59.エミールと王家
エミール・ランドンは、レイサム王国の王都にある、王城の中にいた。
謁見の間に通されるかと思いきや、王の部屋に通される。
これは、完全に内密のヤバイ話である。
エミールの曾祖母が王家の血筋だったとはいえ、エミールの父は養子である。
すでに王家とは何の繋がりもない。
レイサム現王はエミールの10歳上だが、公爵家には頼めない面倒事を何かとランドン伯爵家に振ってくるクワセモノなのだ。
前伯爵である父とエミールは、ランドン家のツテとコネでその面倒事を解決してしまったことが3回ほどあり、妙に縁が深まってしまった。
エミールは息を吐くと、王の部屋に向かって声を上げる。
「エミール・ランドンです。仰せによりただいま馳せ参じました」
「入るがよい」
王の低い声を聞いた後、エミールは部屋のドアを開ける。
王の部屋はエミールの私室の4〜5倍ほどの広さがあり、壁には金の額縁の絵が飾ってあり、中央に豪華なソファとテーブルがある。
エミールの入室後、すぐに王家付きのメイドが入室し、お茶と色とりどりのお菓子を用意する。
ソファに座った王が片手を挙げると、メイドと騎士が全員退出し、部屋には王とエミールと側近のルーファスだけになった。
ルーファスは王弟の息子、すなわち王の甥である。
王は第1王子より、もちろん第2王子より、甥であるルーファスを信頼しているのだ。
「……失礼ながら、帰ってもよろしいでしょうか?」
「早いな!? 今来たばかりではないか!」
エミールの軽口をいつもの調子で叱りつけ、王はルーファスをエミールの隣に座らせる。
逃げるな、という圧である。
「まずはそちらの話をきこうか……」
「第2王子による、女性拉致をやめさせてください。何とかしてくれという依頼がこちらに来て迷惑です。以上です」
エミールが席を立とうとすると、ルーファスがエミールの肩に手を乗せる。
「王は帰ってよいとは一言も言っておりません」
「存じておりますよ」
エミールは溜息をついてソファに座り直す。
「それについては、本人から自粛すると宣言があった。何でも妖精に叱られて逃げられたそうだ」
王は遠い目をしながら言う。
「信じるのですか?」
「妖精は信じていないが、実際それ以降真面目に過ごしているからよしとしているよ」
サツキのことは、うやむやになっているようだ。
というか、王は第2王子に関わりたくないのだろう。
「それで、こちらからなんだが、君に娶ってもらいたい女性がいて……」
「お断りします」
「だから、早いって……」
エミールがにべもなく断るので、王は溜息をつく。
「後継の件でご心配をおかけしている事は承知しております。ですがこの度養子をとることになりましたので……」
「ああ、それなら好都合だ。娶って欲しい女性はもう子どもは望めないそうだからな」
室内がしんとなる。
「あの、どういうことでしょうか……?」
「もう、呼ぶか。エミールと言葉遊びをするのは本当に面倒だ」
王がそう言うと、ルーファスは立ち上がって続きの間に向かう。
どうやら続きの間にその女性を控えさせているようだ。
「知っているかもしれないのだが、2ヶ月ほど前に公国で内乱があってな。レイサム王国としてはあまり関わりたくはないのだが、正式な手続きで亡命されると断る手段がないのだよ。身分の低い者なら市井で暮らせばいいのだが、女公となるとそうもいかなくて……」
エミールは、立ち上がっていた。
王の話はエミールの耳に入って、情報として処理されることなく、頭の中をふわふわと漂っていた。
続きの間から出てきた女性は、エミールと同年代の、淡い栗色の髪で同色の瞳の女性だった。
「ア、アリエノール様……」
「エミール様、お久しぶりでございます」
これは、神のイタズラだろうか。
優雅にカーテシーをする、少し痩せたアリエノールを前に、エミールの心臓は自身の頭に響くぐらい大きく聞こえていた。
「あー、それでどうかな。知らぬ仲でもないだろう……」
「娶ります」
「そうか、娶る……、ええっ!?」
王は驚きすぎて、テーブルに手を付き、その反動で、紅茶とお菓子の皿がガチャンと音を立てる。
「? 王はそういうお話を私にしましたよね?」
エミールは首を傾げる。
「確かにしたが、早いんだよ、決めるのが!」
レイサム王は叫ぶ。
「恐れ入りますが、発言をお許し願えますでしょうか?」
アリエノールはレイサム王を見る。
「あ、ああ、もちろんだ。というか、勝手に話してくれ、私はエミールとはもう話したくない。ルーファス、後は頼む……」
レイサム王はそう言うと、続きの間によろよろと歩いていく。
王という立場に心労はつきものだが、全てエミールのせいにするのはいかがなものか。
「アリエノール様、お掛けください」
ルーファスは何事もなかったかのようにアリエノールにソファに座るようにすすめる。
「ありがとう存じます」
アリエノールはエミールの向かい側に腰掛けた。
「アリエノール様、お伺いしたい事は多々あるのですが、もう一度お会い出来て、本当に嬉しく思います」
エミールはアリエノールに微笑む。
「エミール様は変わらないですね。わたくしを安心させる事が最優先ですもの……」
アリエノールは目を伏せる。
しばらくエミールのお茶を飲む音とお菓子を食べる音だけが室内に響く。
「……本当に何もきかないのですね」
「はい。話したくなりましたらどうぞお話しください。でもどのような言葉を並べても、結果は変わりません。私はアリエノール様を娶ります」
アリエノールはふふっと笑う。
「本当に、あの頃に戻ったよう……。最期に神様がくれた奇跡かもしれませんね……」
エミールは飲んでいた紅茶をテーブルに置いた。
「最期……ですか? アリエノール様は、私を男やもめにする気なのですか?」
「そうですね……。申し訳ございません。でも、わたくしはもう、生きる資格がないのです……」
そう言うと、アリエノールは、はらはらと涙を流したのだった。




