60.アリエノールの話
レイサム王の私室で、エミールは25年ぶりに再会したアリエノールの話を聞いていた。
王の甥で側近であるルーファスは、すでに事情を知っているらしく、表情を変えずにエミールの隣に座っていた。
「力を持ち出したハミルトン公爵家を牽制するため、わたくしはサヴェル家に嫁ぐ事になりました。公国では公爵家同士の婚姻は初めてでして、この時点で少々騒ぎになりました」
少し落ち着いたアリエノールは、淡々と内乱の発端から話し始めた。
20年以上も前から、もう内乱に向けて歩み始めていたのだ。
「エミール様は、500年前、公国が王国から独立した経緯をご存知でしょうか?」
アリエノールはエミールを真っ直ぐ見る。
「力を持った公爵が独立した……が一番有力な話ですね。後は犯罪を犯した公爵家が追い出された等々ありますが、そんな昔のことまで今回の内乱に関わっているのですか?」
エミールも真っ直ぐアリエノールを見たが、アリエノールは視線をずらしてルーファスを見る。
「……王家では、妖精が安心して暮らせる国をつくるため公国として独立させた……となっております……」
ルーファスは表情を変えずに言う。
「は、はあ?」
エミールは驚きすぎて、貴族らしからぬ声を出す。
「公国でも、公爵家にはそう伝わっております」
アリエノールも平然と言う。
「い、いや、先程、王は妖精は信じていないと……」
「そうですね。実際伝わっているだけで、妖精に会った訳ではありませんし、そもそも王は、第2王子の言うことを信じておりません」
ルーファスはサラッと言う。
第2王子は見捨てられているな、とエミールは苦笑する。
「しかし、500年前の取り決めで、公国は妖精が暮らす国なので、手出しも干渉も無用となっているのは本当です。王家はこれを守り続けています」
ルーファスはアリエノールに向けて言っているようだ。
「はい。ですが、現在の公国では、貴族も公民も、妖精を信じている者はおりません。公国が妖精が安心して暮らせる国をつくろうとしたのは、ほんの100年ほどだったと伝わっております」
アリエノールは目を伏せる。
「100年ですか……。短いですね……」
エミールは呟く。
「そうですね。その原因としましては、妖精と対話が出来た公爵家の女性が寿命で亡くなったためと言われております。その女性が産んだ御子は全員男児で、妖精と対話が出来なかったのです」
「ああ、公国の純血は、女性のみ先祖返りで発現するのでしたね……」
エミールがマイルズから聞いた事を呟くと、アリエノールは驚いた表情をした。
「よく、ご存知ですね。全くその通りでして、妖精と対話出来るのは『公国の純血』の女性だけとされているのです」
「つまり、アリエノール様は、妖精と対話ができると?」
エミールは意地悪く尋ねる。
「はい。夢の中限定ですが……」
アリエノールは微笑む。
エミールの知っているアリエノールは、冗談を言わない。
時折ふわふわとした事を言っていたが、なにせ容姿が妖精のようだったので、エミールの中では「妖精だしな」という感覚だったのだ。
それはサツキにも言える。
サツキは失礼な発言を連発しているが、「妖精だしな」とエミールはどこかで思っているのだ。
というか、それならサツキも妖精と対話が出来るということになる。
……まともにこの世界の人間と対話が出来ていないのに妖精と話せるのだろうか?
妖精にも失言を連発するのではないだろうか……?
「あの、エミール様? やはり信じてはいただけないですよね……?」
アリエノールの声に、エミールはハッとなる。
「いえ、信じます。すみません、私はアリエノール様を妖精だと思っていましたので、妖精と対話が出来る側ということに驚いていました」
「相変わらずお上手ですね」
アリエノールはふふっと微笑む。
本当なんだが、とエミールも微笑む。
「その事を踏まえて……ですね、サヴェル家に嫁いだわたくしは、19年前に女児を出産いたしました」
「……亡くなられたと聞いておりますが……」
エミールはアリエノールより先に言う。
「そう、ですね……。でも、10日程は一緒に過ごしました。そして、その10日程でもはっきりと分かりました。ルナベルは、とても強い力を持って産まれてきてしまったということが……」
「『ルナベル』がその女児の名前ですか?」
エミールがまず名前を気にしたことを、アリエノールは少し不思議に思ったようだ。
「え、ええ……」
「あ、申し訳ありません。強い力とは?」
エミールは『移動』だろう、と思いながらアリエノールに尋ねる。
「信じていただけないとは思いますが、ルナベルは空間を移動する能力を持っていたのです……!」
「はい。移動先は妖精の国でしょうか?」
エミールは普通にアリエノールに尋ねる。
「あの、エミール様、信じるのですか?」
アリエノールの方が面食らった顔をしている。
「私はアリエノール様の言う事は信じますよ。ルナベル様は、亡くなったのではなく、命の危険に際し、『移動』してしまったのですよね?」
アリエノールは口元を手で押さえ息を呑んだ。
「エミール様、どうして……」
「アリエノール様はルナベル様が何処に移動したのか分かるのでしょうか?」
質問を続けるエミールの肩を、ルーファスが掴んだ。
「エミール殿、何か知っておられますね……!」
「ああ、ルーファス様の存在を忘れておりました……。私の知っている事については後でもいいでしょうか?」
エミールはルーファスをチラリと見て言う。
「本当に嫌な方ですね……。アリエノール様、続きをお願いします」
「は、はい。何処に移動したかは、夢の中で妖精が教えてくれました。その場所は、夢の中でわたくしと妖精がよく話した『安全な場所』でした。わたくしは、ルナベルが公国に戻ってきても、また命を狙われると思い、そのまま妖精にルナベルの事をお願いしました。もしその『安全な場所』から再び移動することがあっても、直接公国には戻って来ないようにもしてもらいました……」
アリエノールは一気に話すと、エミールを見た。
「それで、私の領地にしたのですね」
「ルナベルに、ルナベルに会ったのですね!?」
アリエノールは席を立って叫ぶ。
「はい。しかし彼女は身元の証明が出来ず、現在『奴隷』です。『移動』した世界は言葉が違ったため、こちらの言葉はあまり話せません」
エミールの『奴隷』という言葉に、アリエノールは「そんな……!」と言う。
「アリエノール様とルーファス様にお願いがございます。ルナベル様は現在『サツキ』と呼ばれていますが、彼女の身元証明をしていただきたいのです」
エミールはアリエノールとルーファスを順に見る。
「……身元証明は、出来ません……」
アリエノールは、声を絞り出した。
「アリエノール様!? ルナベル様が奴隷でも良いと……」
「奴隷の方がまだ良いです! わたくしの娘だと公国に知られてしまったら、捕えられて殺されてしまいます! 旦那様とコンラッドのように……!」
アリエノールはソファに再び座り、顔を覆って泣き出したのだった。
アリエノールは、話し始める前に、「最期」だと、「生きる資格がない」と言っていた。
殺されたのだ。
最愛の夫と息子である、ベンジャミン・サヴェルとコンラッド・サヴェルは、ハミルトン公爵家に、殺されてしまったのだーー。




