64.沙月、不幸意識からの脱却
王都のランドン伯爵家別邸で、捕縛された7人の男たちを見たエミールは、アッハッハと笑った。
「なんってタイミングだ! これで糾弾する材料が増えたぞ!」
「テシア兄さん、エルレンさん、ありがとうございます」
ユレシアは騎士2人に頭を下げている。
でも、沙月にとっては、襲撃されたことより、キサラの横に立っている女性だ。
女性は沙月と同じくらいの身長で、沙月と同じ髪色と瞳、年齢は40歳前後、何の装飾もない地味な黒いドレスを着ている。
誰に言われなくても分かる。
全てが沙月に似ている。
あの女性は、沙月の母親、アリエノールだ。
「サツキ、話があるんだ。ええと、カロリーヌ様とルルさんも一緒に来てもらってもいいでしょうか?」
ユレシアの言葉に、カロリーヌとルルは神妙な面持ちで頷いている。
「アリエノール様、バタバタして申し訳ありません。ただいま部屋を用意しますのでこちらへ……」
エミールがアリエノールを案内している。
とりあえず、別々に説明するということだろう。
テシアとキサラとエルレンは、捕縛した男たちの処置の話をしているし、使用人たちは部屋のあちこちに付いた血を拭き取っている。
みんな、今やらなくてはならない事をやっている。
沙月も、今やらなくてはならない事をちゃんとやるのだ。
ユレシア用の客室のソファに、ユレシアの隣に沙月、向かい側にカロリーヌとルルが腰掛けた。
この部屋は襲撃に遭っていないので、綺麗なままである。
「サツキも、カロリーヌ様とルルさんも分かったとは思うのですが、先程の女性は公国から亡命されたアリエノール・サヴェル様で、間違いなく、サツキの母親です」
そう言って、ユレシアが話し始めた内容は、沙月にとっても、カロリーヌやルルにとっても、衝撃の事実だった。
ユレシアの話が終わり、沙月とカロリーヌとルルは、ハァと息を吐いていた。
王国と公国の公爵が、妖精に会いたいがために手を組んでいた事。
沙月の本当の名前は「ルナベル」で、捨てられたのではなかった事。
沙月は公爵家同士の結婚により、『移動』能力を持ってしまった事。
アリエノールの家族が殺されてしまった事……。
「ヴァルモン公爵、なんて事を……」
カロリーヌは目線を斜め下に向けて呟いた。
「そんな、ふざけた理由で、公国を混乱に陥れたのですか!? そんな、そんな理由で、サツキさんは家族と離されて……」
ルルは悔しそうに歯ぎしりをする。
「ヴァルモン公爵には、再度公式な手段で聞き取りをします。無罪になど絶対にしません」
ユレシアは毅然とした態度で言う。
「……父、弟、死んだ……?」
沙月はかろうじて、声を出した。
会ったこともない家族が、沙月がこの世界に来たために、殺されてしまった……?
そもそも、沙月の『移動』能力のせいで、19年もずっと内戦をしていたようなもので……。
沙月は自分が不幸だと確かに思っていた。
でもそれは、安全な世界で、「不幸に浸って」いられただけだったのだ。
「アリエノール様は、そうおっしゃったようだけど、詳細は伺ってないんだよ。目の前で殺されたのか、捕まっただけなのか……」
ユレシアは息を吐きながら腕を組んだ。
「わたし、ここ来たから……」
「サツキ、それは違いますわ!」
「サツキさん、聞き取り出来ていませんよ!」
カロリーヌとルルが同時に沙月に向かってピシャリと言う。
ユレシアがふっと吹き出す。
「サツキ、2人の言うとおり、これはサツキのせいじゃない。サツキは何も悪くなくて、被害者なんだよ。私もエミール様も、ヴァルモン公爵とハミルトン公爵を許す気はない」
沙月はユレシアの緑の瞳を見ながら、小さく頷いていた。
決して、自分のせいで、と言いたかった訳じゃない。
でもみんな、先回りして、そうじゃないと言ってくれた。
この世界は、身分制度があって、電気やガスがなくて不便で、嫌な人も結構いるけど、今、沙月の周りにいる人たちは、とても優しくていい人たちだ。
元いた世界は、孤児でも制度が充実しているから安全に暮らせて、スマホやネットがあって便利で、嫌な人がいるところは同じだけど、沙月の周りには優しい人が多かった……。
なのに、気付いていなかった。
みんなよりないものばかりに目がいって、不幸だと思い込んでいた。
この世界でも、18年間1人だったと不幸に浸って、アリエノールの悲しみや苦労に目を背ける……?
自分は可哀想だと泣いて、ユレシアに寄りかかる?
きっとユレシアは慰めてくれるだろう。
沙月を元気づけるために、いっぱい優しくしてくれるのだろう。
でも、それでは、ダメなんだ。
「ルル、後はユレシア様にお任せして、わたくしたちは退出しましょう」
「はい、お嬢様」
カロリーヌとルルは、沙月とユレシアを2人きりにするため、立ち上がろうとする。
しかし、沙月は、その2人を追い越して立ち上がった。
「わたし、ユレシア様(に寄りかかる時間は)、いらない!」
『ええっ!?』
ユレシアとカロリーヌとルルの声が重なる。
「い、いらないって、どうしたのですか!?」
カロリーヌが声を震わせて沙月に問いかける。
「いつもの失言にしてはひどすぎますよ!? ま、まさか、サツキさん、お兄様のイルベルト男爵子息の方が良くなったのですか!?」
ルルはハッとしたように自身の口元を押さえる。
「えっ!? どういう事ですか!? テシア兄さん!? いや、え? 嘘でしょ……?」
ユレシアは顔を覆ってソファに倒れ込む。
沙月は3人の反応を見て、ハッとなる。
何か、言葉を抜いてしまった気がする!?
「確かに! テシア様がお強いと、ボンヤリ見つめていましたわね!」
カロリーヌはポンと手を叩く。
「ユレシア様より、数倍カッコいいと言ってました(ルル的曲解)」
ルルは納得したように頷く。
「うわぁぁ……」
ユレシアはうめき声を上げる。
「ち、違う……」
「これは、テシア様の婚約者であるわたくしもぜひ参戦して、五角関係になりましょう!」
沙月の否定を遮って、カロリーヌは嬉しそうに言う。
「お嬢様! 何故嬉しそうなんですか! ややこしいですよ!」
「ご、ごかくかんけい……!?」
ルルとユレシアは頭を抱える。
「ちがうー!」
沙月は大声で叫んでいた。
確かに、テシアをカッコいいとは思った。
確かに、ユレシアを「たぶん」カッコいいと言った。
でも、「好き」と「カッコいい」は違うのだ。
ユレシアが女遊びしていた過去があっても、兄たちより弱くても、もっと、心の中から、ユレシアのことが好きなのだ。
「ユレシア様、好き! テシア様、カッコいい、好き、違う! ユレシア様、女遊び、弱い、でも好き!」
沙月は必死に弁解する。
これで、伝わるよね!?
「女遊び、弱い……」
ユレシアは顔をひきつらせる。
「つまり、ダメ男が好みということですわね?」
カロリーヌは頷く。
「サツキさん、おめでとうございます。『片言失言妖精姫』に昇格です」
ルルはかわいた拍手をする。
伝わってない!?
カタコトシツゲンヨウセイヒメって何!?
沙月は、ガックリと膝をついたのだった。




