72.沙月とイルベルト家
ユレシアとガレシアの試合終了後、倒れてしまったユレシアのベッドの横にいた沙月は、話があるとガレシアに呼ばれて、先程の応接室にいた。
応接室にはガレシアの他にテシアとキサラがいて、沙月は3人の正面に向かい合う形でソファに腰掛けた。
ガタイの良いテシア、ガレシア、キサラの前に、沙月1人である。
まるで何かの……そう、例えば、筋肉系フィットネスジムの受付のバイトの面接のようだ。
いや、本当に面接かもしれない。
ウチの大事なユレシアに君が適切かどうか見させてもらおう、ということかもしれない。
沙月は面接に備えて、姿勢をピシッと正した。
「お父様、これはあまり良くないのでは? サツキ、ええと、ルナベルが怯えています。カロリーヌ様を同席させた方が……」
テシアが沙月の様子を見てガレシアに提案する。
「いや、カロリーヌ様はユレシアに話があるそうだ。サツキ、怖い話ではないから……あ、いや、男3人が怖いか。もう少し離れようか?」
ガレシアは少し困惑したように言う。
「怖いないです。大丈夫です」
沙月は慌てて首を横に振った。
面接みたいだなぁと思っていただけなのだ。
ガレシアはほっとした顔をする。
「そ、そうか。実は話というのはユレシアのことなんだが……」
そうだろう、と沙月は頷く。
くるか?
ウチの大切なユレシアは簡単にはやれん! 的な展開!
沙月が身構えていると、突然男3人がガバッと頭を下げた。
その風圧? で沙月の前髪がふあっと揺れる。
「すまなかった! 私たちがユレシアを甘やかしたばっかりに、あんな女たらしになってしまい……」
「え、ええ!?」
ガレシアの「女たらし」という言葉が衝撃的で、沙月はつい声を上げる。
「ユレシアから聞いたかもしれないのだが、ユレシアの母親はテシアやキサラとは違うんだ」
「は、はい。聞いたです」
沙月は顔を上げたガレシアに頷く。
「ユレシアの母親は、キサラ出産後まもなく亡くなってしまった私の妻サラについてきたミリアム子爵家のメイドだったんだよ」
ガレシアは当時を思い出すかのように目を伏せる。
メイドとは聞いていたが、亡くなった奥様のメイドだったのか。
これは、結構、ドロドロ系?
沙月はなんとなく、目を泳がせる。
「メイドの名前はユリンといって、私とユリンはサラが大好きだった。ユリンは亡くなったサラのためにも、テシアとキサラを立派に育てると言って、まるで2人の母親のように必死に尽力してくれたんだよ。正直私は、サラが亡くなった悲しみにくれてしまい、1歳のテシアと生まれたばかりのキサラをどう育てて良いか全く分からなかった……」
ガレシアは頭を手で押さえている。
当時を思い出すのは辛いのかもしれない。
でも、なぜ沙月にこの話をするのだろうか。
「テシアもキサラも、ユリンを母親のように思っていた。私もユリンに2人の母になって欲しいと考え、それで後妻に迎えようとしたんだよ。しかしミリアム子爵家から『娘をバカにしているのか』と大反対されてね。その時はすでにユリンのお腹の中にはユレシアがいて、それなのに、私は、身重のユリンを田舎に追いやったんだ……」
「お父様、追いやったのではありません……」
「いや、同じことだよ……」
ガレシアはテシアを手で制する。
「ユレシア様、お母様とカフェ……」
沙月はユレシアと母のユリンが不幸には暮らしていなかったことを伝えなくてはと思い、口を挟んだ。
「ああ、そこまで聞いてるんだな。カフェはユリンの希望だったんだ。料理も掃除も何でも出来るメイドだったからな……。それでユレシアが6歳の時にカフェでトラブルがあって私が出向いた際に、ユリンからユレシアをイルベルト男爵家に入れて欲しいと頼まれたんだ」
お母さんが頼んだことだったのか!
