70.ガレシア・イルベルト
ランドン伯爵家別邸の応接室で、ユレシアとエミールは、今までの経緯とランドン伯爵家の後継について、ガレシアに話していた。
「そうでしたか。サツキが公国の姫で、内乱中とは……。それでランドン伯爵はサツキのお母様とご結婚なさるので、サツキを娘にと……。あの、ここまではいいのですが、本当にユレシアが婿養子でよろしいのでしょうか?」
ユレシアの隣に座ったガレシアは、出された紅茶にも手を付けず、エミールに問いかける。
「ご心配ですか?」
「正直申しまして、身の丈に合わないとは思っております。ユレシアは、恥ずかしながら正妻の子ではありませんし、貴族学院にも通っておりません。三男で甘やかしてしまったこともあり、その、今はないのですが、少々遊び癖が……」
ガレシアが汗をかきながら息子の事を話す様子に、ユレシアは申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
もっと真面目に過ごしておけば良かった。
自分の行動がいかに浅はかだったか、今ならよく分かる。
ガレシアは父としてずっとユレシアに注意していたのだ。
「はい、全て存じ上げております。ユレシア君には、貴族学院は論文で卒業を目指してもらいますし、過去の遊び癖については、猛省してもらいます。なので、娘との結婚は少し先になるとは思います」
エミールはニッコリと笑い、ユレシアの方を見る。
甘くないぞ、と言っている。
「それであれば……。私の方からも愚息の根性を叩き直したいと思います」
ガレシアもジロリとユレシアを見る。
いや、怖い怖い!
親父様に叩き直されたら、直る前に死んでしまう!
ユレシアは顔をひきつらせる。
「ちょうどサツキの母のアリエノール様とテシア君とキサラ君、テシア君の婚約者となるカロリーヌ嬢もいますので、全員を呼びましょうか」
エミールはそう言うと、手をパンパンと叩いた。
ほどなくして、応接室にサツキとアリエノール、カロリーヌとテシアとキサラがやってきた。
「ガレシア様!」
サツキは笑顔でガレシアに駆け寄る。
「おお、サツキ! 大変だったなぁ! イルベルトの屋敷はサツキがいないと寂しくてなぁ……」
ガレシアはサツキを見て顔をほころばせる。
息子のユレシアと再会した時より嬉しそうなのは何故だろう。
まあ、サツキがいないとあの屋敷にはオジサンしかいないが。
「お父様、ご足労かけました」
テシアとキサラが頭を下げる。
「ああ、詳細は今聞いた。お前たちよくよく務めるように」
ガレシアの言葉に、テシアとキサラは「承知しました」と答えている。
「お父様、カロリーヌ様と無事婚約することとなったのですが……」
テシアがカロリーヌを指し示し、カロリーヌは軽くカーテシーをする。
「ああ、そのためにユレシアが王都に行ったのだからな。カロリーヌ様、テシアは真面目だけが取り柄ですが、よろしくお願いいたします」
ガレシアが頭を下げると、カロリーヌは「テシア様は素晴らしい方ですわ」と微笑む。
この2人は、ガレシアに「本当の事」を言うのだろうか。
ユレシアからは言う気はないが、キサラあたりがポロッと言いそうではある。
「ガレシア様、お母様、挨拶したいです」
サツキはアリエノールの手を取り、ガレシアの前に連れてくる。
アリエノールの姿を見て、ガレシアは目を見開いた。
「こ、これは、サツキによく似て……、あ、いや、ガレシア・イルベルトと申します」
「ルナベルの母のアリエノール・サヴェルと申します。ルナベルが大変お世話になったそうで、本当にありがとう存じます」
アリエノールは優雅にカーテシーをする。
「い、いえ、そんな、とんでもございませんことで……」
ガレシアはタジタジである。
気持ちは大いに分かる。
サツキは可愛らしくて、ヨシヨシと子ども扱い出来るが、アリエノールは本物の貴族美人だ。
エミールがコホンと咳払いをする。
「あー、挨拶も終わったのなら……」
「エミール様、イルベルト男爵にお願いがあるのですが、ここでお話ししてもよろしいでしょうか?」
カロリーヌが一歩前に出て、エミールとガレシアを見る。
「構わないが……」
「お願いですか?」
2人は首を傾げる。
すると、テシアも前に出てカロリーヌの隣に立った。
テシアとのことだろうか、とユレシアも首を傾げる。
「お父様、ユレシアの女性に対する軽い言動で、サツキが大変傷付いております。兄としても看過しづらく、お父様から注意をお願いしたいのです」
テシアの言葉に、ガレシアは「なんだって!?」と驚き、ユレシアはガレシア以上に「テシア兄さん!?」と驚いた。
「ユレシア様は、お母様のアリエノール様の方が好みだとおっしゃったそうで、サツキはショックを受けているのです。ユレシア様が素直な方だと存じておりますが、度々女性を惑わす言動をなさるのは、サツキの友人として見過ごせませんわ」
カロリーヌは悲しげな表情をする。
「カ、カロリーヌ様っ!?」
ユレシアはカロリーヌの名前を呼んだが、カロリーヌはユレシアの方を全く見ない。
「この、バカ息子がーーっ!!」
ガレシアはユレシアの胸元を掴むと、高々と持ち上げる。
「うぐぅっ! ち、ちょっと、まって……」
「あー、イルベルト男爵、庭を使ってもいいですよ? 木剣もあるので、どうぞお使い下さい」
エミールは笑いを堪えたような微妙な表情で話を進めようとする。
「ランドン伯爵、申し訳ありませんが、お言葉に甘えさせていただきます。速攻で根性を叩き直したいと思います故」
「うえっ!?」
ユレシアの情けないうめき声が応接室に響く。
「まあ! もしかして試合ですか? 公国では兵士同士の試合を見たことがないのです。楽しみですわ!」
アリエノールが嬉しそうに言う。
「試合になるかなー」
キサラが苦笑しながら言う。
「ガレシア様!」
サツキがガレシアの名前を呼ぶ。
「サ……ツキ……」
ユレシアはなんとかサツキを呼ぶ。
急な展開で訳が分からないが、サツキが何か誤解しているのなら、試合(になる訳ない)をしている場合ではない。
「ユレシア様、お母様好き! 悲しい!」
完っ前に誤解している!?
「サツキ、バカ息子のために可哀想に……。待ってろ。ユレシアの根性は叩き直してやるからな」
ヤバイ!!
たぶん、死ぬ!!
ユレシアは心の中で、命だけは……! と叫んでいた。




