、「妖精の国」改め「妖精の休憩所」で「バラの妖精」と話をしていた。
「え、じゃあ、『移動』は全部、妖精さんがやってくれたことなんだ!」
沙月はお花畑に体操座りをし、バラの妖精は沙月の膝の上に座っていた。
他の妖精たちは飛んだり寝たり好きな事をしている。
「ルナベルは僕たちと直接話せる500年ぶりの人間だからね。赤ちゃんのとき危険があって、とりあえずココに連れて来たんだよ」
この見た目女の子の可愛らしい「バラの妖精」の一人称は「僕」なんだなぁ、と沙月はどうでもいいことを思っていた。
「でもココには人間の食べ物がないから、長くはいられないんだ。アリエノールから頼まれたこともあって、一番遠い安全な場所に『移動』させたんだよ」
「それで地球の日本……?」
まあ、日本は安全な国と言われてるけど……。
「そう! 『移動』は同じ時の流れの場所じゃないと無理なんだ。ピッタリ合ったのが日本!」
バラの妖精は笑顔で答える。
「それで同じだけ時が流れてたのか……」
沙月はスマホの画面を思い出していた。
「アリエノールから公国は危ないから、別の世界で安全に暮らしているならそのままでって言われてたんだけど、日本でも危なかったから、今度はこっちにしたんだ。アリエノールに安全って教えてもらったランドン領ってところ!」
「……何の説明もなくて、ある意味危なかったんだけど……」
「説明したけど、僕たちが見えてなかったから記憶にも残らなかったみたいだね」
バラの妖精はニコニコと笑う。
何と言うか、悪気が全くない。
「でもこの間は飛びおりるからビックリしちゃって! もうこっちにはいたくないのかなーと思って日本に戻したら、また飛びおりるんだもん! ルナベルは意味がわからないよ!」
バラの妖精は今度は怒った顔をする。
「そ、そうだよね、ごめんなさい」
沙月は素直に謝った。
『移動』能力は、沙月の能力ではなかった。
気を利かせて妖精がやってくれた事だったのだ。
つまり、妖精の気分次第ということだ。
以後、飛びおりないようにしよう。
「あれ? でも今回は危なくなかったよね。私は何でココにいるの?」
沙月は首をひねる。
「えー、耐えられないって言ったじゃん! だから連れて来たんだよ! でもお話できると思ったから『移動』はさせなかったんだ」
バラの妖精は当然かのように言う。
どうやら精神的な危険も『移動』対象らしい。
「……そっか、ありがとう。あの、妖精さんは他の人も『移動』させることが出来るの?」
「他の人は触れないから無理だよ。アリエノールやニイナにも夢の中でしか触れないんだよー」
「そ、そうなんだね……」
ということは、この休憩所にアリエノールやユレシアを連れてくることは出来ないのか。
すると突然、妖精が「あっ!」と大きな声を出した。
「アリエノールが会いたがってるよ! ほら、行こう!」
「え、ええっ?」
沙月が何か言う前に、目の前のお花畑はふっと消え、代わりに見たこともない部屋の中にいた。
その部屋はベージュを基調とした落ち着いた部屋で、ソファや本棚や書き物をする机などがある。
「ど、どこ?」
「アリエノール!」
動揺している沙月とは真逆に、バラの妖精はその部屋の続きの間から出てくる女性に手をぶんぶんと振る。
「ルナベル! わたくしの夢の中にいたのですか?」
手を振られた女性、アリエノールは、沙月を見ると驚きの声を上げた。
「え、えーと……」
「休憩所で話していて、今ここに連れて来たんだよ! ねえ、3人でゲームしようよ!」
困惑している沙月にはおかまいなしに、妖精はどんどん話をすすめる。
「それは楽しそうですけど、皆さんルナベルを心配してますわ。わたくしそのために眠ったのです」
アリエノールは微笑みながら言う。
「ユレシア様、心配……」
沙月はうつむく。
「ええ。でもきっと、心が辛かったのでしょう?」
アリエノールはソファにふわりと腰掛ける。
アリエノールの膝に妖精もフワッと乗った。
「……はい」
沙月もアリエノールの向かい側に腰を下ろした。
「……この部屋は、旦那様と過ごした部屋なのですよ」
アリエノールは部屋を見渡しながら言う。
「お父様、ですか?」
沙月も部屋を見回す。
「ええ。とても優しい方でした」
アリエノールは書き物の机を見ている。
きっとそこに、沙月の父親がよく座っていたのだろう。
「お父様、死んだ、本当ですか?」
こんな質問、残酷だろうか。
でも自分の父親の生死くらいはちゃんと知っておきたい。
「旦那様は、斬られて、血がたくさん出て、わたくしに逃げろと言いました。わたくしは、旦那様と息子を見捨てて逃げのび、用意されていた手紙と亡命の書類を持って王国に来たのです。手紙には、エミール様と婚姻するよう書かれていました……」
「……え?」
アリエノールの哀しげな表情と話の内容に、沙月は愕然とする。
「わたくし、旦那様から無償の愛をいただいたのです。お返しできる日は二度と来ないでしょう。旦那様もコンラッドも生きているかもしれません。でも、二度とお会いできません……」
アリエノールは、はらはらと涙を流している。
その姿はとても綺麗で、でも悲しくて、沙月の胸がぐっと詰まっていく。
「アリエノール、遊ぼうよー」
妖精は、アリエノールの肩にふわりと座る。
「ええ。ルナベルは間違えてはいけませんよ。大切なものは、いつも一番近くにあるものです。そして、ちゃんと伝えなくてはなりません。分かっているだろう、きっと分からないだろう、と伝えないでいると、離れていってしまいます」
アリエノールは妖精を肩からおろし、沙月に差し出した。
「遊ぶのは伯爵のお家にしませんか? ルナベルと一緒なら、みんなと遊べますわ。わたくしも起きて待っています」
「そっか! そうだね! ルナベル、あのお家に帰ろう!」
沙月はハッとする。
「はい、帰ります! ……ん? みんなと遊ぶ?」
遊ぶって、何をして遊ぶのだろう?
沙月が首をかしげる間もなく、アリエノールと目の前の部屋は消え、沙月は元いた「妖精の休憩所」にいた。
どうやら、この場所は経由しなければならないようだ。
ふと見ると、バラの妖精は他の妖精を誘っている。
「ま、待って! 妖精さんたちの姿は、私に触っている人にしか見えないんだよね?」
「そうだよ! 何して遊ぼうかなー。追いかけっこにしようかなー。楽しみだね!」
沙月の質問に、バラの妖精は当たり前のように答える。
沙月の頭の中に、みんなにベタベタ触られながら、妖精と追いかけっこをする自分の姿が思い浮かぶ。
な、なんか、嫌なんですけどっ!?
沙月は頭を抱えて、1人しゃがみこんでいた。




