61.ユレシア、呼び出される
王城にいるエミールから緊急呼び出しの書簡を受け取ったユレシアは、キサラと共に王城にいた。
そして案内された場所は、なんとレイサム王の私室である。
「まじかぁ……」
小声で呟くキサラに、ユレシアも思わず頷く。
エミールからの書簡には、騎士1人を伴い、至急ユレシア・イルベルト王城へ来られたし、ということが書かれていた。
騎士の指定はなかったが、キサラがユレシアの不在時にサツキに余計な事を教えそうだったので、キサラと一緒に来たのだった。
「失礼いたします。ユレシア・イルベルト、仰せによりただいま馳せ参じました」
「レイサム王国第3騎士団所属、小隊長キサラ・ロウラン、同じく参じました」
ユレシアとキサラが緊張を滲ませた声で言うと、ドアが開きエミールが出てきた。
「すまないね。入りたまえ」
とても広く豪華な部屋には、エミールの他に姿勢の良い30代の男性とソファにうつむいて座っている女性がいる。
レイサム王はいないようだ。
少しホッとしたユレシアをキサラが肘で小突く。
「王家のルーファス・レイサム様だ」
「……!?」
キサラに続いてユレシアはサッと跪く。
「いや、少々込み入っているから、そういうのは今日はいい。エミール殿、早く本題に入ってください」
ルーファスは時間を惜しむように早口で言う。
「はい。ユレシア君、キサラ君、紹介するよ。フィロリア公国の元女公、アリエノール・サヴェル様だ」
「……え……?」
ソファから立ち上がって軽く会釈をする女性は、淡い栗色の髪で、顔立ちはユレシアがよく知っている女性、サツキに酷似していて、サツキよりかなり品のある、エミールと同年代の女性だった。
ユレシアとキサラは、今まで座った事がない金糸が施された豪華なソファに座り、エミールの話を聞いていた。
エミールの隣に座っているアリエノールとその隣に座ったルーファスは、終始黙っていた。
「それでだ、何故ユレシア君を呼んだかというと、サツキへの説明とフォローをお願いしたいからだ」
それは、分かる。
実の母親が、父親と弟は殺されたと亡命し、身元を証明出来ないと言っているのだ。
会ったこともない家族とはいえ、こんな話、サツキは平常心で聞けないだろう。
しかし、何か、おかしい。
エミール・ランドンは、この「おかしさ」に気付いていないのだろうか。
アリエノールと再会して、エミールも平常心ではないのだろうか。
「失礼ながら、発言してもよろしいでしょうか」
ユレシアは、エミールにというよりは、アリエノールとルーファスに向けて言う。
「はい……」
アリエノールは短く返事をし、ルーファスは黙って頷いた。
「まず公国の内乱ですが、何故、ハミルトン公爵家が力を持ったのでしょうか。他国と殆ど関わりがない公国で、突然内部だけで力を持つのは不可能に近いです」
「……はい」
ユレシアの発言に、アリエノールは再び短く返事をし、ルーファスは少し眉を動かした。
「サ……ルナベル様が強い力を持っていたのは、血の濃い公爵家同士の御子だったからと思われますが、私の存じているルナベル様は、妖精と対話はしておりません。ルナベル様の能力は、女公様とは全く性質が違うように思います」
「……すでに女公ではございません。アリエノールとお呼び下さい……」
「かしこまりました……」
ユレシアはエミールをチラリと見た。
傷ついているアリエノールに、質問を浴びせる事は、ユレシアもしたくはない。
しかしエミールは、目を閉じている。
「アリエノール様、フィロリア公国に、他に『公国の純血』の女性はいらっしゃるのでしょうか? それによって、この内乱の中身が変わると思うのですが……」
「ユレシア・イルベルト! 貴殿はエミール殿に言われたことだけすればよいのだ!」
ルーファスがユレシアを一喝する。
出過ぎたか。
しかし、サツキへの説明とフォローだけなら、王の私室にわざわざ来る必要などないのだ。
「もちろん、それもいたします。王国は、内乱の発端が王国にもある事を、アリエノール様に説明しないおつもりなのですか?」
「お、おい、ユレシア……」
キサラがユレシアの服を引っ張る。
ルーファスは顔色を変えた後、エミールを睨んだ。
「エミール殿! どういうおつもりですか!?」
