65.ユレシア、妖精に会う
ランドン伯爵家別邸のユレシア用の客室で、ユレシアは必死に口と手を動かしているサツキを見ていた。
「ユレシア様、大好き、テシア様、違う! 強い、関係ない、カッコいい、言ってない!」
実は、すでに誤解は解けている。
カロリーヌとルルは、気を利かせて(呆れて?)だいぶ前に退出している。
確かに先程、サツキに「いらない」と言われた時は、ユレシアの目の前が真っ暗になった。
しかしそれは、「ユレシアに甘える時間がいらない」という意味だった。
テシアをすごいと思ったのは本当らしいが、好きになったという意味ではなかった。
そう、誤解は解けているのだが、サツキは一生懸命片言で説明を続けているのだ。
はっきり言って、可愛い。
何回も、ユレシアが好きだと言っている。
サツキは、公国の姫ルナベルで、特別な力を持っているのに、ユレシアだけの妖精なのだ。
「ユレシア様、分かった!?」
息を切らしながら、サツキがきいてくる。
分からないと言ったら、また頑張って説明するのだろうか。
それも捨てがたいが、これ以上は可哀想か。
「うん。分かったよ」
ユレシアが微笑むと、サツキはホッとした表情になる。
「じゃあ、アリエノール様、いく!」
「ま、待った! 顔合わせは明日にしようってエミール様とも話してあるんだよ!」
すぐに立ち上がるサツキの腕をユレシアは掴んだ。
顔合わせを明日にしたのは、アリエノールもいろいろあり疲れているし、サツキがすぐに受け入れられないと思っていたからだ。
しかしサツキは、公国とアリエノールの事情をしっかり理解し寄り添おうとしている。
苦労をしてきて、「父、母、許す、ない」とまで言っていたのに、ユレシアやエミールが思うより、サツキはずっと大人だった。
ただ、ユレシアとしては、今夜は泣きじゃくるサツキをベタベタに甘やかそうと思っていたので、少し残念ではある。
「ユレシア様、ありがとございます」
気を遣ってもらったと分かったのか、サツキはユレシアにお礼を言う。
「いや、まあ、殆どエミール様が決めたんだけどね……」
ユレシアは苦笑しながら、エミールには敵わないと思っていた。
結局全て、エミールの手のひらの上だった。
後継であるユレシアが正しい答えを出せるかどうかという試験も兼ねていた気がする。
しかも、2人の兄を手の内に入れるところまで計算されていた。
「ユレシア様?」
「あ、いや、何でもない。今日はサツキと同室でもいいと言われてるから、ゆっくり過ごそう」
ユレシアは、サツキを引き寄せて抱きしめる。
サツキもユレシアの体に手を回す。
これは、絶対にいける。
明日からまた大変になるし、このまま……
ユレシアがサツキに顔を近づけようとすると、サツキは「ユレシア様」と声を出した。
「ん?」
「わたし名前、サツキままでいい?」
サツキは少し不安そうに言う。
「そうだね……。俺はサツキのままでいいんだけど、それは明日アリエノール様と話そうか。まあ、ルナベルも可愛いけど……」
「可愛い?」
サツキはふふっと笑う。
「うん、可愛い。ルナベル……」
「ユレシア……」
ユレシアとサツキが、名前を呼び合ってキスをしようとしたその時だった。
ぶわっと風が吹いて、ユレシアとサツキの上にハラハラと淡いピンクの花びらが舞ったのだ。
『!?』
2人はキスを忘れて呆然とする。
そもそも、風が吹くこと自体おかしい。
警戒のために、窓は閉め切っているのだ。
花びらもおかしい。
ランドン伯爵家別邸の庭には、今花が咲いている植物はなかった。
「やっと名前がもどった! これでルナベルと話せるよ!」
斜め上から、子どものような声が聞こえた。
ユレシアとサツキが声のする方を見上げると、そこには、ユレシアの手のひらくらいの大きさの、淡いピンクの髪と瞳、同色のヒラヒラとした服、同色の透き通った大きな羽を背中につけた、女の子? が浮いていた。
『妖精……?』
ユレシアとサツキが同時に呟く。
「うん! バラの妖精だよ! アリエノールに頼まれてルナベルをずっと見てたんだ!」
ユレシアは、自分自身に、「落ち着け」と言い聞かせていた。
妖精が見える、話せる。
ヴァルモン公爵だったら、小躍りして喜ぶ場面だ(会ったことはないが)。
チラリとサツキを見ると、呆然としたままである。
ここは、ユレシアがしっかりしないといけない!
