74.一途な妖精
カロリーヌから受け取った本の表紙には、「妖精と僕の5年間」と書いてある。
「妖精……」
「はい。数ある妖精の物語の内の1つです。いわゆる子ども向けファンタジーですわ」
ユレシアはパラパラとページをめくる。
「僕」という12歳の少年が手のひらサイズの妖精と出会い、いろいろな偶然により、幸せになっていく話のようだ。
挿絵が多く、字も大きい。
最後は、妖精は「妖精の国」に帰り、「僕」は「婚約者」と幸せに暮らした、となっている。
「良い話ですね。少々ご都合主義なところはありますが……」
「ユレシア様は速読でそこまでご理解できるのですね。内容の説明をしようと思っておりましたのに、不要ですわね」
カロリーヌは驚いたように言う。
ユレシアは本好きだ。
時間を惜しんで読むため、速読のクセがついてしまったのだ。
「まず、そのお話の作者ですが、マイルズさんと同じ公国からの亡命者です。初版が100年以上前ですので、もう亡くなられていますが」
「えっ!?」
ユレシアは作者名を見た。
デリスとだけ書いてあるので、平民のようだ。
いや、亡命者なら、公国での身分は不明だが……。
「そして妖精の大きさや描写が、ユレシア様がお会いした『バラの妖精』と似ています」
「た、確かに……。あれ、私、妖精の姿形を説明しましたっけ……?」
ユレシアが首をひねると、カロリーヌは「サツキが絵に描いてくれました」と微笑んだ。
「そして話の展開です。ちょっといいですか?」
カロリーヌはユレシアが持っている本のページをめくって、指をさした。
「ここですわ。妖精は『僕』に恋人が出来て、嬉しいと書いてあるのに、絵は寂しそうにしています」
「本当ですね。絵と文章があっていませんね」
ユレシアは頷く。
「そのすぐ後です。5年も一緒に過ごしたのに、妖精は突然『妖精の国』に帰ってしまいます。別に恋人さんと3人で仲良く過ごしてもいいではありませんか! と当時10歳のわたくしは憤ったのを覚えておりますわ」
カロリーヌはこぶしを握っている。
「カロリーヌ様らしいですね。でも妖精は明らかに『僕』に恋をしていますよね。一緒にはいられないですよ……」
ユレシアはここまで話して、表情を変えた。
妖精が人間に恋をするなんて、あり得るのだろうか?
別次元の存在のような……?
「実は先程、アリエノール様とサツキが自分たちは妖精だと話しておりました」
「え、ええっ!?」
「もちろん比喩的な表現だとは思いますが、わたくしは妙に納得してしまいましたわ」
カロリーヌの微笑みに、ユレシアも思わず頷いた。
きっとエミールもそう思うだろう。
「サツキは19年間妖精と関わりがなく別の世界で暮らしていたので、割と常識的な観点を持ち合わせていますが、アリエノール様は少し不思議な方だとは思いませんか?」
「そう、ですね。確かに……」
ユレシアからすると、カロリーヌも十分変わり者だが、アリエノールは雰囲気が普通の人とは違う感じがする。
「わたくしが一番疑問に思った事は、ご主人とご子息の生死が不明なのに、すぐにエミール様を慕っているところですわ」
カロリーヌはそう言って目を伏せる。
「そ、そう言われれば……? でも、エミール様から聞いたのですが、亡命後のエミール様との結婚はご主人の指示だったと……」
ユレシアの言葉に、カロリーヌは目を見開いた。
「やはりそうでしたか! アリエノール様は、ご結婚後もエミール様を一途に思い続けていたのですよ!」
「えええっ? そういうロマンチックな話なんですか!?」
ユレシアの「ロマンチック」という言葉に、カロリーヌは顔を曇らせる。
「ロマンチックでしょうか? とても残酷な話だと思いますわ。アリエノール様はご主人と暮らしながらも、別の男性を想っていたのですよ?」
「い、いえ、えーと、これ、想像ですよね?」
ユレシアが困惑していると、カロリーヌは再び本をパラパラとめくり、ユレシアにページを指さした。
そこには妖精のセリフで、
「妖精は一度決めたことは変えないんだよ。君を幸せにすると決めたんだ」
と書かれている。
「このセリフがあるせいで、妖精は『僕』を幸せにした後に妖精の国に帰っても、あまり不自然ではないのです。でもこのセリフは、一途さも表現しています。ルルがよく、『サツキさんは本当に一途だ』と言っていますが、わたくしもそう思います。サツキの願いは、ユレシア様と一緒にいること、ただそれだけなのです」
ユレシアは息を呑んだ。
ユレシアを真っ直ぐに見つめるサツキの瞳が思い浮かぶ。
「妖精は一度決めたことは変えないのだとしたら、アリエノール様はおそらく初恋だったエミール様をずっと慕い続け、それはご主人やご子息にも伝わっていた。亡命の書類が完璧に整えられていたことと、エミール様との結婚を王国の王に頼んでいたこと。ご主人がどのような気持ちでそうしたかまでは分かりませんが、アリエノール様の幸せを願ったことは間違いありませんね」
カロリーヌは本を持ったまま、納得したように頷いている。
ユレシアも納得しかけて、いや違う! と思っていた。
サツキとアリエノールは人間だ。
妖精は別にいたじゃないか。
手のひらサイズで羽が生えていて、全然別の存在だ。
だからこの話自体、根本から違うのだ。
大体この「妖精と僕の5年間」も作り話ではないか。
妖精が「僕」のそばに現れた事で次々と起こる幸福な奇跡なんて、ご都合主義にも程がある。
「幸福な奇跡……」
ユレシアは呟いていた。
サツキに想われて、伯爵家の婿養子になる?
そんなことが、遊び呆けていた男爵庶子に起こり得るのだろうか。
そもそもサツキに会わなければ、イルベルト領から出ることもなかった……?
「あら、気付かれました? ユレシア様は、今まさに、幸福な奇跡の真っ只中ですわ! そして……」
カロリーヌは本の最後のページをユレシアに見せた。
「ユレシア様がサツキ以外の別の幸せを手にした時、サツキは心から傷ついて、二度とユレシア様の元には戻ってきませんわ。実際サツキには『移動』能力がありますからね」
「あ……」
ユレシアは、カロリーヌが持っている本を凝視していた。
笑顔の『僕』と恋人の遥か後ろに、背を向けて飛び立っている妖精が描かれている。
「ユレシア様、『天然タラシ』は永遠に封印する事をお勧めしますわ」
手にしているのは子ども向けのファンタジー小説で、内容は妖精の話なのに、カロリーヌは真剣な眼差しでユレシアを見つめていたのだった。




