71.ユレシアとガレシアの試合
ランドン伯爵家別邸の庭で、ユレシアは木剣を構えて、正直泣きそうになっていた。
目の前にはかなりご立腹のガレシアが立っている。
なんと、これから、ガレシアと試合をしろということなのだ。
平民の騎士として身一つで功績をあげて男爵位を賜った男。
その強さは伝説級。
ユレシアが勝てる訳がないのは当然だが、死なない理由が思いつかない。
どうしてこんな事になったのだろう。
日頃の行いが悪かったのは、認める。
アリエノールを好みと言ったのも、事実である。
しかし、「サツキより」とは断じて言っていない。
むしろサツキが好きだからこそ、アリエノールが好みだったというか……。
とはいえ、そんな言い訳がこの状況で通じるはずもない。
審判にテシア。
ユレシアの後方にキサラ(ユレシアがぶっとばされてランドン家の木々や壁を壊さないようにするため。ぶっとばされる前提)
ガレシア側の後方に見学のサツキ、アリエノール、エミール、カロリーヌ、ルル、念の為の護衛にエルレンがいる。
気になるのは、見学者たちが、楽しそうな事である。
「想像以上の展開になりましたわ! 伝説級のガレシア・イルベルト男爵の剣技が見られるなんて!」
カロリーヌは、隠す事なく喜んでいる。
「ガレシア様、でんせつ? すごい!」
傷付いているはずのサツキは、どう見ても元気そうだ。
「お嬢様、おそらく一瞬で終わります。剣技など見られませんよ」
ルルは淡々と言う。
「王国では、親子で戦うのですね」
アリエノールも楽しそう。
「イルベルト男爵家だけだと思いますよ」
エミールはアリエノールに説明をする。
そう、イルベルト家では、何か問題があったら、何故かすぐに試合になるのだ。
「はじめっ!」
テシアの試合開始の声が響く。
特にルール説明がないところも、イルベルト流だ。
ガレシアが50歳を超えているとは思えないスピードでユレシアに踏み込んでくる。
「ひっ!」
ユレシアは何とか手にした木剣を両手で持ち、ガレシアの剣を受ける。
が、ガレシアの力が強すぎるため、踏ん張りがきかず、後方へ吹っ飛んだ。
キサラが飛んできたユレシアを受け止める。
「よく受けたとは思うけど、下半身がダメダメだなぁ!」
キサラは笑っている。
「ダメダメって、元はと言えば、キサラ兄さんが……」
「ほら、くるぞ!」
キサラはユレシアの背中をドンと押す。
目の前に、ガレシアが剣を振りかざす姿をアップで捉える。
「うわっ!?」
ユレシアは体をひねって何とかかわしたが、バランスが崩れ、足がもつれ、地面に尻もちをついた。
すぐにガレシアが剣を横に薙ぐのが視界に映る。
終わった!
死んだ!
「ユレシア様!」
サツキの声がユレシアの耳に入る。
そうだ。
死んではダメだった。
サツキとずっと一緒にいると、そう約束したのだった。
「ぐっ!!」
ユレシアは何とか木剣を構えてガレシアの剣を受け止める。
腕に、肩に、ビリビリと痺れが走る。
「ほう……、やる気がないということでもないんだな。立て、ユレシア」
ガレシアは一旦元の位置に戻る。
ユレシアも立ち上がり、最初に立っていた場所に戻った。
「イルベルト男爵の動き、素晴らしいですわ!」
カロリーヌは興奮した様子でルルを揺らす。
「は、はい。正直言って、カッコいいと申しますか……」
ルルは揺らされながら答える。
「ユレシア様、死ぬ!」
サツキは口元に手を当てて叫ぶ。
「まあ! ルナベルの恋人が死ぬのはいけませんわ!」
アリエノールも口元に手を当てる。
「あー、エルレン君、どうかな? ユレシア君は危ないかな?」
エミールは妖精2人の「死ぬ」発言に、仕方なく騎士であるエルレンに尋ねる。
エルレンは焦ったように背筋を伸ばす。
「はっ! 恐れながら申し上げます。イルベルト男爵様の強さは段違いでございます。ですが、男爵子息様の動きも素晴らしいです。イルベルト男爵様の剣を、避けたり受けたりなど、騎士の中でも出来る者は限られます! さすがテシア様とキサラ様のご兄弟でございます!」
「とのことだよ。大丈夫なんじゃないかな、たぶん……」
エミールはアリエノールとサツキに言う。
「ユレシア、かかってこい!」
ガレシアは木剣を構えながら言う。
「はい!」
ユレシアはガレシアに向かって走って剣を繰り出す。
もちろん、全て受け流される。
ガレシアの剣がユレシアの腹を狙う。
ユレシアは咄嗟に後ろに身体をそらし、その勢いのまま、地面に片手をつき、くるりと回転して着地をする。
「サツキ! 見ました!? ユレシア様が片手バク転しましたわよ!?」
カロリーヌは今度はサツキの肩を掴んでグラグラと揺らす。
「あうう……、ユレシア様、カッコいい……」
サツキは揺らされながら答えている。
「お嬢様、揺らしすぎです! それにしても意外です! ユレシア様、運動出来たのですね!」
ルルはカロリーヌを止めながら、失礼なことを言う。
「なるほど、基本があるのは本当のようだな。アリエノール様、どうかしましたか?」
エミールは、アリエノールがぼんやりしているのを見て声をかける。
「わ、わたくし、あのような動き、初めて見ましたわ! エミール様もやってくださいませ!」
「うん、無理だからね。骨折ですまないよ……」
アリエノールの提案に、エミールは肩を落とす。
「決着がつきそうですね……」
エルレンがポツリと呟く。
ユレシアは息を切らしていた。
ガレシアの剣は、剣で受けてもダメージなので、全て避けている。
が、体力が持たない。
息が、心臓が、限界だと跳ね上がっている。
そりゃあ、そうだ。
全く鍛錬していないのだから、今でも毎日鍛錬しているガレシアに敵うはずもない。
ガレシアの剣がユレシアに襲いかかる。
何とか避けたつもりだったが、避けきれておらず、腹にズシンとした痛みがはしる。
「ぐあっ!!」
ユレシアは腹を押さえて前かがみになる。
そんな息子に関係なく、ガレシアは木剣でユレシアの背中を強打する。
「うぐっ!?」
あまりの衝撃に、ユレシアの呼吸が止まる。
「ユレシア様!!」
再びサツキの声が聞こえたような気がした。
しかしその後、背中にもう一発痛みがはしり、ユレシアの意識は遠のいていった……。




