77.消えたサツキ
「サツキが消えた!?」
ランドン伯爵家別邸に、エミールの声が響き渡った。
サツキを探し回った後、ユレシア、アリエノール、カロリーヌ、ルル、ガレシア、テシア、キサラ、つまり、玄関警備のエルレン以外の全員がエミールの私室に集まっていた。
「玄関を通っていませんし、窓はすべて施錠されていましたので、おそらく『移動』したのだと思いますわ」
カロリーヌは、エミールに簡潔に説明をする。
「『移動』って、この屋敷に何か危険なものがあったか?」
エミールの問いかけに、全員ユレシアを見る。
「ユレシア君!? まさか何かやったのか!?」
「すみません、サツキを傷付けるような事を言ってしまって……」
ユレシアは頭を下げる。
「あの、お、私が余計な事を言って、サツキは部屋を出て行って……すみませんでした!」
キサラもユレシアの隣で頭を下げる。
「いや、『傷付けるような』や『余計な』ではさっぱり分からん! 具体的に何を言ったんだね!?」
エミールはイライラしたように2人を見る。
「サツキを性欲処理のために買ったと言ったそうですわ」
言えそうもないユレシアとキサラに代わって、カロリーヌがスパッと言う。
「な、なんだって……!?」
「も、申し訳ございません! ウチのバカ息子共が……! しかしイルベルト家ではサツキをそのように扱った事は一度もなく……」
ガレシアは両膝をついて頭を下げる。
「皆様、お待ち下さいませ」
アリエノールが一歩前に出る。
アリエノールは、エミールと一緒にいたため、サツキ失踪事件は今初めて聞いたことになる。
「アリエノール様、サツキがどこにいるのか分かりますか?」
エミールはアリエノールに尋ねる。
「いえ、それは分かりませんけど、ユレシア様の性欲処理でしたら、ルナベルは傷付いたりしないと思いますわ」
室内が、水を打ったようにしんとなる。
「ア、アリエノール様? とんでもない事を言ってますよ……?」
エミールの声が震えている。
「わたくしもですが、ルナベルは好きなお方の性欲処理でしたら、喜んで……」
「も、もういいです!」
エミールはアリエノールを黙らせる。
室内にいた男性たちは一斉に目を逸らし、カロリーヌは「さすが妖精ですわね……」と呟く。
「お、恐れながら申し上げます!」
ルルが声を張り上げる。
「あ、ああ、どうぞ」
エミールは疲れたように言う。
「私もサツキさんが傷付いたのはそこではないと思います! サツキさんは本当にユレシア様だけで、だから、傷付いたのは、せ、性欲処理にされなかったことだと……」
必死に発言するルルの肩にカロリーヌはポンと手を置いた。
「私にも分かりましたわ! つまりお金で買われたのに手を出されなかった。性欲処理にもならないくらいユレシア様の趣味から外れていたことにショックを受けたということですわね!」
「あの、女性が性欲処理って何回も言うのはどうなんだ……」
エミールは小声でツッコミを入れる。
「わ、私はサツキを大切にしようと……」
ユレシアは誰に言うでもなく呟く。
「それは伝わっていると思いますわ。でもユレシア様はアリエノール様を好みだと言った誤解を解いていませんよね? サツキからすれば、将来浮気しまくるユレシア様が見えたのだと思いますわ」
カロリーヌは「だから申しましたでしょ?」と言わんばかりの顔をする。
「アリエノール様! サツキの居場所を妖精にきけませんか!?」
ユレシアはアリエノールをすがるように見る。
「そうですね。では眠ってみますが、妖精は気まぐれなのであまり期待はしないでくださいね」
アリエノールはそう言うと、立ったまま目を閉じる。
全員、そこで寝るのか!? と思った瞬間、アリエノールの体が倒れていく。
「うおっと……!」
エミールは倒れるアリエノールを上手く受け止める。
「ちょっと、テシア君、手伝ってくれ。ソファに寝かせるよ。昔から急に寝てしまうんだよ、アリエノール様は……」
「は、はい」
アリエノールをソファに寝かせるエミールとテシアを見ながら、「この方の付き人は大変だったろうな」とキサラがユレシアにコソッと言う。
ユレシアも同意見だが、今この場では一番立場が弱いので、頷くことも出来ない。
エミールはふぅと息をついた。
「とりあえずアリエノール様待ちだな。私はランドン領にサツキが現れた場合、すぐに保護するように手紙を書くよ。ええと、今日のサツキの服装は……」
「淡いピンクのワンピースでしたわ。バラの妖精と同じ色だと選んでいましたので、よく覚えています」
カロリーヌがエミールに説明をする。
「バラの妖精ね……。前から思っていたのだが、妖精たちはアリエノールやサツキに話しかけて、何か目的があるのか?」
エミールはそう言ってユレシアを見る。
「目的、ですか。最初の目的は、『妖精が暮らせる国を作る』でしたよね?」
ユレシアはエミールから聞いた話を答える。
「ああ、そうだったな。でも公国は妖精の暮らせる国にはなっていない。それはいいのか……? とユレシア君にきいても分からんよな……」
エミールは苦笑する。
確かに妖精の気持ちや目的など、ユレシアには分からない。
アリエノールやサツキに話しかけることも、意味はないと言われたら、「妖精だしな」と納得してしまうだろう。
「話しかけるのは、好きだからですわ!」
カロリーヌはエミールとユレシアを見る。
「妖精がアリエノール様とサツキを好きってことですか?」
ユレシアはカロリーヌに尋ねる。
「といいますか、人間が好きなのだと思います。でも言葉を受け取れる人間は『公国の純血』だけですので、2人、あ、ハミルトン公爵令嬢も入れて3人でしたね、その3人に話しかけるしかないのですよ」
カロリーヌは自分の言葉に納得したように頷いている。
「では、妖精の暮らせる国というのは、人間と話ができる国なのですかね。もしくは共存……?」
ユレシアは腕を組んで首をひねる。
「まあ、それでしたら、私もその国に住みたいですわ! 何故『公国の純血』の女性だけにしか見えないし話せないのでしょうね」
カロリーヌはソファで眠っているアリエノールを見る。
確かにそうだ。
何故「公国の純血」だと妖精と話せるのだろうか……?
そもそも、王国から独立した時の公爵令嬢とは何者なんだ?
ユレシアが頭を悩ませていると、ガレシアがユレシアの肩に手を置いた。
「ユレシア、さっきから、妖精って何の話なんだ?」
「……あー、えーと……」
ユレシアはガレシアにあまり説明をしていなかった事を思い出した。
いや、「移動」の話もしていなかったような……?
「イルベルト男爵、サツキは公国の姫であると同時に、妖精と交流が出来る能力の持ち主なのですわ。しかも、妖精の国を通って異世界に行けたりするのですよ!」
カロリーヌは堂々と説明をする。
この令嬢は、ある意味本当にすごい。
ガレシアは目を丸くする。
「そ、そうでしたか。確かにサツキは妖精のように可愛らしいですな……」
ガレシアはよく理解出来なかったようで、ガハハと笑う。
「イルベルト男爵もそう思われますか! サツキは本当に妖精のように可愛らしいですよね!」
エミールも笑顔になり頷く。
「オジサンたちは可愛ければ何でもいいんだな」
キサラはユレシアにコソッと耳打ちする。
だから、同意見だけど同意しづらいんだって! とユレシアは目を泳がせたのだった。




