68.ユレシアの懸念
サツキとアリエノールの「妖精母娘」の対面が終わった後、ユレシアはエミールの私室にいた。
今後の流れを話し合うためである。
「どうだ? サツキの様子は?」
エミールはユレシアにソファに座るようにジェスチャーする。
「落ち着いていますよ。アリエノール様と絵を描く事になったようです。アリエノール様も絵を描くのですね」
ユレシアが絵の話をすると、エミールは驚いた表情になった。
「サツキも絵を描くのか!?」
「はい。絵の具の扱いが難しいと言っていましたが、かなり上手く描けていましたよ。サツキの暮らした世界で、諦めた夢のようです」
ユレシアはソファに腰掛けながら、少し目を伏せる。
「そうか……。画材道具はユレシア君が買ったのか?」
「はい。あの、さらに買い与えるのはやめて下さいね?」
エミールはチッと舌打ちをする。
サツキを甘やかしているのはユレシアではなくエミールだ、とユレシアは溜息をついた。
しかし、今はその話よりしなくてはいけない話がある。
「……失礼を承知で伺いますが、エミール様はアリエノール様を本当に娶るのですか?」
「……どういう意味かね?」
エミールは表情を変えずにユレシアを見る。
「ベンジャミン・サヴェル公爵とコンラッド・サヴェル公爵子息は、本当に殺されてしまったのですか、という意味です」
ユレシアも表情を変えずにエミールを見る。
「……今調べているところだが、アリエノール様の話では、ベンジャミン・サヴェル公爵は目の前で斬られ、コンラッド・サヴェル公爵子息もハミルトン公爵に連れていかれたと……。アリエノール様はサヴェル家の兵士が命からがらに逃して、用意してあった王国への亡命の書面を持って王国に来たとのことだ」
エミールは感情を入れずに淡々と話しているが、ユレシアは眉をひそめた。
「では、死亡を確認した訳ではないのですね?」
「ああ。でも、アリエノール様の亡命は正式に処理されている。王国法により、一度亡命した者は王国で身元を証明する代わりに、元の国で身分を得ることは出来ない。二度の亡命も禁止されている。アリエノール様を平民にする訳にはいかないだろう?」
ユレシアが眉をひそめたのが気に入らなかったのか、エミールは言い聞かせるような言い方をする。
「おっしゃる通りですが、サヴェル公爵と子息がもし生きていて、同じように王国に亡命をしたらどうするのですか?」
ユレシアの疑問に、エミールは息を吐いた。
「ユレシア君は嫌なやつだなぁ……」
「やっぱりその可能性に気付いてはいたのですね」
ユレシアは肩を落とす。
「辛いことを思い出させてしまうと分かっていたが、真っ先に確認したよ。サヴェル公爵が生きている可能性があるまま娶ることは出来ないからな。だが……」
「だが……?」
「サヴェル公爵からの指示だそうだ。亡命後の私との結婚は……」
エミールはそう言うと、再び息を吐いた。
「それは……、サヴェル公爵は、アリエノール様がかなりの確率で1人で亡命することになると思っていたということですか?」
ユレシアは少し身を乗り出す。
「それもあるが、まあ、私とアリエノールが恋仲だった事は、当時は有名だったからな……」
エミールは苦笑する。
自身の妻を、妻の昔の恋人に託す……。
ユレシアには、少々分からない心境である。
しかし、そこまでお膳立てされていて、当の2人が納得しているのなら、ユレシアがこれ以上言及する話ではない。
「立ち入った事をきいてしまい、申し訳ありませんでした」
「ま、いいさ。どうせ私たちにプライベートはない」
エミールは苦笑している。
本当にそれ……とユレシアも苦笑する。
「実際プライベートがないのは『公国の純血』である女性なのでしょうけど、アリエノール様もサツキもそのあたりは全く気にならないようですね」
「妖精だしな、そんなものだろう」
「そうですね」
ユレシアとエミールは頷きあう。
ここに他の誰かがいたら、「その結論は何だ?」と言われてしまいそうだが、ユレシアとエミールからすると、「妖精だし、仕方ない」で腑に落ちてしまっていた。
「ああ、それで、今後なんだが……」
エミールは、明日、マイルズをこちらに呼ぶことと、おそらくヴァルモン公爵の聞き取りは明後日になるだろうことを話した。
「聞き取りが明後日とは……、さすがです……」
ユレシアは素直に褒めてから、目上の伯爵に失礼だったと頭を下げた。
「申し訳ありません……」
「ユレシア君は少々素直すぎるな」
エミールは笑う。
「そうでしょうか……?」
「ああ、テシア君もキサラ君も素直な好青年だし、イルベルト男爵の人柄だろうな。……そういえば、お父上には後継の件は連絡したのか?」
家族を褒められると何だかくすぐったい、とユレシアは思いつつ、「はい」と答えた。
「第2王子の件と後継の件で、立て続けに手紙を送ったので、もしかしたら混乱しているかもしれませんが……」
ガレシアが2通の手紙を手にして、「バカ息子が!」と言っている光景が目に浮かぶ。
「この件が落ち着いたら、話し合いの場を設けないとな……」
エミールがそう言った直後だった。
ドアがノックされ、ランドン伯爵家執事の声が響く。
「旦那様、イルベルト男爵様がおみえです。約束はないとのことですが、どうされますか?」
ユレシアとエミールは顔を見合わせた。
「すみません、父が来てしまいましたね……」
「ちょうどいいか……。応接室に案内してくれ」
ユレシアとエミールは、立ち上がったのだった。




