75.ユレシア、手当てされる
ランドン伯爵家別邸のユレシア用の客室からカロリーヌが出ていき、ほどなくしてサツキが入ってきた。
手には包帯と湿布が入った籠を持っている。
「ユレシア様、ぐるぐる、まく!」
サツキは真剣な表情で包帯をユレシアに見せる。
怪我の手当てをする、と言いたいのは分かるが、なにか本当にぐるぐる巻きにされそうである。
「……ありがとう」
ユレシアは何とか笑顔を作る。
サツキにはアリエノールの方がいいと言ったと誤解されている上に、試合でボコボコにされて気を失うという情けない姿を見られてしまった。
しかもアリエノールを好みだと言ったのは事実で、先程のカロリーヌの話もあり、何も言い訳が出来ない。
「ユレシア様、ぬぐ!」
サツキはユレシアのシャツを脱がそうとする。
「いたっ! ちょ、自分で脱ぐよ!」
意外と雑に脱がされそうになり、ユレシアは慌ててサツキを制する。
ユレシアが服を脱ぐ様子を見ながら、サツキは「ごめんなさい」と小声で言った。
「え? あ、怒った訳じゃなくて……」
「ガレシア様に、悲しい、言った、試合、させた……」
サツキはうつむいている。
「いや、悪いのは俺なんだ。分かってはいたけど、本当には理解していなかった。サツキに悲しい思いをさせた。それだけで、ボコボコにされる理由は十分だよ」
ユレシアの言葉に、サツキはうつむいたまま首を横に振る。
「怪我の手当て、してくれるんだよね?」
「……はい」
サツキは立ち上がり、ユレシアの背中を見て顔色を変える。
きっと、青あざになっているのだろう。
「大丈夫だよ。親父様はいつも治りやすいように攻撃してくれるんだ。見た目より酷くはないと思うよ」
ユレシアはサツキを安心させるように言う。
「いつも?」
「うん。割としょっちゅう殴られてたよ」
ユレシアが笑うと、サツキもふふっと笑う。
サツキはユレシアの背中にヒンヤリとした湿布をあて、包帯を巻き始める。
包帯を背中から胸に巻く時に、サツキが後ろから抱きつく形になる。
サツキの胸の感触と息づかいがユレシアに直に伝わり、ユレシアの鼓動が大きく速くなる。
いやいや!
今更すぎるだろう!?
何をこんなにドキドキしているんだよ!
「……ユレシア様」
サツキが耳元で名前を呼ぶ。
「な、なに!?」
ユレシアの声が裏返る。
「試合、かっこよかった、です」
「い、いや、カッコ悪かったよね。無様に負けて……」
「くるってまわったり、すごい」
サツキの息が耳にかかる。
「あ、あんなのは、誰でも出来る……」
ユレシアが振り向くと、そこにはサツキの顔があった。
サツキは微笑むと、ユレシアにキスをした。
それは軽いキスで、すぐに終わってしまった。
「もう一回、サツキ、もう一度して……」
「……うん」
ユレシアはサツキのしてくれるキスに、ただ、感動していた。
嬉しくて、感謝さえしていた。
ユレシアに起こった幸福な奇跡は、伯爵家の婿養子になることではなく、サツキと出会えたことだった、とハッキリ理解した。
せっかく途中まで巻いた包帯がゆるゆるとほどけて、背中にあてていた湿布がベッドに落ちる。
でも、そんなことはどうでもよかった。
背中の痛みさえも、思い出すことはなかった。
「手当て、終わったかー?」
ノックと同時に、キサラがユレシア用の客室のドアを開けた。
キサラが見たものは、上半身裸のユレシアと後ろから抱きつくサツキだった。
包帯と湿布は、ベッドに置いたままだ。
「終わってねぇじゃん!」
「ノックと同時に開けないでくださいよ!」
キサラとユレシアが同時に叫ぶ。
サツキは慌てた様子もなくゆっくりユレシアから離れると包帯と湿布をキサラに差し出した。
「まく、難しい。キサラ様、お願いします」
「相変わらず冷静だね……」
ユレシアは苦笑する。
「難しい? 体の前に包帯を渡した時はユレシアがやって、背中側だけサツキがやればいいんだからそんなに難しくはないだろ?」
包帯と湿布を受け取ったキサラは首を傾げる。
ユレシアとサツキはハッとする。
確かに、そうすればよかったのだ。
「……今気付いたの? 2人して何やってんだか……」
キサラは呆れながら、器用にユレシアに包帯を巻いていく。
騎士団は怪我の手当ても訓練に入っているので、かなり上手い。
「ありがとうございます。そういえば、キサラ兄さんは何か話でもあったのですか?」
ユレシアはキサラに頭を下げつつ尋ねる。
「いや、ランドン伯爵に様子を見に行けって言われたから来た」
キサラはニヤニヤしながら言う。
エミールはユレシアとサツキを2人きりにしたくないようだ。
「キサラ様、じゃま」
サツキはキサラにズバッと言う。
「コイツ本当に片言失言妖精姫だな! さっきはお父様の前で猫かぶってたなー」
キサラはアハハと笑う。
「え? 親父様とサツキは何か話したのですか?」
ユレシアは身を乗り出す。
「息子が女たらしですまん! ってお父様とテシア兄さんと俺で謝ったんだよ。な?」
キサラの言葉に、サツキは頷いている。
家族にも多大な迷惑をかけてしまっている、とユレシアは肩を落とす
「……本当に申し訳ありません……」
「ま、でも、お前が女たらしだったからサツキと出会えたんだろ? 性欲処理の奴隷を買いにいったのに子どもを買ってきてお父様が驚いたって話をさっき……」
「キサラ兄さん!!」
ユレシアはベッドから飛び出してキサラに掴みかかった。
でも、遅かった。
「せ、せいよく……しょり……?」
サツキの顔から、表情が消えていた。
「違う! いや、最初はそうだったけど、サツキの事をそんな風に見たことは一度も……」
ユレシアはサツキに触れようとしたが、サツキはその手を思い切り振り払う。
サツキはくるりと向きを変え、部屋からバタバタと出て行ってしまった。
「……え? サツキ、知らなかったの? で、でも、買われて即襲われたら分かるよな?」
キサラはバツが悪そうにユレシアを見る。
「だから、襲ってないんです! 私は2ヶ月以上サツキには手を触れませんでした! き、気持ちが通じて初めて……うう……」
ユレシアは頭を抱えてうめき声をあげる。
「いや、マジで……? ユレシア、本当に本気だったんだな……。あの、追いかけた方がよくないか?」
キサラに言われるまでもない。
でも、そのために奴隷を買いに行ったのは本当だ。
サツキも奴隷ということは理解しているはずだが、「性欲処理」は酷すぎる。
そんな事をする男だったのかと幻滅したのだろう。
ユレシアはフラフラと部屋を出た。
体も心も、ただズキズキと傷んでいた。




