69.沙月の懸念
ランドン伯爵家別邸で、ユレシアとエミールが話をしている間、沙月は母であるアリエノールと絵を描いていた。
アリエノールの絵は、独特だった。
バラの妖精の絵を描いてくれたのだが、沙月には全体的に淡いピンクに見えた妖精を、アリエノールはいろいろな絵の具を混ぜて、どちらかというと青っぽく描いていたのだ。
こういうの、天才肌というのかもしれない。
「ルナベルはとても正確に描くのですね。素晴らしいですわ」
アリエノールはふんわりと笑う。
確かに外見は沙月によく似ているが、所作や表情から高貴さがあふれ出ているため、沙月とは全く別の世界の人のような気がする。
強いて言えば、そう、妖精だ。
アリエノールは、妖精かもしれない。
「お母様、妖精ですか?」
「あら、わたくしが妖精だとしたら、ルナベルも妖精ですわね」
返しも、優雅!
否定しないし、妖精っぽい。
もう、変な力もあるし、妖精でいいか。
「はい。妖精です」
沙月が頷くと、アリエノールも微笑んで頷いた。
少し離れたところでその様子を見ていたカロリーヌは、「やはり妖精でしたか……」と呟き、納得の表情をする。
「妖精かどうかはさておき、あのふわふわとした会話は何なのでしょう……」
ルルは若干呆れながら小声で話す。
「確かに! ランドン伯爵もユレシアも、あの2人と何の会話してるんだろうな?」
護衛のため同室にいるキサラは笑う。
すると、ドアがノックと共に開き、慌てた様子のテシアが入ってきた。
「キサラ、お父様がいらした!」
「あー、来そうだとは思っていたけど、本当に来ちゃったか」
キサラはさらに笑う。
「ガレシア様、会いたい!」
沙月が立ち上がると、アリエノールは「ガレシア様?」と首を傾げる。
「ユレシア様のお父様。わたし、一緒、住んでました」
「まあ! ルナベルがお世話になった方なのですね。ぜひご挨拶させてくださいませ」
アリエノールも優雅に立ち上がる。
すると、ガレシアを応接室に案内した執事が「失礼します」と入ってきた。
「まずは旦那様とご子息様がイルベルト男爵様とお話しになるとのことです。後で呼びに参りますので、お待ちいただけますか?」
「もちろんですわ。ぜひよろしくお願いしますね」
アリエノールは執事に微笑む。
その優雅さに、室内がほわっとした空気に包まれる。
「サツキ、じゃなかった、ルナベルもさ、こんな感じで話したら? ユレシアもアリエノール様が好みだって言ってたぞー」
キサラの発言に、室内の空気がピリッとする。
テシアが「おい!」とキサラの腕を引っ張る。
沙月は持っていた筆をカランと落とした。
「……ユレシア様、お母様、好み?」
「そういえば、そうおっしゃってましたわ」
アリエノールがダメ押しするように言う。
「うわ、最低です……」
ルルは小声で呟く。
沙月は心の中で、それはそうだろう、と思っていた。
ユレシアはもともと、年上の女性が好きなのだ。
沙月は年下だし、童顔だ。
日本でも、年齢より下に見られることが多かった。
そんなところに、沙月とそっくりな容姿の優雅な年上女性が現れたら、そちらがいいに決まっている。
しかし、これは複雑にならないか?
アリエノールはエミールと結婚するっぽいし、アリエノールと沙月は母娘だし、愛人よりドロドロしそうな気がする……?
「面白そうですが、少々雲行きが怪しいですわね」
カロリーヌは沙月の横にスッと立つ。
「ルナベル、このままではユレシア様が心変わりしてしまいますわ。ここは、イルベルト男爵に叱ってもらいませんこと?」
「お嬢様!? 何を言い出すのですか!」
ルルが驚いて大声を出す。
カロリーヌは「いいえ、必要なことですわ」と全員を見回す。
「ユレシア様は、無自覚に『天然タラシ』なのです。女性を、まるで息をするかのように褒めたりするのですよ。このままではルナベルが不安になってしまいますわ」
確かにユレシアはそういうところがある、と沙月は大きく頷く。
「ま、そうだな。一度叱られるのもありかもな」
キサラは元凶なくせに頷く。
「私もユレシアの生活態度は、兄として一度注意しなければとは思っていました」
テシアも一歩前に出る。
カロリーヌは沙月に向き直った。
「みんなルナベルの味方ですわ。ユレシア様には反省していただきましょう」
少しユレシアが可哀想な気もするが、結婚後に愛人が増えても困るし、ここはカロリーヌにお任せしよう。
「ありがとございます、カロリーヌ様!」
「いいのですよ。その代わりと言ってはなんですが、今度ぜひ妖精に会わせていただけますでしょうか」
「はい!」
カロリーヌと沙月の交渉が成立したのを見て、ルルは「お嬢様、妖精に会いたいだけですね……」と呟く。
「ルナベルは皆さんに大切にされているのですね」
アリエノールがふわりと微笑み、ユレシアがガレシアに叱られる流れになったのに、やっぱり室内は、ほわっとしたのであった……。