「ルーファス様こそ、どういうおつもりなのですか? 関わっていたのに、関わらないおつもりですか? 私にアリエノール様を託して知らぬ存ぜぬですか? ユレシア・イルベルトは私の後継であると共に、ルナベル様の恋人です。避けては通れませんよ?」
エミールは不敵に笑う。
王家によくこんな口がきけるものだ、とユレシアは内心ハラハラとしていたが、顔に出さないように努めていた。
「ど、どういう事でしょうか……?」
アリエノールの声が震えている。
「アリエノール様、ハミルトン公爵家が力を持ったのは、カール・ハミルトンが王国に留学した際に関係が出来たヴァルモン公爵の力添えがあったからなのですよ。あれだけ留学終了後は公国と関係を持つなと言われていたのに、ヴァルモン公爵は何を見返りに約定を破ったのでしょうね?」
エミールは、アリエノールではなくルーファスを見る。
「……そんなこと王家は……」
「レイサム王は私と話したくないと早々にご退出されました。王家は最近まで知らなかったのかもしれませんが、そうだとしても責任はありますよね。三つ巴状態だった公爵家の一つが力を持ちだしたら、残る二つは手を結ばざるを得ない。公国が公爵家同士の婚姻を今まで避けていたのは、力の均衡が崩れる事を恐れていたからではなく、血が濃すぎると、本当の純血が産まれてしまうから……ということを、何故ヴァルモン公爵家が知っているのでしょうか……?」
「……エミール殿、証拠がない事をこれ以上言うのであれば……」
ルーファスはエミールを睨むと、スッとベルのような物を胸元から取り出し、チリリと鳴らす。
ユレシアの隣にいたキサラの顔色が変わる。
「捕えますか?」
エミールは冷静にルーファスに言う。
数秒後、3人の騎士が王の私室に入ってくる。
これは、マズくないか!?
ユレシアとエミールはともかく、反乱の意思などないのに、このままでは騎士であるキサラが……
「キ、キサラ……!?」
3人の騎士の中の1人がキサラを見て愕然とする。
「あー、すんません。流れでこっち側なんですけど、捕えるのなら抵抗しますが……」
キサラは騎士なのにアッサリと王国と対立するような発言をする。
「に、兄さん、それは……」
「いや、今はランドン伯爵に雇われているし、俺もテシア兄さんも、理由が何であれ、弟を裏切るなんてあり得ないんだわ」
そう言うと、キサラはスッと立ち上がる。
いや、イルベルトでは、確かに家族を大事にがモットーだが、キサラはすでにロウラン子爵家の婿養子なのだ。
ユレシアが何とかしなくてはと立ち上がると先程の騎士が「ルーファス様!」と叫んだ。
「恐れながら申し上げます。我々3人では、キサラには敵いません! もし捕縛をとのことでしたら、人数を増やしていただきたいです!」
「な、なんだって……!?」
ルーファスは驚愕の声を上げる。
もちろん驚いたのは、ルーファスだけではない。
ユレシアも「はあ?」とキサラと騎士3人を見比べる。
エミールだけは口元を押さえて肩を振るわせている。
「エミール殿! 貴様……!?」
「いえ? 私は騎士の指定はしていませんよ? 書簡は出す前にご覧になったでしょう?」
ルーファスは完全に鬼のような形相になっている。
「いやあ、キサラ君とテシア君を雇えてラッキーでしたよ。2人は騎士の中でも群を抜いて強いですからね。しかも我が後継のユレシアの実の兄ですし、あ、父上のガレシア・イルベルト男爵も今でも相当お強いですよねー」
エミールはアッハッハと笑う。
ユレシアは、思わずハァーと息を吐いていた。
全て、エミールの計算内だったのだ。
しかし、兄たちは強いとは思っていたが、群を抜いて強かったとは……。
「あの、ルーファス様。全てを教えていただけますでしょうか? わたくしエミール様と1年ほど過ごしましたが、このような顔をしている時は本当に面倒くさいお方なのです」
アリエノールが真顔でルーファスに進言している。
「面倒くさいとは……! アリエノール様とルナベル様はやはり似ておられますね!」
エミールはさらに笑う。
確かに、ぽろっと失礼な事を言うところがサツキと同じだ。
しかし、憧れのアリエノールに面倒くさいと思われていたのに明るいことだ。
ルーファスはあきらかにチッと舌打ちをすると、騎士3人を下がらせ、どかっとソファに座り直した。
「分かりましたよ! 説明いたしますので全員お掛け下さい!」
ユレシアは腰を下ろしながら、とんでもない人の後継に選ばれてしまったと内心頭を抱えていたのであった。




