62. 19年前の失踪事件
「つまりですね、元ヴァルモン公爵令嬢であった王妃が、『公国の純血』は妖精と話せるらしいということを、兄である現在のヴァルモン公爵に言ってしまったのですよ」
レイサム王のいない王の私室で、王の甥で側近でもあるルーファス・レイサムはテーブルに置かれたお菓子を食べながら、半ばヤケクソに言う。
「そんな事は想像がついてますよ。何が狙いかって事ですよ」
エミールはルーファスと同じように、お菓子をモグモグと食べながら話す。
「エ、エミール様、先程もかなりの量を食べていましたよね? 大丈夫なのですか?」
アリエノールが心配そうにエミールに尋ねる。
「考えを巡らせるとお腹が空くんですよ。アリエノール様もどうぞお食べ下さい。ユレシア君とキサラ君も食べるといい」
「王家の菓子を何故エミール殿が勧めるのですか!?」
「これだけ出しておいて余らせる道理もないでしょう!」
エミールとルーファスが言い合いになっている。
ユレシアとキサラは顔を見合わせて溜息をついた。
はっきり言って、お菓子を食べる気持ちにはなれない。
アリエノールは言われたからなのか、丸い焼き菓子を手にとっておずおずと口に入れる。
どうやら美味しかったようで、表情がパァッと輝く。
この顔、美味しい食べ物を食べた時のサツキにそっくりである。
なるほど、サツキはもう少し大人になったらこんな感じになるのか。
かなり、良い。
楽しみである。
「ユレシア君! アリエノール様を口説くのはやめてくれよ!?」
エミールが呆れたようにユレシアに言う。
ずっとアリエノールを見ていたことがバレていたようだ。
「いえ、さすがにそんな不敬は致しません。正直、かなり好みではありますが……」
「うお! さすが『天然タラシ』!」
キサラはニヤニヤと笑っている。
「ユレシア君! サツキに言いつけるからな!」
「言いつけ!? エミール様こそ、サツキにデレデレじゃないですか! 何ですか! 私とサツキを2人きりにするなという指示は!?」
今度はエミールとユレシアが言い合いになる。
「あ、あの! お話が進みません!」
アリエノールは大声を出した。
全くその通りである。
ユレシアとエミールはしゅんと黙る。
「あー、それでですね、ヴァルモン公爵は、ぜひ妖精に会ってみたいと思ったらしいのですよ。で、留学中のカール・ハミルトンにその話をしたところ、会う事は出来ない、夢の中で話せるだけだと聞いたと」
ルーファスは冷めた紅茶をごくごくと飲む。
「何となく、見えてきましたが……」
エミールは頭を押さえる。
「諦めきれなかったヴァルモン公爵が公国の歴史を調べたところ、公爵家同士の婚姻が一切ない事に気付き、もしかしたら公爵家同士の子どもが産まれたら、妖精に会える力を持った子になるのではと思い……」
「ま、待って下さい! そんなくだらない理由なんですか!?」
ユレシアは大声を出して、ルーファスの話を遮った。
本来なら王の甥であるルーファスの話を遮るなんて、不敬に当たる。
しかし、ルーファスはユレシアをチラリと見て、ハァと息を吐いた。
「そうして産まれた子どもであるルナベル様をヴァルモン公爵はハミルトン家の家臣のふりをして、カール・ハミルトンと共に見に行ったそうですよ。でも挙動が不審すぎて、サヴェル公爵に怪しまれ、そうこうしているうちに、ルナベル様は消えていたと……」
「うわ、くだらな……」
キサラがボソッと呟く。
「で、では、サツキ……ルナベル様の命を狙うつもりも、攫うつもりもなかったということですか!?」
ユレシアが震える声でルーファスに尋ねると、ルーファスはさらに深い溜息をついた。
「先日の聞き取りではそう言っていたよ。本当かどうかは分からないが……」
「な、なんだそれは!? サツキが異世界で1人で……」
「サツキが1人でどれだけ苦労したと思っているのですかっ!?」
エミールの言葉を遮って、ユレシアはローテーブルをバァンと叩いた。
カップの紅茶はこぼれ、皿の菓子は浮き上がる。
「親がいなくて、全てを諦めて、働きながら学校へ通って、安全な世界だったかもしれないけど、サツキにとっては辛い事ばかりだったんだ!」
王の私室はしんとなる。
アリエノールは、カタカタと震えている。
「わ、わたくし、ルナベルは命を狙われたとばかり……。その件から、ハミルトン公爵家とも敵対して……、だから、こちらに戻らない方が良いと……」
ユレシアはハッとしてアリエノールに頭を下げた。
「も、申し訳ありません! アリエノール様を責めた訳ではなく、アリエノール様も被害者で……」
「アリエノール様、私からも謝罪させて下さい。彼は少々ルナベル様に思い入れが深いのです」
エミールも頭を下げると、アリエノールは微笑んだ。
「ルナベルは、大切にされているのですね……」
ユレシアは皿から飛び出したお菓子を下を向いたまま元に戻した。
考えなしに発言して、アリエノールを傷つけてしまった。
怒りを向けるべき相手は、王国のヴァルモン公爵と公国のハミルトン公爵であって、アリエノールではないのだ。
「ルーファス様、話の進行を私が務めてもよろしいですか?」
エミールはルーファスを見る。
「ああ、お願いする……」
ルーファスはバツが悪そうに呟く。
「この19年前のルナベル様失踪事件をきっかけに、公国ではサヴェル家とアリエノール様の生家であるハイクロフト家がハミルトン家と敵対します。ヴァルモン公爵は体裁の悪さから、ハミルトン家を援助し続けます。ここで先程ユレシア君が言っていた『公国の純血』の存在が重要になります」
エミールはそう言うと、アリエノールを見た。
「アリエノール様、ハミルトン家に女児が産まれたのではないですか?」
「え、あ、はい。10年程前に産まれたと聞いています。ただ敵対していましたので、拝見した事はありませんが……」
アリエノールは、少し考えて、目を見開いた。
「まさか、そのハミルトン公爵令嬢が、『公国の純血』を持っていた……!?」
ユレシアとキサラとルーファスも表情を変える。
「おそらく、その可能性が高いです。ハミルトン公爵令嬢は妖精との対話で、ルナベル様が異世界で生存している事を知ってしまった。そして親であるハミルトン公爵に伝えた。公爵令嬢には何ら悪気はなかったとは思いますが、ハミルトン公爵はさぞ驚いたでしょうね」
「では、ルナベルがこちらに戻ってきた事も……」
「はい。娘から聞いて知っていたと思われます。そして、ルナベル様の未知の力を心から恐れた。19年にも及ぶ冷戦で、ハミルトン公爵は心身ともに疲れ切っていた。サヴェル公爵家を滅ぼせば、解放されると思ってもおかしくはありません」
再び室内がしんとなり、アリエノールのすすり泣く声だけが響く。
「……エミール様、でしたらやる事は2つですね」
ユレシアは押し殺した声で言う。
「ああ、ヴァルモン公爵家とハミルトン公爵家の断罪だな……!」
エミールはアリエノールから「面倒くさい」と言われた顔をして断言したのだった。




