63.沙月、襲われる
王都のランドン伯爵家別邸の沙月とルルの部屋で、沙月は窓の外を眺めて溜息をついていた。
ユレシアとキサラが緊急の書簡とやらで王城に呼び出されてから、すでに5時間以上経っている。
「サツキさん、もう絵は描かないのですか?」
ルルが片付けられた画材道具を見て沙月に尋ねる。
今日はみんなで画材道具を買いに行き、その後、試しに数枚絵を描いて、とても楽しかったのだ。
「ユレシア様、おそい……」
「ああ、心配なんですね。大丈夫ですよ。呼び出したのはランドン伯爵ですし、お兄様もご一緒ですからね」
ルルの言うとおりだ。
でも何だろう、この胸騒ぎは。
すると、窓の外、別邸の入り口に馬車が停まった。
「あ、帰ってきたのではないでしょうか? ほら、行きましょう」
ルルはそう言うと、沙月の手を引いて玄関に向かおうとする。
「ルルさん、待って!」
沙月は大声を出していた。
「どうしたのですか?」
「何か、あぶない!」
根拠はなかった。
でも、誰かが、危ないと教えてくれているような、そんな感覚があった。
直後、玄関の方から、ガシャーンと大きな音が響く。
「サツキさん! ベッドの向こう側に隠れて下さい!」
「カ、カロリーヌ様……!」
「お嬢様はイルベルト男爵令息とエルレンさんと一緒にいますので大丈夫です! むしろ、こちらが危ないです!」
ルルはスカートの中から、ナイフを取り出して構えた。
「ルルさん、かっこいい……」
「そんな事はどうでもいいので早く!」
沙月がベッドの向こう側へ行こうとした瞬間、部屋のドアが乱暴に開き、鼻から下を布で隠した男が3人入ってきた。
「いたぞ!! 公国の女だ!!」
男の1人が叫ぶ。
完全に、沙月狙いだ!
本当に狙われていたんだ!
ルルはナイフを構えるが、男2人にすぐに捕えられる。
「ルルさんっ!!」
「サツキさん、逃げて……」
その直後だった。
テシアとエルレンの姿が開け放たれたドアから入ってきたかと思うと、目にも止まらないほどのスピードで男3人を斬り捨てたのだ。
「エル、ここを頼む!」
「はい!」
テシアはそう言って部屋の外に出たかと思うと、数名の男たちの叫び声が聞こえてきて、1分も経たないうちに戻ってきた。
その横にはカロリーヌもいる。
「ルル、サツキ、大丈夫ですか!?」
カロリーヌはルルと沙月に駆け寄ってくる。
沙月はぼーっと血まみれで倒れている男たちと、テキパキとエルレンや使用人に指示を出すテシアを見ていた。
つ、強すぎる……!?
何? あの、スピードとパワー?
これ、少年漫画の世界ですか!?
「サツキ、大丈夫ですか?」
カロリーヌが心配そうに沙月を覗き込む。
「あ、テシア様、つよい……」
沙月は何とか声を出す。
「そ、そうですよね! 私も驚きました! ユレシア様のお兄様とは思えないくらいかっこよかったです!」
ルルは何故かユレシア批判を交えてテシアをべた褒めする。
「あら、2人とも、テシア様はわたくしの婚約者でしてよ?」
カロリーヌは意地悪く笑う。
「カロリーヌ様、サツキは大丈夫でしょうか?」
テシアは何故か沙月ではなくカロリーヌにきく。
「大丈夫のようですわ」
「良かった。サツキに何かあったら、ユレシアに顔向けできませんからね」
テシアはホッとしたように笑った。
ルルではないが、これは、かなりカッコいい……!?
でも、テシアの恋人はエルレンなんだよなぁ……。
まあ、エルレンも、カッコよかったけど……。
「……どうしてあの2人が恋人同士なんでしょう。恋人のいない女性を何だと思っているのでしょうか……」
ルルが悔しそうに呟く。
「分かる!」
同意した沙月をルルはキッと睨んだ。
「サツキさんはユレシア様がいるじゃないですか! あんまりカッコよくはないですけど!」
「ユレシア様、カッコいい! たぶん!」
「あんなに好きなくせに『たぶん』って言いました!? 片言失言妖精がっ!」
「2人ともおやめなさい!」
ルルと沙月の言い合いをカロリーヌが呆れたように止めた時だった。
別の馬車がランドン伯爵家に到着し、使用人たちが「間違いなく伯爵家の馬車です!」と言っているのが聞こえた。
どうやら今度は本当にユレシアたちが帰ってきたようだ。
先程のような、危ないという感覚、いや、声? が全くない。
あれは、何だったのだろう……。