「バラの妖精さん、質問してもいいでしょうか?」
ユレシアは努めて冷静に、バラの妖精に話しかける
「いいよー」
「何故私まで、妖精さんと話せるのでしょうか?」
妖精と話せるのは、「公国の純血」だけだ。
しかも、夢の中限定のはずだ。
「ルナベルに触ってると見えるし話せるんだよ! ルナベルは、そういう子なんだ!」
なるほど、原理は分からないが、そういう子なのか。
つまり、妖精との橋渡しが出来ると……。
これは、おそらく、マズイ。
「妖精さん、一緒に、アリエノール様のところへ参りましょう」
「いいけど……、アリエノールは、今は取り込み中っていうか、行くとジャマっていうか……」
「なんだって!?」
あのオジサン、アリエノール様を休ませるとか言ってなかったか?
早速何してくれちゃってるんだよ!?
ユレシアが呆然としていると、正気に戻ったサツキが「あ、あの」と妖精に話しかける。
「妖精さん、アリエノール様、いつ終わる?」
「そこ冷静に尋ねるんだ!?」
ユレシアは素直に驚く。
「わかんないよ。ルナベルだって、けっこう長いじゃん」
「なんだって!?(2回目)」
まさか、まさか、妖精に、見られていた?
そういう事を!?
ユレシアが愕然としていると、サツキは特に表情を変えずに「そっか」と言う。
「ユレシア様、アリエノール様、朝、言う」
「……なんで、冷静……?」
ユレシアは、こんなに動揺しているというのに、サツキは平然としている。
やっぱり、妖精だからか。
カロリーヌに全て話してしまうのも、妖精だからなのか。
「妖精さん、わたし、にもつ、どこ?」
ユレシアの動揺をよそに、サツキは話題を変えている。
「こっちにあるけど、渡せないよ? あの世界の物は、この世界には持ち込めないんだ。逆も同じ」
「そっか……。あるなら、いい」
サツキは納得したように微笑む。
やっぱり、サツキは移動の際、どこかを経由していたのだ。
サツキに記憶がないのは、名前がルナベルではなかったからなのかもしれない。
「あの、妖精さん。私もルナベルと一緒なら、その場所に行けるのでしょうか?」
行きたいわけではないが、好奇心でユレシアは尋ねてみる。
「無理だよー! アリエノールだって、ニイナだって夢の中だけでしか話せないんだから!」
「……! ニイナって、ニイナ・ハミルトン!?」
ユレシアは大声を出す。
「そうだよー」
バラの妖精は悪気なく答える。
やはり、ハミルトン公爵の娘は「公国の純血」だった!
「……ユレシア様、わたし、眠い……」
ユレシアの腕の中のサツキが、ユレシアに体重をかけていく。
「え? この状況で!?」
「ああ、妖精と話せる子は基本、夢の中だからね。眠くなるのかも?」
「な、なんだって!?(3回目)」
まだ、何も、キスさえもしてないのだが!?
いや、全てのアレコレを妖精に見られているのなら、そもそも、もう、出来ないのでは!?
ユレシアが考えている間に、サツキはユレシアに完全に寄りかかり、寝息を立てている。
「本当に寝ちゃった!?」
ユレシアが叫んで斜め上を見ると、先程までいたバラの妖精はどこにもおらず、風も吹いておらず、花びらも散らばってはいなかった。
もしかしたらサツキは、夢の中で、再び先程の妖精と話しているのかもしれない。
それにしても、これは、あんまりではないか?
エミールはお楽しみなのに、ユレシアはおあずけ状態なのだ。
ユレシアは、サツキをベッドに運んで寝かせると、ベッドに座り、大きな溜息をついたのだった。




