66. 沙月の夢とユレシアの欲望
沙月は夢の中で、妖精の国にいた。
突然、何言ってるの? て感じだけど、実際そうだから仕方ない。
妖精の国がどれくらいの広さか分からないが、沙月のいる場所は、ひらけた丘の上で、上半分は青に白を多めに混ぜたような薄い水色の空、下半分は色とりどりの花が咲いている、いわゆるお花畑だ。
なんて、綺麗な場所なんだろう。
ここに、今日ユレシアが買ってくれた画材道具を持ち込んで、ひたすら絵を描きたい。
青と白が足りないかも。
お花畑を描くのは、骨が折れそうかも。
沙月は視線を遠くから近くに変えて、足元の花を見る。
花の種類には全く詳しくないが、白い花びらの花と黄色の花びらの花が多く咲いている。
そういえば、妖精はどこにいるのだろう。
出来ればもう少しお話をしたいところだ。
バラの妖精と言っていたから、バラを探せば会えるのだろうか。
それとも、名前、だろうか。
沙月は自分のことを「ルナベル」だとは思っていない。
頭では理解しているが、全く「ルナベル」が染み付いていないのだ。
さっきは、ユレシアが可愛いと言ってくれて、それなら「ルナベル」でもいいかなぁと思っただけなのだ。
沙月は少しウロウロと歩いてみた。
しかし、誰もいない。
というか、妖精に会えなくて、この場所にいる意味あるのだろうか?
ここで、アリエノールやもう1人のニイナ? に会えるのだろうか?
いや、会えるのなら、アリエノールとニイナは知り合いのはずだ。
ユレシアの話だと、アリエノールはニイナが「公国の純血」とは知らなかったみたいだ。
綺麗な場所だとは思うけど、絵を描ける訳じゃないし、今夜はユレシアとゆっくり過ごそうと思っていたし、ここにいる意味がない。
「帰りたいでーす」
沙月は、日本語で小声で言ってみる。
もちろん、何の反応もない。
「おーい! だれかいませんかー?」
風の音さえしない。
「ルナベルだよー!」
沙月は少し照れながら言ってみる。
あれ? これ、やばくない?
目が覚めるまで待つ感じ?
いや、目、覚めるのかな?
ユレシア、隣にいるかな?
「ユレシア! 起きたい! 起こして!」
沙月は、なるべく大きな声を出した。
でも、何も変わらない。
「ユレシア! ユレシア!」
叫んでみても、何も変わらない。
ここが本当に妖精の国なのかも、分からない。
夢の中かどうかも自信がなくなってきた。
ルナベルは特別な力を持って産まれてきたと聞いたけど、こんな状態では、なんの意味もない。
飛び降りる場所も木もない。
『移動』も沙月の意思では出来ないのだ。
「ユレシア! ユレシア!」
沙月はただひたすら、ユレシアの名前を呼び続けたのだった。
サツキのうなされる声が聞こえて、ユレシアは目を開けた。
おそらく真夜中、あたりは真っ暗な闇とベッドサイドの小さなランプの灯りだけ。
「……う、ううっ……、ユレシア……」
その灯りでサツキを照らすと、サツキは泣きながらユレシアを呼んでいる。
「サツキ!? どうしたの!? サツキ!!」
ユレシアは慌ててサツキの体を揺する。
かなり強く揺すったからか、サツキはパッと目を開ける。
「大丈夫、サツキ? うなされていたから起こしちゃったけど……」
ユレシアが声をかけると、サツキの瞳から涙があふれ出し、ユレシアにガバッと抱きついた。
「こ、怖い、誰もいない、怖い!」
サツキは「怖い」を繰り返し言うと、うわぁっと泣き出した。
ユレシアは、ただ、震えるながら泣くサツキをずっと抱きしめて、「大丈夫、俺はここにいるよ」と、サツキが落ち着くまで言い続けた。
どれぐらい経ったのだろう。
微かに窓の外の闇に薄白が混じってきている。
サツキの涙と鼻水で、ユレシアの夜着の胸のあたりと袖が濡れている。
「ユレシア、ごめんなさい、ごめんなさい……」
サツキは長時間泣いたことと、ユレシアの服を汚してしまったことを謝っているのだろう。
しかし、もともと泣きじゃくるサツキを甘やかそうと思っていたことが少し変わった形で叶っただけなので、ユレシアにとっては何も問題はなかった。
それより、サツキの夢の中の「誰もいない怖い場所」だ。
これに関しては、何も分からないユレシアが、せっかく落ち着いたサツキに今尋ねるのは得策ではない。
アリエノールに尋ねた方がいいだろう。
「サツキ、何も気にしなくていいよ。もう眠らなくていい。みんなが起きる時間まで、ずっと話をしよう」
「ずっと話、いいの?」
「うん。俺はサツキとずっと話していたい」
サツキはホッとした表情になる。
相当怖い夢だったのだろう。
しかし、「ずっと話」と言ってしまった、とユレシアは少し後悔していた。
キスさえも出来ない状況に、自らしてしまったのだ。
もちろん、怖い思いをしたサツキを押し倒そうとは思わないが、おあずけをくらった分、モヤモヤするというか……。
何だか前から思っていたが、割と自分最低だなとユレシアは溜息をついた。
「ユ、ユレシア、寝る、いいよ!」
ユレシアの溜息に気付いたサツキは、慌ててユレシアから離れる。
「ち、違うんだ! これは、話したくないっていう溜息じゃなくて、その、えーと、……したかったなぁって……」
最低だ。
聞き取れないくらい、語尾を小声にしたが、言ってしまったこと自体、最低である。
「みんな、起きる時間まで、する!」
聞こえたのか、サツキは堂々と「する」と言う。
「いや! 俺の言うことは間に受けなくていいから! ほら、話をしよう! テシア兄さんの話はどうかな……」
ユレシアが言い終わる前に、サツキはユレシアにもう一度抱きついた。
「ユレシア、しよ?」
「え、えーと、だからね……」
「ユレシア、いや?」
上目遣いに、このセリフは犯罪モノだ。
サツキは結構、分かっていてやっている。
幼く見えるけど、当然だが中身は子どもじゃない。
こんな表情、子どもでは出来ない。
ユレシアを一発でダメにする、魔性の女性だ。
「いやじゃない……」
ユレシアは呟くと、サツキにキスをした……。