息子と離れることは良かったのだろうか?
「サツキも分かるかもしれないが、ユレシアは賢かったんだよ。ユリンに似て器用で何でもそつなくこなしていた。私も平民で終わらせるのはもったいないと思い、ミリアム子爵家の反対を押し切って三男として迎え入れたんだ」
ガレシアの言葉に、沙月は頷いていた。
エミールもユレシアの事を認めていた。
沙月にユレシアを平民で終わらせる気なのかと言っていた。
「テシアとキサラは弟が出来て思いのほか喜んでな。それで、3人で、その、可愛がってしまったというか、甘やかしてしまったんだよ……!」
ガレシアとテシアは恥ずかしそうにうつむき、キサラは「めちゃくちゃ可愛かったんだわー」と笑った。
沙月はキョトンとしてしまった。
つまりこの話は、家族として大好きだったユリンに似たユレシアが可愛くて仕方なくて、つい甘やかしちゃった、という話なのか!
沙月はぷはっと吹き出した。
「ユレシア様、みんな、大好き!」
「ああ、そうなんだよ」
ガレシアも笑顔で言い、テシアも頷く。
「でもなー、ユレシアは考えすぎる性格というか、素直なくせに使わなくていい気を使うというか……」
キサラは苦笑し、今度はガレシアが頷く。
「貴族学院は行かないと言い張るし、騎士にもならないと鍛錬をやめるし、そのくせ本ばかり読んで勉強しだしたりして、なあ?」
ガレシアが同意を求めるようにテシアとキサラを交互に見ると、2人はウンウンと頷く。
何だか思春期の中学生みたいだな、と沙月も頷く。
貴族学院は、庶子だからと気後れして行かなかったのかもしれない。
騎士は、兄たちがすごすぎて自分には向いていないと思ったのかもしれない。
沙月もひねくれて学校に行かなかったり、ご飯を食べなかったりしたから、なんとなくユレシアの気持ちが分かる。
キサラの言ったとおり、ユレシアと沙月は似ているのかもしれない。
「まあ、そこまでは別に良かったんだが、20歳くらいから夜に外で遊ぶようになってなぁ……。昼間は真面目に仕事をするんだよ。でも夜にいなくなる。何度注意してもやめない。甘やかしすぎたと反省しても遅かった……」
20歳から遊んでたのか。
ということは、女遊び歴3年?
結構な人数だな……。
沙月の顔から笑みが消えたのを見て、ガレシアはハッとする。
「い、いや、毎日じゃないんだ。ふと、思い出したように遊ぶというか、なあ!?」
「俺たちはもうイルベルトにはいなかったから、そのへんはよく分からないよなぁ?」
キサラはテシアを見て、テシアは曖昧に頷く。
「その、つまりだ、サツキに何故こんな話をしたかというとだな、私たちにとっては可愛い家族でも、サツキはいいのだろうかと……。せめて謝っておこうかと思ったんだよ」
ガレシアは焦ったように早口で言う。
沙月はふふっと微笑んだ。
イルベルト男爵家は、いい家族だ。
ユレシアも、分かっていたのに、何か、いろいろ考えてしまったのだろうなぁ……。
「わたし、ユレシア様、結婚したいです。ガレシア様、会わせてくれた、ありがとございます」
沙月は心からガレシアにお礼を言った。
ガレシアの勧めで、奴隷を買いに行ったと聞いているからだ。
「サ、サツキ……! おお、ウチの娘にしたかった……!」
ガレシアは悔しそうに叫ぶ。
「お父様、それは絶対無理ですよ」
「ランドン伯爵が溺愛してるからなー」
テシアとキサラは笑いながらガレシアの肩に手を置いた。
沙月の身元が証明されて、エミールの娘になっても、ガレシアは沙月にとってお父さんのような存在だ。
沙月は、親というものがどういうものか知らないのに、素直にそう思っていた。




