67.サツキとアリエノールの再会
サツキが怖い夢を見て泣きじゃくった日の朝食後、ランドン伯爵家別邸の食事部屋で、全員を集めて、サツキとアリエノールを対面させ、話をすることになった。
2人きりより、大勢の方が安心だろうというエミールの計らいである。
とはいえ、ここで言う全員とは、エミール、アリエノール、カロリーヌ、ルル、テシア、キサラ、ユレシア、サツキの8人である。
エミールとアリエノールが家長席に並んで座り、エミール側に縦にカロリーヌ、テシア、ルル、アリエノール側にサツキ、ユレシア、キサラが着席した。
ちなみに、エルレンは屋敷の玄関まわりを警備し、マイルズはこのメンバーだと緊張するだろうとアリエノールとの面会は別日に設定している。
「アリエノール様、ルナベル様です。別の世界でサツキと名付けられ、私たちもサツキと呼んでいます」
エミールの紹介に、サツキはアリエノールにペコリと頭を下げる。
「サツキ、アリエノール様だ。正真正銘、サツキの母親だ」
アリエノールもサツキに軽く会釈する。
親子なのに、どう見ても雰囲気が固いが、外野がアレコレ言う場面でもないので、全員押し黙っている。
「ル、ルナベ……」
「母! 会えるうれしいです!」
サツキの意を決した挨拶に、全員がガクッとなる。
「ち、ちょっといいか? ユレシア君! 母と呼ぶのはおかしいだろう! 何故ちゃんと教えておかないんだ!」
エミールはユレシアに責任転嫁する。
「申し訳ありません。イルベルト家には母がいなかったもので、サツキは見聞きしたことがないんです」
盲点ではあったが自分のせいにされても困る、と思いながらユレシアは謝る。
サツキはハッとした表情になる。
「母、間違い? おやじさま!」
「ユレシア君!?」
エミールはさらにユレシアを睨む。
キサラは「親父様って……」と吹き出し、テシアが「こら、キサラ!」とたしなめる。
ルルは顔を覆って「私が教えなかったから……」と責任を感じている。
カロリーヌはコホンと咳払いをする。
「エミール様、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか? サツキに挨拶を教えたいと思います」
「あ、ああ。よろしく頼む。アリエノール様、先にお茶を召し上がってください」
エミールは疲れたように言うと、アリエノールを着席させる。
「サツキ、母親は、お母様とお呼びしてください。父親はお父様です。おやじさまではありません」
カロリーヌは優しくサツキに言う。
こういうところは、さすがである。
ユレシアはサツキの言葉遣いに関しては、大体「可愛い」で許してしまっていた。
「はい。おかあさま、おとうさま!」
サツキは素直に復唱している。
「ユレシア、どうせ、サツキが何を言っても『可愛い』とか思ってたんだろー?」
キサラがニヤニヤしながらユレシアをからかってくる。
相変わらず、恐ろしいほど勘が良い。
「サツキはこちらに来てまだ日が浅いのです。抜けは仕方ないでしょう!」
ユレシアは反論する。
「サツキさんが『片言失言妖精姫』なのは、ユレシア様が甘やかすからです!」
ルルまでユレシアのせいにする。
「妖精姫?」
「昨日の失言が酷すぎて昇格させました」
「まじか! ルルさん、面白いねー」
キサラとルルが言い合っている。
気が合っているようだ。
「サツキがたった2〜3ヶ月であんなに話せるのは、ユレシアが誠心誠意教えたからだよ」
テシアはユレシアに笑いかける。
この笑顔と優しさを弟や男ではなく女性に向けていたら、テシアは女性からかなりモテていただろう。
ユレシアは微妙な気持ちで「ありがとうございます」とテシアに言う。
そしてやっと対面の仕切り直しをし、アリエノールとサツキは無事に挨拶を済ませたのだった。
「まあ! バラの妖精と会ったのですね!」
ユレシアは早速、昨夜の出来事をアリエノールに話していた。
チラリとカロリーヌを見ると、ユレシアを睨んでいる。
「ずるいですわ! 何故わたくしを呼ばなかったのですか!」と目で訴えている。
「サツキに触れていると、妖精と話せるのか? それは少々まずいな……」
エミールは考え込んでいる。
ユレシアと同じ考えのようだ。
「それでですね、サツキは妖精と話している間に眠くなり寝てしまい、夢で『妖精の国』に行ったそうなんですが……」
「まあ! わたくしは行ったことはないですわ! さすがルナベルですね」
アリエノールは驚いたように言って、サツキを褒める。
