73.「天然タラシ」のユレシア
「う、うう……」
ユレシアは、背中と腹部の痛みにうめき声を上げて、うっすらと目を開けた。
ランドン伯爵家別邸のユレシア用の客室。
ユレシアが横たわっているベッドの横に人影が見える。
「サ……ツキ……」
「申し訳ありません、ユレシア様。サツキではなくカロリーヌですわ」
カロリーヌはふふっと微笑む。
「カロリーヌ様……? 私は……」
「イルベルト男爵に惨敗ですわ」
こともなげに言うカロリーヌに、ユレシアは「はは……」とかわいた笑い声を出した。
「わたくしユレシア様にお話がございまして、お身体が辛い時だとは思いますが、よろしいでしょうか?」
「……はい」
起き上がろうとするユレシアを、カロリーヌは手で制した。
「そのままでよろしいですわ。まずは今回の件、イルベルト男爵をたきつけました事を謝りたいと存じます」
カロリーヌはそう言うと、横たわるユレシアに頭を下げた。
「いえ、でも、何故あのような事を?」
ユレシアはカロリーヌのセリフを思い出していた。
度々女性を惑わす言動をする……だったか……。
「ぼやかしてお伝えしてもきっとお分かりにならないと思いますので、はっきり申し上げますわね。ユレシア様が伯爵子息になり、その後伯爵位を得た場合、今と同じ素直で他人を真っ直ぐ褒めるユレシア様では、サツキを繋ぎ止める事は出来ません。サツキはユレシア様から離れていきますわ」
「……え?」
ユレシアは背中の痛みを堪えて、体を起こした。
カロリーヌは、ぼやかして伝えても分からないと言ったが、今の発言もよく分からなかった。
「すみません、何故サツキが離れていくのか、やはり分からないのですが……」
「そうですね……。ではユレシア・ランドン伯爵となったユレシア様の前に、家族に虐げられ、政略結婚させられそうな薄幸の令嬢が現れたとします。ユレシア様なら、どう対応いたしますか?」
カロリーヌは表情を変えないで言う。
「……まずはその令嬢の事を調べますね。虐げられ、がどのくらいのものなのか、そもそも真実かどうか……」
ユレシアは少し考えてから、答える。
「実の両親から毎日殴られて使用人以下の生活を強いられている令嬢ですわ」
「ええ? ものすごい設定ですね。それでしたら何とかして助けると思いますが……」
ユレシアはカロリーヌの例え話に驚きながらも真面目に答えたのだが、カロリーヌはハァと息を吐いた。
「申し訳ありませんが、0点ですわ」
「れ、0点ですか……」
ユレシアは肩を落とす。
というか、この問題は何なのだ?
「ユレシア様は、助けた後の令嬢をどうなさるおつもりですか? 相手を見つけて差し上げるのですか? それとも囲うのでしょうか?」
カロリーヌは呆れたようにユレシアに尋ねる。
「え? ええと、何とかして良い縁談相手を探して……」
「見つからなかったら? といいますか、その令嬢にそこまで尽力する時間とお金をどうするのですか? そして、そこまでしてもらった令嬢がユレシア様を気に入らないとでも? あなたの行動は一見とても優しいですが、正妻であるサツキをジンワリと傷つけていきますわ!」
「なっ……!?」
ユレシアは愕然とした。
「貴族社会において、『可哀想な女性』は実は大勢いますのよ。令嬢、夫人、未亡人、侍女、メイド……。伯爵ともなれば、近づいてくる女性も今の比ではありません。あなたは持ち前の優しさと素直さで、愛人を増やしていく気でしょうか?」
「そ、そんな事するわけないでしょう!?」
カロリーヌはユレシアを明らかに睨んでいる。
言っている事は、何となく分かる。
「天然タラシ」とでも言いたいのだろう。
でも、愛人をつくったりなど絶対にしない。
「そうなのでしょうね。でも精神的な繋がりは出来てしまいますわ。一番近い例をお出しするならば、わたくしとユレシア様でしょうか」
カロリーヌは不敵に笑う。
「……え?」
「ユレシア様は、わたくしのことがお好きでしょう? あ、もちろん人としてですよ?」
「ええ、はい。素晴らしい方だと思っております」
ユレシアは素直に言って、ハッとする。
カロリーヌは「マイナス100点ですわ!」と微笑む。
「わたくしが普通の感性を持った令嬢なら、恋愛に発展しますわ。実は何度もそのような場面がございました。距離の近さ、素直な言葉がけ、視線の使い方、などです」
「あ……、も、申し訳ありません……」
目を伏せるユレシアに、カロリーヌは微笑んだ。
「これはユレシア様の長所ですが、今後は短所となっていきます。貴族社会において女性関係は一番気をつけなければならないことです。女性もお上手なんですよ? もしかしたら歓楽街の女性より『可哀想な自分』を演じているかもしれませんね」
ユレシアは顔を上げられないでいた。
カロリーヌと距離が近い自覚はあった。
一緒に話していると、世界が広がり楽しかった。
そして、カロリーヌの事を「可哀想な女性」とも思っていた。
研究の功績を奪われ、兄嫁に虐げられ、助けたいと思っていた。
カロリーヌが「無性愛者」でなければ、どこかで恋愛に発展してもおかしくはない。
サツキを裏切り、兄の婚約者に手を出すという「最低男」の姿が目に見えるようだ。
カロリーヌはふっと笑った。
「ご理解いただけたようですので、本題にうつりますわ」
「本題、ですか? 今のではないのですか?」
「はい。本題はこちらです」
そう言うと、カロリーヌは一冊の本をユレシアに手渡したのだった。