「そ、そうなんですか!? アリエノール様は夢の中で妖精と話す時は、どこでお話しされているのですか?」
ユレシアは「行ったことがない」に驚いていたが、冷静にアリエノールに質問をする。
「妖精が私の夢の中に来てくれるのですよ。毎日来ることもあれば、半年あくこともあるのです。妖精は気まぐれなのですよ」
アリエノールはウフフと微笑む。
ということは、サツキが夢の中で訪れた場所は、アリエノールは知らないということだ。
これでは、サツキがますます不安になってしまう。
「お母様、『妖精の国』、誰もいない、怖い……」
サツキは怖かったことを思い出したようで、目を伏せる。
「そうでしたか……。おそらくいなかったのではなく、見えなかったのでしょう。実は『ルナベル』という名前は、バラの妖精が名付けた名前なのです。ルナベルが自身をルナベルだと思わない限り、視界が開けないのでしょう」
アリエノールも目を伏せて答える。
「それなら、サツキのことは、これから『ルナベル』と呼ぶか? 夢で1人きりはつらいだろう」
エミールの提案に、ユレシアとサツキ以外の全員が頷く。
「ユレシア君は、反対かね?」
エミールは不敵に笑う。
「いえ、反対ではありません。サツキは自身を『ルナベル』だと心から思う必要があります。しかし……」
「しかし?」
ユレシアは、エミールは全て分かっているのだろう、と思いながら話を続ける。
「ヴァルモン公爵もハミルトン公爵も、『ルナベル』という名前を知っています。名前を呼ぶにしても、この家の中だけに止めた方が良いでしょう」
「そうだな。それから?」
本当に意地の悪いオジサンである。
「サツキに触れると妖精と話せるという能力は、まさにヴァルモン公爵が望んだ能力です。これに関しては、絶対に口外してはなりません」
ユレシアの真剣な目を見て、エミールは「ああ」と頷く。
「今ユレシア君が言ったとおり、この件に関しては他言無用だ。近日中に、ヴァルモン公爵家への聞き取りをする予定なので、それまでは確実にサツキを守るようにしてくれ。あと、サツキの身元証明だが、これは全て片付いた後に行いたいと思う」
エミールはサツキを真っ直ぐ見る。
「サツキ、必ず奴隷から解放する。君は私の娘になるんだ」
エミールはどさくさに紛れて、暗にアリエノールと結婚すると言っている。
しかし、サツキは顔を輝かせた。
「わたし、ユレシア様、結婚する! エミール様、お父様!」
「あ、ああ、そっちか。そうなるとややこしいな。いや、サツキの希望は叶えたいから、ユレシア君は婿養子だな」
サツキの希望で、あっさりユレシアの未来が養子から婿養子に切り替わった。
まあ、別に異論はないが……。
「サツキは、本当にずっとユレシア様一筋ですわね」
カロリーヌはそう言うと、微笑む。
「はい! わたし、たらしこまれました!」
サツキは元気に答える。
ユレシアは持ち上げようとした紅茶のカップをガチャンと落とす。
キサラは「やば……」と呟く。
アリエノールは「ええ!?」と声を上げる。
「ち、違うんです、アリエノール様! これは、サツキが間違えて覚えてしまっただけで、たらしこんでは……」
「あ! たぶらかされました、でした!」
ユレシアは弁解をしようとしたが、さらに状況が悪化する。
「サ、サツキ! ちょっとキサラ兄さんから聞いたことは忘れて!」
ルルは「恐るべし片言失言妖精姫……」と呟いている。
「アリエノール様、ご安心ください。ユレシア様はサツキに不誠実な事は一切しておりませんわ」
見かねたのか、カロリーヌが助け舟を出してくれる。
アリエノールは小さく頷いた。
「はい。存じております。妖精が教えてくれていましたので……」
なんだって!?(4回目)
一体何を教えたのだ!?
「公国の純血」にはプライベートはないのか!?
ユレシアが愕然としていると、サツキは思い出したような顔をした。
「妖精さん、昨日夜、お母様、取り込み中、教える!」
「な、なんだって!?」
エミールが青ざめて叫ぶ。
5回目はエミールか、とユレシアは同情の目を向ける。
カロリーヌたちは、なんとなく、目を泳がせている。
「まあ、妖精はおしゃべりですわね」
特に気にした様子もなく、アリエノールは微笑む。
やっぱり妖精母娘だ。
人間が気になることは、気にならないのだ!
というか、これから毎回妖精にバラされるのだ!
不意に目が合ったユレシアとエミールは、深い溜息をついたのだった。




